第37話 何故か突然の混浴露天風呂
空を見上げれば、無数の星が夜の帳に散りばめられ、静かに、しかし確かな輝きを放っている。
目を閉じれば、風に揺れる木々のざわめきと、どこか遠くで流れる川のせせらぎが、耳の奥へとやさしく染み込んでくる。
――そして。
「身も心も温まる混浴露天風呂! うひゃ~、最高だな、これ!」
思わず声が漏れた。
やはり温泉はいい。全身を包み込む湯のぬくもりに、旅の疲れも、日常の些細な悩みも、すべて溶けていくようだった。
「はあぁ……。気持ちいい……このまま溶けてなくなりそうだ……」
石造りの湯船に身を預けながら、拓也はぼんやりと夜空を見上げる。普段の生活では決して見ることのできない、澄みきった星空だった。
しばらくその静寂に身を委ねていたが――
「……ふう」
小さく息をつき、首を巡らせて辺りを見回す。
しかし、どこを見ても湯気の向こうに人影はない。
「……混浴なのに、誰もいないってどういうことだよ」
思わず苦笑が漏れる。
広々とした露天風呂は、泳げそうなほどの大きさだというのに、そこにいるのは自分一人きり。貸し切りと考えれば悪くはない――むしろ贅沢ですらある。
だが、どこか物足りなさも感じてしまうのは否めなかった。
いや、別にいいんだけどさ。
ふと頭に浮かぶ顔がある。
夏香、冬香、そして春菜と秋穂。
「……遅いな」
湯に浸かりながら、無意識に呟く。
別に、やましい期待をしているわけではない――と、自分に言い聞かせる。ただ、せっかくの旅行なのだから、みんなで楽しみたい、それだけだ。
本当に、それだけだ。
「拓ちゃん」
不意に呼ばれた。
反射的に振り向く。
立っていたのは、白いタオルを体に巻いた春菜だった。湯気の向こうで、柔らかな笑みを浮かべている。
その姿は、いつもの彼女とはどこか違って見えた。湯の気配と夜の静けさの中で、妙に現実感が薄れている。
胸の奥が、どくん、と大きく鳴った。
「あ、あのね……拓ちゃん」
春菜は少し視線を逸らしながら、頬をほんのりと染める。
「隣……座っても、いいかな?」
「……ああ」
短く答えるのがやっとだった。
まともに視線を向けられず、拓也は前を向いたまま頷く。
「じゃあ……入るね」
春菜はそっと足を湯に浸し、ゆっくりと湯船へと入ってくる。水面がわずかに揺れ、静寂に小さな波紋が広がった。
タオルがほどけないよう押さえながら、彼女は静かに拓也の隣へと腰を下ろす。
すぐ隣に感じる気配と、かすかに伝わる体温。
夜の空気は変わらないはずなのに、何故かさっきよりもずっと熱を帯びているように感じられた。




