第2話 エルムでの商売とジンとの出会い
アイアン・クロフト号は、王都から五日かけて辺境の商都エルムに到着した。
エルムは水の豊かな街で、王都の権威よりも商人の利害が優先される、活気のある場所だ。シリルは街外れの静かな森の脇に馬車を停泊させ、錬金術の作業を開始した。
彼女が最初に作ったのは、「高品質な透明ガラス」だった。王都の製品よりも遙かに歪みがなく、耐久性の高いガラスは、窓の材料として飛ぶように売れた。次に、泥と野草から抽出した油分を精製して作った「超高純度の石鹸」。洗浄力の高さと香りの良さで、貴婦人や上級商人の間で瞬く間に評判となった。
シリルは地道に、着実に稼いでいった。高級品は作れないが、生活必需品の品質を劇的に高めることで、その価値を最大化する。これが彼女の錬金術であり、商売の鉄則だった。
ある日、彼女が市場で自作の「高耐久工具」を売っていると、一人の少年が店の隅で座り込んでいるのに気が付いた。
汚れた服を着た十歳くらいの少年は、空腹で顔色が悪く、ぐったりとしていた。
シリルは持っていた焼き菓子と水を差し出した。少年は警戒心を剥き出しにしたが、空腹に耐えきれず、貪るように食べた。
「ありがとう……」
少年は名をジンと名乗った。彼は両親を早くに亡くし、動物の世話や荷物運びで日銭を稼いでいる孤児だという。
「あなたは、その、石ころで鉄を作るお嬢様?」
ジンはシリルを恐れるどころか、興味津々といった目で見ていた。
「ええ。そうよ。ジン、あなたに仕事をお願いしたいのだけど、どうかしら?」
シリルはジンを雇うことにした。仕事はアイアン・クロフト号の掃除と、周囲の野草や石の収集、そして料理だ。代わりにシリルは、報酬と食事、そして寝床を提供した。
ジンは賢く、特に馬車の整備に関する飲み込みが早かった。そして、動物の言葉が理解できるという、彼自身の「テイマー」としての特殊な才能を持っていた。
ある日の夕食後、ジンが不安そうな顔でシリルに話しかけた。
「シリル姉さん。僕がいつも行く隣村のリーフ村がね、大変なんだ」
「リーフ村?どうしたの?」
「畑がね、急に痩せちゃったんだ。何を植えても枯れて、魔力を使った回復魔法も効かないんだって。もう、村全体が飢えそうだって、皆泣いてる」
シリルはカップを置いた。飢饉。それは単なる不作や災害ではない、錬金術的な異変の可能性を意味していた。
「回復魔法が効かない?病原体ではないということね。ジン、明日、そのリーフ村へ行きましょう」
ジンは驚いて目を見開いた。
「えっ、でも、怖いよ。病気だったらどうするの?」
「大丈夫。私が調べるのは、病気ではなく、土壌そのものの『化学組成』よ。私の錬金術が、この旅で初めて真価を発揮するかもしれない」
その夜、シリルはアイアン・クロフト号の実験室で、リーフ村の土壌に関する文献を読み漁りながら、静かに調査の準備を始めた。彼女は、王都の戦闘的な魔導士たちには解けないパズルを解くことに、抑えきれない興奮を覚えていた。




