0-4:魂からの叫び
村に案内してくれると言うロアン君について行きながら、道すがら質問を繰り返す。
この世界は日本とも地球とも違う、異世界らしい。私は異世界転生してしまったのだと実感する。
ロアン君がふざけて答えているのかとも思ったが、村の大人たちに聞いても同じ答えが返ってくると言うのだから事実だろう。
私のことを「魔法使い様」と呼ぶ理由についても聞いたが「すごい力ですごいことをする人だって村の大人が言っていた」と言われ、子供ならではの語彙力では残念ながら疑問が解消されることはなかった。詳細については村に着いてから聞いてみようと思う。
あの小屋に住んでいたのは私自身、この体の持ち主であること。
この世界は異世界であることが分かった。分かってしまった。
これらが分かったことで、現時点で両親に会う方法が無いことに落胆してしまう。
いや、そもそも今の私の見た目は両親に育ててもらった私自身なのだろうか。転生したのだから全くの別人になってしまっている可能性が高いのではないだろうか。
ということは、この見た目で両親に会ったところで私だと気付いてもらえないかもしれない。
むしろ、私は死んでしまったのだろうか。両親は今も元気に暮らせているのだろうか。嫌にホームシックになってしまう。
そんなことを考えてしまうのも、ロアン君が家族や村の話をしてくれたからだと思う。
悪いことではない。この子も両親と兄に愛されて育ってきたのだということが分かって自分のことのように嬉しいのは事実だ。
ただ、私はこの世界に一人きりになってしまったことを否応なしに突き付けられているようで、得体のしれない不安感に襲われてしまっているだけなのだ。
「おれも兄ちゃんみたいな冒険者になりたいんだ!」
「……なれるわ。私に親切に村までの道案内をしてくれているロアン君なら。これが依頼だったら、ロアン君は依頼達成したことになるわね」
「へへっ」
兄のことを慕って誇っていることが話を聞いて、その様子を見ただけで分かる。
冒険者として王国に働きに出ている兄のようになりたいと話すロアン君の目はキラキラと輝いているように見えた。
話せたことが嬉しいのか、数歩先まで駆けていくロアン君。その姿に私はギョッとしてしまう。
「ロアン君……そんなに離れると危ないわ、何が出てくるか分からない。一緒に歩いて?」
「大丈夫だよ!魔王は倒されて、魔物は今も冒険者が倒してくれてる!危険なんて──」
「!」
一瞬茂みが揺れたかと思うと、低い唸り声をあげる獣がその姿を現す。
「ロアン君!」
名前を叫ぶが、ロアン君は獣を凝視したまま腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。
肉食なのか私達が運んでいる食料が目的なのか分からないが、獣の唸り声はただ事ではない。私達に危険が迫っていることは必至だ。
即座に荷物を投げ捨て、へたり込むロアン君に向かって駆け出す。
私に何か出来るとは思わない。それでもロアン君が傷ついて悲しむ人がこの世界にいるなら、私は盾にでも何にでもなれると思った。
「ロアン君!!」
「お、おばあさん……!」
ロアン君を両腕に抱きかかえた瞬間、視界の端で獣が地を蹴るのが見えた気がした。
「近寄らないで!!消えて!!」
──何が起きたのだろうか。
──息が吸えない。
──水中で酸素を全て吐き出して溺れているようなこの感覚は。
「──ばあさん!おばあさん!!」
「……ロアン君?良かっ……無事……」
「喋らないで!おっおばあさん、血を吐いてるんだ……っ大人を……大人を呼んでくる!待ってて!」
血だなんて初めて見る、なんて他人事のように口元の液体を拭って目の前に翳してみる。
血は赤色と言うからこの色が赤色なのかなんて、こんな時でも新たな発見を嬉しくなってしまう自分に失笑してしまう。
「そう、だ……さっきの……」
唸り声をあげていた獣の姿はどこにもなく、どこかで遠吠えが聞こえた気がした。
何が起こったのだろうか。ロアン君を守りたい一心で体が動いて、叫んで……溺れて……、溺れる?
そう、水中で息を吐き切った後のような苦しさが襲い、呼吸が出来なくなったのだ。おまけに血を吐いていると言う。
目が見えないこと以外は健康体で病気にもかかっていなかったはずだ。だとすると、異世界のこの体の持ち主が病弱だったなんて裏設定があってもおかしくない。
でも、ロアン君も私も無事だ。
それだけで今は安心できる。
「良かっ……た」
遠くからロアン君の声と数人の男性の声を聞きながら、私の意識はぷつりと暗闇に落ちて行った。




