第24話 懺悔の言葉
拓也が謝罪の言葉を口にしたあと、冬香は何も返さなかった。
ただ静かに、窓の外を見つめている。
その横顔はどこか遠く、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚い。胸の奥を締めつけるような痛みが、じわじわと広がっていく。
冬香……。
嘘をついて、ごめん。
約束を破って、ごめんな。
声には出せないまま、もう一度、心の中で謝る。
「冬香は……俺のこと、許してはくれないよな?」
俯いたまま、独り言のように呟いた。
返事はない。そう思った、その時だった。
「兄さんが……夏香を抱きしめたとき……」
静かな声が、背中を刺す。
「夏香は……嫌がらなかったんでしょ?」
ゆっくりと、冬香の視線がこちらへ向けられる。
逃げ場はない。拓也もまた、覚悟を決めたように顔を上げ、その瞳を受け止めた。
「あ、ああ……」
言葉を選びながら、途切れ途切れに語り出す。
「夏香の……あの、寂しそうな背中を見てたら……気づいたら、抱きしめてた。後ろから……いきなり」
あの瞬間が、鮮明によみがえる。
「正直、殴られると思った。でも……」
いったん言葉を切り、息を整える。
「夏香は……。今は、このままでいいって……言ってくれたんだ」
その言葉が落ちると、部屋に再び沈黙が満ちた。
「……そう」
冬香は小さく呟く。
「それなら……夏香が怒ってないなら……。私も……別に……何も言うことはないよ……」
「そ、そうか……!」
思わず顔が上がる。
「じゃあ……許してくれるのか? 俺のこと……嫌いにならないで、いてくれるのか?」
縋るような声だった。
だが――
冬香は再び窓の外へ視線を戻し、ぽつりと呟く。
「……だけど」
その一言が、空気を変えた。
息が詰まる。
次に来る言葉を、体が拒もうとする。
「私に……嘘をついたことと……」
ゆっくりと、言葉が紡がれる。
「夏香に……キスをしようとしたことは……許せない……」
やはり、甘くはなかった。
どこかで、すべてを許してもらえるかもしれないと期待していた自分が、酷く愚かに思える。
「……当然だよな」
自嘲気味に呟く。
「俺が裏切ったんだから……。許せないのは、わかってる。頭では……ちゃんと、わかってるんだ」
それでも――
胸の奥にある想いは、消えない。
拓也は顔を上げ、強い眼差しで冬香を見つめた。
「それでも……。俺は、どうしても冬香に許してほしい」
言葉に、熱がこもる。
「冬香は……。俺にとって、大切で……大好きな妹だから。嫌いにならないでほしい」
都合のいい願いだと、自分でもわかっている。
それでも、止められなかった。
「もし……。もし、許してくれる方法があるなら……教えてほしい」
必死に言葉を重ねる。
「どんなことでもする。冬香のためなら……何でもする。だから――」
その先は、言葉にならなかった。
ただ、願うように見つめる。
冬香は何も言わず、しばらく黙っていた。
やがて――
ゆっくりと、その唇が開く。
「それなら……」
静かで、けれど確かな声。
「兄さんが……私のお願いを……叶えてくれたら……」
一瞬、息が止まる。
そして――
「許してあげても……いいよ」
その言葉は、静かに、しかし確かに――拓也の胸へと落ちていった。




