第1話 追放令嬢は快適な魔導キャンピング馬車をゲットする
シリル・フォレストは、かつて公爵令嬢として、このクレイオス王国の宮廷に仕えていた。しかし今、彼女は断罪の場に立たされている。
「シリル・フォレスト!貴様がこの国の未来に貢献できると豪語した『素材転換の錬金術』は、戦場を覆す魔剣も、一瞬で敵を焼き尽くす魔弾も生み出せない。ただの石を鉄に変え、泥を肥料に変えるだけの、地味で無能な技術に過ぎぬ!」
王太子ルシウスの剣呑な声が、謁見の間に響き渡る。彼の背後には、最新鋭の戦闘魔道具を開発した新進気鋭の魔導士が立っていた。
シリルはルシウスをまっすぐ見据えた。彼の焦り、そして視野の狭さが痛いほど理解できた。
「ルシウス殿下。私の錬金術は、戦いのためのものではありません。国の経済と、人々の生活基盤を築くためのものです。戦時下ではない今、最も重要なのは、剣ではなく、豊かに実る畑と、質の高い道具ではありませんか?」
彼女の反論は、ルシウスの苛立ちを増幅させただけだった。
「黙れ!無能な詭弁を弄するな。貴様は我がクレイオス王国の重鎮だったが、私の命令に従わないならもはやこれまで。公爵令嬢の地位を剥奪し、追放を命じる!二度と王都の地を踏むことは許さぬ!」
断罪はあっけなく終わった。シリルは護衛に連れられ、王都の門外へと送られた。彼女が持っていくことを許されたのは、わずかな現金と、父が遺した古びた馬車の鍵だけだった。
彼女は絶望しなかった。ルシウスの言う通り、彼女の錬金術は華々しくはない。だが、その本質は「論理と再現性」にあり、いかに低コストで高純度の物質を生み出すかという、現代の科学に近いものだった。
王都から離れた森の端に、その馬車はひっそりと停まっていた。
「久しぶりね、アイアン・クロフト号」
シリルが鍵を回すと、馬車の全身に刻まれた魔導回路が微かに光を放った。それは外見こそ古びた荷馬車だが、父が密かに作り上げた「魔導キャンピング馬車」だった。
シリルが内部へ入ると、そこは別世界だった。
内装は広々としたワンルームになっており、片隅には寝台と小さなテーブル。そして、馬車の大部分を占めているのは、巨大な錬金釜、精密な蒸留器、そして膨大な蔵書を収納した棚だった。これこそが、シリルにとっての「移動研究室」であり「家」そのものだ。
彼女は錬金釜の前に立ち、手のひらに乗るほどの小さな石を握りしめた。
「価値の低い素材から、人々の生活を豊かにする価値のあるものを生み出す。これが私の生きる道よ」
小さな光が彼女の手の中で弾け、石は美しい銀色の高純度鉄に変わった。
シリルは、ルシウスが軽視したこの「地味な技術」こそが、追放された彼女の生活を支え、そして世界を変える唯一の武器だと知っていた。
彼女はアイアン・クロフト号の魔導炉に魔力を注ぎ込んだ。ゴォ~という低く唸るような音と共に馬車が動き出す。馬はいない。これは彼女の意志と魔力で走る、自由のための移動要塞だった。
目的地は、辺境の商都「エルム」。錬金術の市場が比較的開放的で、王都の目が届きにくい場所だ。
「さあ、始めましょう。私の新しい、自由な人生を」
シリルは、窓の外を流れる緑を見つめながら、静かに微笑んだ。それは、断罪の場では決して見せなかった、解放された者の笑みだった。




