第18話 冬香の疑問
いつものように、なかなか布団から出てこない冬香を起こすのに手間取りながらも、どうにかその任務を終えた拓也は、ひと息つく間もなくリビングへと向かった。
テーブルの上には、ラップに包まれたおかずがいくつか並んでいる。拓也はそれらを順に電子レンジへ入れて温め、湯を沸かして茶を用意する。静かな朝の空気の中、淡々とした手順で朝食の支度を整えていった。
やがて準備が一通り終わり、しばらくしてから、部屋着姿の冬香が眠たげな様子で二階から降りてくる。
「朝飯、もう出来てるぞ」
「うん……」
気の抜けた返事を返しながら、冬香は椅子に腰を下ろす。拓也も向かいに座り、二人はテーブルに並べられた朝食に手をつけた。
だが、穏やかな時間は長くは続かなかった。
「ねえ、兄さん?」
食事を始めてすぐ、冬香がぽつりと声をかける。
「おう、どうした?」
顔を上げた拓也に、冬香はじっと視線を向けてきた。その目は、どこか探るように真っ直ぐだ。
「夜中に……夏香と何かあった?」
「ん? ああ、夜中のことか? いや、夜中は夏香が突然、俺の部屋に――って、ええ!?」
思わず言いかけた言葉を、自分で慌てて遮る。
危うく、昨夜の一件をそのまま口にしてしまうところだった。
それ以上に、冬香がその出来事に気づいていたことに、拓也は内心で大きく動揺する。
「兄さんの部屋で……夏香と何があったの?」
追い打ちをかけるような問いに、心臓が一拍、強く跳ねた。
やばい。完全に墓穴を掘りかけた。
「い、いや、夜中は……えっと……その……」
言葉がうまく出てこない。しどろもどろになりながら視線を泳がせるが、冬香の目は逃がしてくれない。その無言の圧が、じわじわと拓也を追い詰めていく。
どうする――どう切り抜ける?
頭の中で必死に考えを巡らせたそのとき、ふと現実的な事情が浮かんだ。
今は朝食の最中で、時間にも余裕がない。このまま話し込めば、遅刻は避けられない。
――ならば。
拓也は、苦し紛れの結論に飛びついた。
「兄さん……どうかしたの?」
黙り込んだ拓也を見て、冬香が少しだけ不安そうに声をかける。
「え? あ、いや、何でもないよ」
慌てて取り繕いながら、拓也は言葉を続けた。
「なあ、冬香」
「何?」
「今さ、朝飯食ってる途中だし、時間もあんまりないだろ? この話は学校が終わってからにしないか?」
そう提案すると、冬香は一瞬だけ考えるように視線を落とした。
やがて、
「……うん、分かった」
小さく頷く。
その返事を聞いた瞬間、拓也は胸の奥に溜まっていた緊張が、わずかにほどけるのを感じた。
それからは余計な会話もなく、二人は静かに朝食を終える。食器の触れ合う音だけが、部屋に控えめに響いていた。
やがて支度を整えた頃、いつも通り秋穂が冬香を迎えに来る。玄関先で楽しげに言葉を交わしながら、二人は並んで学校へと向う。
その後ろ姿を、拓也は軽く手を振りながら見送った。
穏やかな朝の光の中へ溶けていく背中を眺めながら――胸の奥に残る小さな不安だけが、いつまでも消えずにいた。




