第4話 再生の銀粉と王都の暗雲
シリルは完成した銀色の粉末――高性能肥料を村長に見せた。村長は半信半疑だったが、藁をも掴む思いで、最も枯れが進んだ畑の一角で試すことを許可した。
「これは、魔力を使う回復薬ではありません。即効性はありませんが、土壌の基礎力を取り戻します。一週間、待ってください」
シリルが指定した通り、村人たちは畑に銀粉を薄く撒いた。
それから三日後。奇跡が起こった。
枯れかけていた作物の葉の色が、わずかに深緑色を取り戻し始めたのだ。五日後には、作物の茎が太くなり、根がしっかりと土を掴んでいるのが確認できた。一週間後には、畑の一角だけが、まるで土壌の病が嘘であったかのように、青々と力強く蘇っていた。
「ま、まさか本当に土が、甦っただと?」
村長は腰を抜かした。
村人たちは歓声を上げ、シリルを取り囲んだ。彼女の冷静な診断と、地味だが確実な錬金術が、絶望の淵にあった村を救ったのだ。
シリルは残りの銀粉を村に提供し、低コストで肥料を大量生産する方法を教えた。そして、素材を供給してくれた村から、当座の旅費とは別に、次の目的地でしか手に入らない珍しい鉱物素材を報酬として受け取った。彼女の旅の目的は金銭だけではない。知識と、新しい素材の収集にもあった。
この事件を通じて、ジンとシリルとの絆も深まった。
「シリル姉さんはすごい!魔力じゃなくて、石ころでみんなを助けたんだ!」
ジンは純粋な尊敬の眼差しをシリルに向けた。追放されて以来、初めて得た純粋な信頼だった。
「ありがとう、ジン。錬金術とは、世界を構成する仕組みを知ることよ。そして、その仕組みを理解すれば、魔法よりも確実に、人々の生活を支えることができる」
──一方、クレイオス王都では。
王太子ルシウスは、隣国との国境付近で発生した「原因不明の鉱山のガス事故」の報告書を読んでいた。
「またか。回復魔法も浄化魔法も効かないガスだと?魔導士団は何をしている!」
最近、ルシウスが軽視していた「生活基盤」に関わる場所で、次々と原因不明のトラブルが発生していた。それは、シリルが追放される前に警鐘を鳴らしていた「特定の元素の乱用による環境の不均衡」が原因だった。
ルシウスは、シリルが残した古びた研究資料を開いた。そこには、毒性の低いガスを無害な物質に分解するための「触媒」の調合方法が詳細に記されていた。地味すぎて誰も見向きもしなかった、シリル・フォレストの錬金術だ。
「まさか、あの女の言っていたことが…」
ルシウスは苛立ちと共に、初めて後悔の念を抱き始めた。彼は王国の軍事力は手に入れたが、シリルという「国の土台」を築く知識を手放してしまったのだ。
「誰か!シリル・フォレストの行方を探せ!ただし、目立つな。秘密裏にだ!」
ルシウスの命令は、シリルへの復讐ではなく、自国の危機を救うための、苦渋の要請に変わっていた。だが、シリルは既に王都の追跡網から遠く離れた場所で、自由を謳歌している。そして、彼女の錬金術は、誰のためでもない、彼女自身の探求のために使われている。




