第39話 悩み迷いて
「拓ちゃんが、何も身に付けていないのがいいなら……」
いや、違うだろうが!
心の中で全力の否定が炸裂する。好きでこんな状態になっているわけではない。完全なる事故だ。不可抗力だ。
「わ、わたしも……このタオルを……」
春菜はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。湯気の向こうで、細い指が体に巻かれたタオルへと伸びていく。
その仕草を目にした瞬間、拓也の背筋に電流のようなものが走った。
――まさか!?
何をしようとしているのか、理解してしまう。
「お、おい春菜!? ちょ、ちょっと待て! お前、まさか……!」
必死に制止の声を上げる。
しかし――
春菜は止まらなかった。
するり、と。
静かに、けれど確かに、タオルが解かれていく。
「――っ!」
思わず、拓也は両手で顔を覆った。
視界を閉ざすことで、現実から逃げるように。
だがその代償に、自分の無防備な状態など完全に意識の外へ追いやられていた。
そんなことを気にしている余裕など、どこにもなかった。
やがて――
「拓ちゃん……見ても……いいよ」
かすかに震える声が、静寂の中に落ちた。
その一言だけで、胸が締めつけられる。
「い、いや……見てもいいって言われても……。さすがに、それはまずいだろ……」
必死に理性をかき集めて、言葉を絞り出す。
けれど――
「大丈夫だよ」
春菜は、静かに言った。
「わたし、拓ちゃんになら……見られてもいいもん」
その声音は、どこまでもまっすぐで。
迷いも、嘘も感じられなかった。
「見られてもいいって……いや、でも……」
言葉が続かない。
頭の中で、いくつもの思考がぶつかり合う。
見るべきか。
見るべきではないのか。
本音を言えば、見たい。
だが、もし見てしまえば。
その先で、自分がどうなるのか――想像できてしまう。
理性が吹き飛び、取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。
そんな自分が、確かにいる。
「……あのね、拓ちゃん」
春菜の声が、優しく差し込む。
「わたしはね……拓ちゃんの全部を見たから……見たかったから……。だから今度は……拓ちゃんの番なんだよ」
その言葉は、まるで逃げ道を塞ぐように、まっすぐ胸に届いた。
「で、でも……。もし俺が見たら……興奮して……。その……春菜に、何するか……分からないぞ」
かろうじて絞り出した告白にも近い言葉。
それを聞いても、春菜は目を逸らさなかった。
「……うん、いいよ」
あまりにもあっさりとした返事。
思わず息を呑む。
「拓ちゃんだから。拓ちゃんになら……わたし、何されてもいいよ」
その一言で、世界が止まったような気がした。
湯気も、風も、星の瞬きさえも、すべてが遠のく。
――春菜。
お前、それって……。
「だからね……」
春菜は、少しだけ照れたように、それでも確かな想いを込めて言った。
「拓ちゃんに……わたしの全部、見てほしいの」
胸の奥で、何かが決壊する。
ここまで言わせておいて、背を向けるのか?
逃げるのか?
――それでも男か。
「……っ」
ごくり、と唾を飲み込む。
覚悟を決めるしかない。
逃げ場は、もうない。
拓也は、顔を覆っていた手をゆっくりと下ろした。
そして――
固く閉じていた瞼を、静かに開いていった。




