第21話 夜中の出来事
今、この家には拓也と冬香の二人きりしかいない。拓也はベッドの端に腰を下ろし、対する冬香は勉強机の椅子に静かに座っている。
ただそれだけの距離のはずなのに、その空間は妙に張り詰めていた。
冬香は、じっと逸らすことなく、拓也の瞳を見つめている。
その視線は穏やかで、どこまでも静かで、それでいて逃げ場を許さない強さを秘めていた。
……普通なら。
拓也の胸の内に、ふとそんな考えがよぎる。
妹好きの自分としては、こんなふうに可愛い妹に無言で見つめられれば、きっと照れてしまって、胸の奥がくすぐったくなるような――そんな感覚になるはずだった。
けれど。
て、ちがうだろ!
内心で思いきりツッコミを入れる。
確かに胸はドキドキしている。だが、それは決して甘いものではない。
これは、明らかに別の種類の鼓動だ。
これから自分が口にする内容に対して、冬香がどんな反応を見せるのか。そして、自分の中に混ぜ込んだ“わずかな嘘”が見破られはしないか。
その不安が、心臓を強く打たせていた。
気づけば、じわりと嫌な汗が背中を伝っている。
落ち着け……大丈夫だ。
自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返す。
全部嘘をつくわけじゃない。ただ、ほんの少しだけ……。そう、少しだけ事実を隠すだけだ。
そうしてようやく覚悟を決めると、拓也は一度ゆっくりと目を閉じた。浅くなりかけていた呼吸を整え、静かに息を吐く。
そして目を開けると、まっすぐ冬香を見据えた。
「深夜の二時くらいだったかな」
言葉を選びながら、慎重に語り出す。
「突然、夏香が俺の部屋のドアを叩いてさ。どうしても話したいことがあるって言ってきたんだ。だから……中に入れて、話を聞いた」
冬香は何も言わない。ただ、瞬きひとつせずに、そのまま聞き続けている。
その静けさが、かえって言葉を重くする。
拓也は喉の渇きを覚えながらも、続けた。
夏香が打ち明けてくれたこと――亡くなった母のこと。ふとした瞬間に押し寄せる、どうしようもない寂しさ。
それを、できるだけ丁寧に、慎重に言葉にしていく。
「……それでさ。話してるうちに、少しは気持ちが楽になったみたいで」
ほんの一瞬、言葉が詰まる。
だが、すぐに繋げた。
「その後は特に何もなくて、普通に部屋を出て行ったよ。……まあ、そんな感じだ」
話し終えたあと、部屋には再び沈黙が落ちた。
冬香は変わらず無言のまま。表情もほとんど動かない。
驚いた様子もなければ、疑う素振りもない。いつも通りの、静かな顔。
だが、それが逆に読めない。
おかしなことは、言ってないはずだよな?
心の中で自問する。
流れとしても自然だったはずだ。大きな矛盾もない。
確かに最後の部分には、ほんの少しだけ事実と違うところはあるが。
それを、冬香が見抜けるはず……。
そう思いかけて――
不意に、胸の奥をざわりとした不安がよぎった。
……なんだ?
言いようのない違和感。
どうしてこんなにも落ち着かないのか。
拓也はその原因を探るように、改めて目の前の冬香を見た。
そして気づく。
話が終わったというのに――
冬香は、ただひたすらに、拓也の瞳を見つめ続けていた。




