第22話 嘘
拓也は、胸の奥に渦巻く言いようのない不安の正体が、冬香にあるのだと半ば確信していた。夏香との一件をすべて話し終えたというのに、冬香は何の反応も示さない。その沈黙が、かえって不自然に感じられてならない。
冬香は、いったい何を考えているんだ?
表情を盗み見ても、そこに浮かぶ感情は読み取れない。ただ静かに、何かを押し殺しているようにも見える。その曖昧さが、拓也の胸をじわじわと締めつけた。
この異様な沈黙には、さすがに耐えられない。
逃げるように、しかし踏み込むしかなくて、拓也は意を決して口を開いた。
「な、なあ……冬香?」
「……何?」
短い一言。それだけなのに、声を聞けたことに、わずかな安堵が広がる。
「冬香は、夏香が母さんのことで寂しい思いをしてるって……知ってたのか?」
冬香はゆっくりと首を横に振った。
「全然……知らなかった……」
視線は、自分の膝の上に置かれた手に落ちている。その姿はどこか小さく、そしてひどく寂しげだった。
「そっか……。まあ、夏香が話さなかったのは、きっと冬香に心配かけたくなかったんだろうな。双子でもさ、夏香は一応、姉なんだし」
冬香は小さく頷く。
「分かってる……」
その一言は、妙に重く響いた。
「そうか。それなら――」
言いかけた言葉は、冬香の次の一声に遮られる。
「ねえ、兄さん?」
「お、おう。何だ?」
「兄さんと夏香が……夜中にしてたことの話って……もう終わり?」
「え? あ、ああ、そうだぞ。さっき話したのが全部だ。べ、別に他には何も――」
言いながら、自分の声がわずかに上ずっていることに気づく。
まさか……疑われてる?
そんなはずはない、と頭では否定する。だが、冬香の様子はどこか違っていた。
「兄さん?」
「ん? ど、どうした?」
冬香は、まっすぐに拓也の瞳を見つめていた。
その視線は、逃げ場を与えない。
嬉しいはずなのに、今は違う。
やめてくれ、そんなに見ないでくれ!
胸の奥で、良心がきしむ。冬香の澄んだ黒い瞳は、まるで心の奥底まで覗き込んでくるようで……。
ただ、怖かった。
「兄さんは……」
ごくり、と喉が鳴る。
緊張で体が強張り、心臓の鼓動が嫌に大きく響いた。
何を言う気だ……?
逃げ出したいのに、目を逸らすこともできない。
「兄さんは……私に嘘をついてる」
……え?
思考が、一瞬で真っ白になる。
え、えええ!?
バカな。どうして分かった?
何がまずかった? どこで露呈した?
混乱が一気に押し寄せる。
やばい……。これ、やばくないか?
約束を破ったことが知られたら、冬香は何を言うだろう?
それよりも……。
冬香に嫌われる。
その考えが、何よりも恐ろしかった。
どうする……どうすればいい!
逃げ道はない。言い訳も浮かばない。
頭の中で警鐘が鳴り続ける。
頼む、誰か!
声にならない叫びが、心の中でこだました。
誰か、この状況を何とかしてくれ!




