第3話 病んだ土と賢者の診断
翌朝、シリルとジンはアイアン・クロフト号を駆り、エルムから半日の距離にあるリーフ村へと向かった。
村は活気がなく、老若男女が顔に絶望の色を浮かべていた。畑の作物は茎が細く、葉は黄色く変色し、まるで土の力がすべて吸い取られてしまったかのようだ。
村長はシリルたちを疑いの目で見つめた。
「お嬢さん、悪いが、もう諦めろ。腕利きの神官様にも見てもらったが、原因不明の『土の病』だと。魔力回復薬も効かんのだ」
シリルは丁寧に頭を下げた。
「村長、私は戦闘魔導師でも神官でもありません。錬金術師です。化学組成を分析する専門家です。どうか、少しだけ土を調べさせていただけませんか?」
村長はため息をついたが、シリルに畑の一角を任せた。
シリルは早速、土壌のサンプルを採取し、アイアン・クロフト号へ戻った。馬車の内部は静かな研究室と化していた。
彼女は土を細かく粉砕し、蒸留水に溶かして濾過する。得られた溶液に、何種類もの「試薬」を滴下していった。試薬は、特定の元素に反応して色を変える、彼女の秘伝の錬金術の成果だ。
「やはりね」
シリルは試薬の結果を見て、確信を得た。
「どうしたの、シリル姉さん?」ジンが心配そうに覗き込む。
「ジン。これは『病気』ではないわ。病気であれば、魔力や聖なる力で対処できる。これは『栄養の枯渇』よ。この土壌から、作物の成長に不可欠な微量元素、特に『ルテニウム』と『モリブデン』が異常なほど欠乏している」
この世界では、土壌の肥沃さは「大地の精霊の加護」や「魔力の濃度」で語られることが多かった。しかし、シリルが学んだ錬金術は、それを構成元素の比率として捉える。
「なぜ、特定の元素だけが?」
「おそらく、この一帯で集中的に採取されていた、ある種の魔力草が原因よ。その草は、成長の過程でルテニウムとモリブウムを土壌から根こそぎ吸い上げてしまう性質を持っていたのね。その草のブームが終わった後も、土壌は回復できなかった」
原因が分かれば、解決策も分かる。シリルにとって、これは単なる方程式だった。
「ルテニウムとモリブデンの供給。これを高純度で行う必要がある」
彼女は錬金釜に、村の周辺で大量に見つかる「価値のない黒い石」と、魔導馬車の魔力炉から取り出した「特殊な触媒」を投入した。
「私の素材転換の錬金術は、高純度の物質を生み出すために特化している。特に、特定元素の濃縮においては誰にも負けない」
ゴー、という馬車の魔導炉の唸りが一段と高まる。錬金釜の内部で、黒い石が熱と魔力によって分解され、再構築されていく。
数時間後、釜から取り出されたのは、サラサラとした銀色の粉末だった。
「これが、私が作る高性能肥料よ。元素をピンポイントで補給する、理詰めの錬金術の結晶。従来の肥料が『栄養満点の食事』なら、これは『高純度のサプリメント』ね」
シリルは冷たい粉末を手のひらに載せて微笑んだ。その顔には、ルシウスに断罪された時の影は一切なかった。ただ、探求者としての静かな歓喜があった。




