第5話 幼馴染
ダイニングテーブルの上に並べておいたラップ包みの惣菜を、拓也は一つずつ電子レンジに入れて温め直していた。規則的に回るターンテーブルの音に混じって、時折、小さな溜息が漏れる。
――兄さんの、変態。
あの一言が、思いのほか深く胸に残っていた。
自嘲気味に口元を歪めた、その時。振り向くと、ラフな部屋着姿の冬香が、静かにリビングへ入ってきていた。
「冬香……さっきは、ごめんな」
少し間を置いてから、拓也は頭を下げる。
「うん……。もういい……怒ってないから……」
冬香は表情をほとんど変えず、淡々と答えた。その声音は穏やかだが、どこか距離を感じさせる。
「それから……さっきのこと、夏香には内緒にしててくれるか? あいつにバレたら、俺……本気で危ないから」
「うん……話さない……」
短い返事。それでも、拓也はほっと息をつく。
「ありがとう。お詫びに、今度何かお礼するからさ」
「……うん、期待してる」
「任せとけ。ちゃんと期待以上にする」
そのやり取りだけで、少しだけ空気が和らいだ気がした。
やがて二人は朝食を終え、食器を洗って片付けると、それぞれの部屋へ戻る。拓也は制服に着替え、ベッドに腰を下ろして一息ついた。
ピンポーン。
ほどなくして、玄関のチャイムが鳴る。
「おっと、来たな」
軽く伸びをして立ち上がり、玄関へ向かう。扉を開けた瞬間、
「拓也さん、おはようございます!」
明るく弾む声とともに、ぺこりと頭を下げたのは、如月秋穂だった。
彼女は夏香と冬香の友人であり、拓也たち兄妹の幼馴染。すぐ隣に住んでいる、元気いっぱいの少女だ。左右で結んだツインテールが、今日も軽やかに揺れている。
「秋穂ちゃん、おはよう。今日も元気だな。それに……すごく可愛い」
「そ、そんな……照れちゃいますよ」
頬をほんのり赤く染め、秋穂ははにかむ。
「そのツインテール、本当に似合ってる。いっそ俺の妹になってほしいくらいだな」
「もう、拓也さんったら。可愛い妹なら、二人もいるじゃないですか」
「あはは……それもそうか」
苦笑しながらも、拓也は肩をすくめる。
「いや、俺としては妹は何人いても大歓迎なんだけどな」
「……欲張り」
不意に横から声がした。
見ると、いつの間にか制服姿の冬香が、すぐ隣に立っていた。
「な、なんだよ、もう降りてきてたのか?」
「……おはよう、秋穂」
「おっはよう、冬ちゃん! 早く学校行こっ!」
秋穂は満面の笑みで冬香の手を引く。
「それじゃあ兄さん……行ってきます……」
「拓也さん、行ってきます!」
「ああ、二人とも気をつけてな」
並んで歩き出す二人の背中に、拓也は軽く手を振った。仲良く並ぶその姿を見送りながら、ふっと小さく息をつく。
やがて部屋へ戻り、しばらくすると再びチャイムが鳴った。
「よし……今度は俺の番だな」
机の上の鞄を手に取り、玄関へ向かう。
扉を開けると、
「拓ちゃん、おはよう」
柔らかな声とともに、肩までの髪を揺らしながら立っていたのは、如月春菜だった。
「おう。おはよう、春菜」
彼女は秋穂の姉であり、拓也と同じ高校の同級生だ。妹とは対照的に、おっとりとした雰囲気をまとっている。どこかぼんやりして見えるが、実は成績優秀でそのギャップが、拓也には未だに不思議だった。
「もう、拓ちゃん。また私のこと、バカにしてたでしょ?」
じっと顔を覗き込まれ、思わず視線を逸らす。
「な、何言ってんだよ。俺はただ……今日も春菜が可愛いなって思ってただけだ」
「え……?」
予想外だったのか、春菜は目を丸くする。
「嘘じゃない。本当にそう思った」
「そ、そうなんだ……」
みるみるうちに頬が赤く染まり、視線が泳ぐ。
その様子に、今度は拓也のほうが気恥ずかしくなった。
「ほら、ゆっくりしてるとバスに乗り遅れるぞ。急ごうぜ」
「あっ……うん」
どこかぎこちない空気をまとったまま、二人は並んで歩き出す。
いつもと少しだけ違う朝の気配を感じながら、バス停へと急いで向かった。




