第7話 春菜への気持ち
「そういえばさ……前から拓也に訊こうと思ってたんだけど」
何気ない調子で切り出されたその一言に、箸を止めた拓也は顔を上げた。
「ん? なんだよ、急に」
午前の授業が終わったばかりの教室には、昼休み特有のざわめきが満ちている。机を寄せ合った二人は、弁当のふたを開けながら向かい合っていた。
「幼馴染の春菜ちゃんのこと、どう思ってるの?」
一拍の沈黙。
「……は? 春菜のこと?」
「うん」
あまりに直球な問いに、拓也の手元がわずかに揺れる。
「なんで今、その話なんだよ」
「だってさ、周りから見たらさ。拓也と春菜ちゃん、付き合ってるみたいに仲いいじゃん。だから、好きなのかなーって」
「ば、ばかっ! そんなんじゃねえよ!」
思わず声が上ずる。耳の奥がじんわりと熱くなった。
「俺とあいつは、そこまでじゃねえって」
「え? そうなの?」
「そ、そうだよ」
清彦はじっと拓也を見つめ、それからふっと意味ありげに笑った。
「ふーん……。拓也って、ほんと素直じゃないよね。まあ、今はそういうことにしておくけど」
「なんだよ、それ。俺は別に、春菜のことなんか――」
「なになに? 拓ちゃん、私がどうかしたの?」
言葉が途中で途切れる。
振り返ると、そこには春菜が立っていた。両手いっぱいにパンを抱え、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「春菜? どうしたの?」
さらにその後ろから、背の高い少女――優子が現れる。短く整えられた髪と、どこか大人びた顔立ちが印象的だった。
「なんか、拓ちゃんが私のこと話してる気がして……」
不安げに揺れる春菜の瞳を見て、優子がじろりと拓也を睨む。
「ちょっと御堂、あんたまた春菜の悪口でも言ってたんじゃないでしょうね?」
「え……拓ちゃん、私の悪口……?」
「ば、ばか! 言うわけねえだろ!」
慌てて否定する拓也に、優子は腕を組んで詰め寄る。
「じゃあ、何の話してたのよ?」
「そ、それは……」
「ああ、それはね。拓也が春菜ちゃんのことをどう思って――むぐっ!」
次の瞬間、清彦の口は拓也の手によって塞がれていた。
「な、なんでもねえよ!」
引きつった笑みを浮かべながら、拓也は強引に言葉を繋ぐ。
「こいつがさ、俺と春菜は仲いいとか言うから、幼馴染なんだから当たり前だろって話してただけだ」
「……ほんと?」
春菜が不安そうに首をかしげる。
「ああ、本当だ」
短く言い切ると、春菜の表情がふっと緩んだ。
「そっか……よかったあ」
胸を撫で下ろしたように笑うその顔に、拓也は思わず目を逸らす。
「もごもごもご!」
「あ、悪い」
ようやく清彦の口から手を離す。
「もう、いきなり塞ぐとかひどいよ」
「ごめんって、この通り」
手を合わせて謝る拓也に、清彦は肩をすくめた。
「まあ、いいけどさ」
ひと息ついたところで、拓也はふと春菜を見た。
「そういやさ、春菜。今日、弁当は?」
「あ……。えっと……作ったんだけど……。鞄に入れるの忘れちゃって……」
気まずそうに視線を落とす春菜。
「やっぱりな。これで何回目だと思ってんだ?」
「えっと……何回くらいかなあ……」
小首をかしげて考え込む様子に、拓也は大きくため息をついた。
「週に二、三回は忘れてるぞ」
「そんなに……?」
「そんなにだよ。だからさ、明日からは俺がチェックしてやる。朝迎えに来たとき、ちゃんと弁当入ってるか見るから」
「え? う、うん……。ありがとう、拓ちゃん」
ぱっと顔を明るくする春菜。
「ああ、任せとけ」
そのやり取りを見ていた優子は、呆れたように肩をすくめる。
「……まあいいけど。変なことすんじゃないわよ」
そう言い残し、二人は自分たちの席へと戻っていった。
再び静かになった机の上で、清彦がにやりと笑う。
「ほんと、拓也って春菜ちゃんに甘いよね」
「うるせえよ。幼馴染なんだから、このくらい普通だ」
「はいはい」
軽く流され、拓也はそれ以上何も言わなかった。
弁当の最後の一口を口に運びながら、ただ黙って咀嚼する。
その横顔を見て、清彦はまた小さく笑ったのだった。




