第25話 冬香の願い
冬香の願いさえ叶えられれば、きっと自分は許される。拓也は、そう信じていた。だからこそ、どんな願いであろうと逃げるつもりはない。何が何でも叶えてみせる。それが、今の自分にできる唯一の償いなのだから。
「分かったよ。冬香が俺を許してくれるっていうなら……何だってする。冬香の願いは、必ず俺が叶える。だから、教えてくれないか?」
できるだけ穏やかな声でそう告げると、冬香は小さく頷いた。
「うん……分かった……」
その様子を見つめながら、拓也の胸には不安がじわりと広がる。
いったい、どんな願いなのだろう。まさか、自分にはどうしても叶えられないようなことではないだろうか。
いや、冬香に限ってそれはない。現実的な範囲でしか頼まないはずだ。
もっとも、夏香だったら無理でも押し通してきそうだが……。
「私の願いは……」
言いかけて、冬香は言葉を切った。その沈黙が、妙に長く感じられる。
胸が、どくんと大きく鳴った。理由は分からない。ただ、得体の知れない緊張が、拓也の全身をじわじわと締めつけていく。
「兄さんに……して欲しいの……」
「え……? 俺に、して欲しい? ごめん、冬香。もう一度、ちゃんと聞かせてくれるか?」
問い返すと、冬香は俯いたまま首を振らない。目を合わせようとしないその仕草に、かえって意図の分からなさが際立つ。
俺にして欲しいこと?
いったい、何を……。
やがて、消え入りそうな声で、冬香は続けた。
「兄さんが……夏香にしたことと……同じことを……私にも……して欲しいの……」
「え……夏香にしたことって……。それって、もしかして……あの、夜中に……後ろから抱きしめた、あれか?」
確認するように尋ねると、冬香は小さく頷いた。
「うん……」
その頬はわずかに赤く染まり、視線は依然として床へ落ちたままだった。
「い、いや……俺は構わないけど……。冬香、それでいいのか? 本当に、それで……俺を許してくれるのか?」
「うん……」
ためらいのない、しかし控えめな肯定だった。
「そ、そうか……。冬香の願いがそういうことなら……。俺は、それを叶えるだけだな」
思いがけない願いに一瞬戸惑ったものの、決意は変わらない。どんな願いであっても、叶えると決めたのだから。
拓也はベッドの上で姿勢を整え、浅く腰掛けていた体を少し奥へと引いた。
「それじゃあ……。冬香、ここに座ってくれるか?」
自分の前にできたわずかな空間を示すと、冬香は静かに立ち上がる。そして、ためらいがちな足取りで近づき、背を向けるようにして、そっとその場所に腰を下ろした。
すぐ目の前にあるのは、彼女の細い背中。さらりとした黒髪が揺れ、かすかに拓也の胸元へと触れる。
そのぬくもりに、拓也は一瞬だけ息を詰めた。
やがて、ためらいを振り切るようにして腕を伸ばす。そっと、壊れ物に触れるかのように冬香の華奢な体を、優しく包み込んだ。




