第6話 拓也の親友
拓也と春菜は、いつものように並んでバスへと乗り込んだ。
車内はすでに通勤客と通学生で埋め尽くされ、立っているだけでも精一杯なほどの混雑ぶりだった。押し合う人の波に揺られながら、二人はなんとか足場を確保する。
学校まではわずか一〇分ほどだが、そう分かっていてもこの窮屈さは決して楽なものではない。
ふと、拓也はすぐ隣に立つ春菜へと視線を向けた。
彼女は吊り革につかまりながら、どこか息苦しそうに小さく肩で呼吸をしている。
「春菜、大丈夫か?」
声を潜めて問いかける。
「うん……平気だよ……」
そう答えながらも、春菜の頬はほんのり赤い。
「だって……拓ちゃんが傍にいるんだもん」
その一言に、拓也の思考が一瞬止まる。
「あ、そ、そっか……。それなら、いいんだ」
ぎこちなく返しながら、視線を逸らした。
朝のバスのざわめきの中で、二人の間だけがどこか不自然に静かだった。先ほどから続く、言葉にしきれない距離感が、そのまま空気に滲んでいる。
やがてバスは目的の停留所に到着し、人の流れに押し出されるようにして二人は外へ出た。
目の前には、「私立南茶羅学園」と刻まれた大きな校門がそびえている。
門をくぐり、並んで校舎へと向かう。階段を上り、廊下を抜け、二人は二年B組の教室へと入った。
拓也はいつものように窓際、一番後ろの席へ。春菜は教室中央、前から二番目の席へと腰を下ろす。
「拓也、おはよう」
声をかけてきたのは、目の前の席に座る神崎清彦だった。くるりと振り返り、にやりと笑う。
「今日も春菜ちゃんと一緒に登校か。ほんと羨ましいよね」
清彦は、真面目で人のいい性格をしているが、嘘がとことん苦手だ。勉強の成績は拓也といい勝負だが、小学校の頃からの付き合いで、気を許せる数少ない親友の一人だった。
「まあな。俺と春菜は、昔から家が隣同士の幼馴染だから」
肩をすくめて答えると、
「いいなあ……幼馴染。僕にもそんな子がいたらなあ」
清彦は心底羨ましそうにため息をついた。
「そうか?」
あまり実感のない様子で返す拓也に、清彦は呆れたように眉をひそめる。
「本当に拓也は、何も分かってないよね」
「何がだよ」
「春菜ちゃん、学年の男子の中で一番人気なんだよ?」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
「だからさ、うかうかしてるとさ。他の男子に取られちゃうかもしれないってこと」
その言葉に、拓也は一瞬だけ視線を春菜の方へ向ける。
前の席で、何事もないように友達と話しているその横顔は、確かに目を引く柔らかさを持っていた。
「いや、俺は別に春菜のことは――」
言いかけた、その時。
ガラリ、と教室の扉が開く音が響いた。
担任教師が教室へ入ってくる。
「はい、席につけー」
その一声で、教室の空気が一気に引き締まる。
拓也と清彦の会話は、そこで途切れた。
朝のホームルームが、静かに始まる。




