第4話 王子様のキス
拓也は、躊躇うようにもう一度だけ冬香の寝顔を覗き込んだ。規則正しい寝息が、静かな部屋に小さく響いている。柔らかく緩んだ表情は無防備で、どこか幼さすら残していた。
その姿に引き寄せられるように、拓也はわずかに唇を尖らせ、ゆっくりと顔を近づけていく。ほんの数センチ??触れ合う直前で、しかし彼の動きはぴたりと止まった。
胸の奥で、何かがせめぎ合っていた。してはいけないという理性と、抑えきれない衝動。その狭間で、時間さえ凍りついたかのように、拓也は動けずにいた。
「兄さん、顔が近い……」
かすれた声が、不意に静寂を破る。
今日は珍しく、拓也に起こされる前に、冬香は自分で目を覚ましていた。
「あっ、ご、ごめん! い、いや、その……今ちょうど声をかけようと思ってて……!」
慌てて身を引く拓也。その動きはあまりにも露骨で、言い訳の拙さを自ら証明しているようだった。
「嘘……。今、わたしにキスしようとした……」
冬香はじっと彼を見つめる。その視線から逃げるように、拓也の目が泳ぐ。
「ば、馬鹿だな! そ、そんなこと、この俺が可愛い妹にするわけないだろ。あはは……」
乾いた笑いは、空しく部屋に響くだけだった。
やがて、観念したように拓也は深く息をつき、その場に崩れるように膝をつく。
「……ごめんなさい。確かに俺は、冬香にキスをしようとしました」
素直すぎるほどの告白とともに、額が床に触れる。
「兄さんの……変態……」
ぽつりと落とされたその一言は、思いのほか鋭く拓也の胸に刺さった。
彼は大きく肩を落とし、言葉を失う。
「兄さん……どうしたの?」
うなだれる背中を見て、冬香の声が少しだけ不安げに揺れる。
「いや……何でもないよ。朝飯、もうできてるから。着替えたら下に来いよ」
振り返らずにそう言い残し、拓也は静かに部屋を後にした。
その背中はどこか小さく、いつもより少しだけ遠く感じられた。




