表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/44

第21話 夜中の出来事

 今、この家には拓也と冬香の二人きりしかいない。拓也はベッドの端に腰を下ろし、対する冬香は勉強机の椅子に静かに座っている。


 ただそれだけの距離のはずなのに、その空間は妙に張り詰めていた。


 冬香は、じっと逸らすことなく、拓也の瞳を見つめている。


 その視線は穏やかで、どこまでも静かで、それでいて逃げ場を許さない強さを秘めていた。


 ……普通なら。


 拓也の胸の内に、ふとそんな考えがよぎる。


 妹好きの自分としては、こんなふうに可愛い妹に無言で見つめられれば、きっと照れてしまって、胸の奥がくすぐったくなるような――そんな感覚になるはずだった。


 けれど。


 て、ちがうだろ!


 内心で思いきりツッコミを入れる。


 確かに胸はドキドキしている。だが、それは決して甘いものではない。


 これは、明らかに別の種類の鼓動だ。


 これから自分が口にする内容に対して、冬香がどんな反応を見せるのか。そして、自分の中に混ぜ込んだ“わずかな嘘”が見破られはしないか。


 その不安が、心臓を強く打たせていた。


 気づけば、じわりと嫌な汗が背中を伝っている。


 落ち着け……大丈夫だ。


 自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返す。


 全部嘘をつくわけじゃない。ただ、ほんの少しだけ……。そう、少しだけ事実を隠すだけだ。


 そうしてようやく覚悟を決めると、拓也は一度ゆっくりと目を閉じた。浅くなりかけていた呼吸を整え、静かに息を吐く。


 そして目を開けると、まっすぐ冬香を見据えた。


「深夜の二時くらいだったかな」


 言葉を選びながら、慎重に語り出す。


「突然、夏香が俺の部屋のドアを叩いてさ。どうしても話したいことがあるって言ってきたんだ。だから……中に入れて、話を聞いた」


 冬香は何も言わない。ただ、瞬きひとつせずに、そのまま聞き続けている。


 その静けさが、かえって言葉を重くする。


 拓也は喉の渇きを覚えながらも、続けた。


 夏香が打ち明けてくれたこと――亡くなった母のこと。ふとした瞬間に押し寄せる、どうしようもない寂しさ。


 それを、できるだけ丁寧に、慎重に言葉にしていく。


「……それでさ。話してるうちに、少しは気持ちが楽になったみたいで」


 ほんの一瞬、言葉が詰まる。


 だが、すぐに繋げた。


「その後は特に何もなくて、普通に部屋を出て行ったよ。……まあ、そんな感じだ」


 話し終えたあと、部屋には再び沈黙が落ちた。


 冬香は変わらず無言のまま。表情もほとんど動かない。


 驚いた様子もなければ、疑う素振りもない。いつも通りの、静かな顔。


 だが、それが逆に読めない。


 おかしなことは、言ってないはずだよな?


 心の中で自問する。


 流れとしても自然だったはずだ。大きな矛盾もない。

 確かに最後の部分には、ほんの少しだけ事実と違うところはあるが。


 それを、冬香が見抜けるはず……。


 そう思いかけて――


 不意に、胸の奥をざわりとした不安がよぎった。


 ……なんだ?


 言いようのない違和感。


 どうしてこんなにも落ち着かないのか。


 拓也はその原因を探るように、改めて目の前の冬香を見た。


 そして気づく。


 話が終わったというのに――


 冬香は、ただひたすらに、拓也の瞳を見つめ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ