4-2:黎明の剣とアリア
恐れていた質問が私に降りかかっている。
視線を受付に向けたまま、背中越しに返事をする。
「は、初めてお会いしましたが……」
「……そうですか」
「そうですか」なんて言っておきながら、その声はどこか不服げだ。
心は半泣きで微動だにせず受付の前に立ち尽くしていると、受付のお姉さんが足早に戻って来た。ユリウスさんを意識しているのか、しきりに髪型を気にしている仕草をしていることから裏で化粧直しでもしてきたのかもしれない。
だが、職務は全うしてくれたようだ。お姉さんの手には指輪の材質とよく似たプレートが握られていた。
「お待たせしました。アリアさん、こちらがギルドカードになります。ご説明は必要ですか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
ギルドカードを受け取り、そそくさとその場を離れる。
まだユリウスさんの視線を背中に感じるが、追及を逃れたい一心で振り返ることはしなかった。
ひと悶着あったが冒険者登録は終わった。
ユリウスさんの話では、ランクの高い冒険者に同行することで早くランクを上げることが出来るらしい。
村の税収は迫っている、時間的猶予はない。より報酬の高い依頼を受けられるよう、魔法使いとして上位の冒険者に同行する必要があるだろう。
冒険者ギルドを見渡す。ちらちらとこちらに視線を寄越す男性が多いように思う。
私は杖を持っている。魔法使いを求めている冒険者だろうか。ひとまず声をかけてみよう。
「あの、魔法使いはご必要ではありませんか?」
「足りて……いや、足りてはいるんだけど……荷物持ちなら……なあ?」
「あ、ああ……」
何だろう。声を掛けたは良いが、彼らの私を見る視線を不快に思ってしまう。
魔法使いが必要ないのであれば、私はお役御免だろう。ここは早々に身を引くべきだ。
「すみません、ご必要でないのであれば失礼します」
「あ、いや!お前!このパーティーから抜けろ!」
「え!?あんた何、言って──」
どういうわけか、私が声をかけた冒険者たちは言い争いを始めてしまった。
既に在籍している魔法使いを除籍する理由が分からないのだが、私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。
目の前の言い争いをどうするべきか判断あぐねいていると、私を取り囲むようにその場にいた冒険者たちが集まってくる。
「お嬢ちゃん、俺のパーティー魔法使いがいないんだ。俺の──」
「待てよ。僕が最初に目を付けたんだ。僕を優先しろ」
「お嬢さん、ここは野蛮な人が多い。場所を変えてゆっくりとお話しませんか」
何が起きているのだろうか。私の周りを取り囲んだ冒険者たちが口論を始めてしまった。
魔法使いはそんなに足りていないと言うのだろうか。冒険者ギルドを改めて見渡して見ても杖を持った人は他にもいるようなのだが。
「すみません」
そこに凛と響く声。受付を終えたのかユリウスさんがこちらに向かって来るのが見えた。
私を取り囲んでいた男性達はこぞって舌打ちをし、ユリウスさんが通る道を開ける。
彼らの反応を見るに、ユリウスさんはもしかして、もしかしなくてもすごい冒険者だったりするのだろうか。
「手をお借り出来ますか?」
「?」
ふいに手を求められ、反射的に片手を差し出すと私の手を取り、何処かへと歩き始めるユリウスさん。
彼の行動にまたしても女性たちの悲鳴と息を呑む音が聞こえた気がした。
反射的に手を差し出してしまった私も悪いが、ユリウスさんも自分の行動がどれだけの女性に影響するか、もう少し考えて欲しいと思ってしまう。でなければ、彼女らの視線に殺されるばかりで私の命がいくらあっても足りない気がするのだ。
◇
冒険者ギルドの前に連れ出され、手を離される。
汗と泥の匂いと室内の騒ぎから離れ、ようやく一息つけたように思う。
「すみません。困っているようだったから、連れ出してしまいました。……余計なお世話でしたか?」
「い、いえ!助かりました!ありがとうございます」
ユリウスさんは私が何度か深呼吸するのを待ってくれている。
深呼吸を繰り返し、私が胸を撫でおろしたのを見計らって彼は口を開いた。
「失礼ですが、職業は……魔法使いですか?」
「は、はい……」
この流れはまずいのではないだろうか。
ユリウスさんの話では、今黎明の剣はミレイアさんが不在で魔法使いがいないはず。
そこにフリーの魔法使いが一人、加入させてもらえそうなパーティーを探している。幸か不幸か、条件が揃ってしまっているように思う。
「丁度良かった!僕達、今魔法使いがいないんです。仲間が戻ってくるまでの期間限定にはなってしまいますが、僕達のパーティー、黎明の剣に加入していただけませんか?」
やっぱりね!そう来ると思った!
ミレイアさんが抜けることにため息をついていたくらいだ、やはり今の黎明の剣に魔法使いは必要なのだろう。
だが、相手が悪い。ただでさえリアとアリアの二重生活をする必要があるのに、どちらの顔も面識のある人物を作ってしまうのはリスクが高すぎないだろうか。
返事を返さないことを私が悩んでいると捉えたのか、ユリウスさんは言葉を続ける。
「登録したばかりで不安なこともあるかと思いますが、仲間たちは気の良い人たちです。君を悪く扱うような人では無いと僕が保証します」
確かに。考えてみれば全く知らない人達のパーティーに参加するよりも、信頼を置いている黎明の剣に加入した方が心理的にも安全だ。
それに、私が冒険者業をしている間にユリウスさんが小屋を訪れる可能性もある。と言うことは、同じパーティーとして行動して彼の動向を把握していた方が、リアとアリアの二重生活を送りやすくなるのではないだろうか。
そこまで考えて、覚悟を決める。
「よろしくお願いします……えっと……」
「ユリウスです。これからは仲間だ、僕からは敬語も無しにしよう。よろしく、アリア」
◇
「ミレイアがいない間、僕たちのパーティーで魔法使いをしてくれるアリアだ」
「アリアです。よろしくお願いします……」
その後、冒険者ギルドに現れたレオンさんとリュミエルさんにユリウスさんは私のことを紹介してくれた。
本当に。まさか、こんなことになるとは。『アリア』として彼らと関わることになるとは思ってもいなかった。
「これはまた……」
「何と言うべっぴんさん……」
言葉を失っている二人。
べっぴんさん──アリアは容姿が美しいのだろうか。自分では分からないことだ。
「アリア、彼らは──」
「知っています──あ。黎明の剣のお噂はかねがね……」
「ついに俺達も有名人か」
「悪い噂でなければ良いのですが……」
それぞれに反応を示すレオンさんとリュミエルさん。
危なかった。「既にご挨拶しました」なんて言っていたら、逃れたばかりのユリウスさんの勘がまた働いてしまうところだった。
内心冷や汗をかきながら、迂闊なことは言えない現状に改めて口を引き結ぶ。
そんな私の内心など想像もしていないのだろう。ユリウスさんは紙が張り出されているボードの前に向かいそのうちの一枚を指でつまんで見せた。
「アリア。僕たちはこれから森の巡回の依頼を受けようと思う。初めての依頼だが、それでいいかな?」
それは非常にまずい。森の巡回の依頼を受けた後、ユリウスさんはリアの小屋を訪れるはずだ。
行動を共にしている今、ユリウスさんを出し抜いて一足先に小屋に戻れる自信はない。少なくとも彼と行動を共にしている間、その依頼は避けたい。
「あ、あの!私が皆さんとご一緒する依頼は他のものが良いんですけど……出来れば今後も」
「構わないが……だとすると、俺らが受けられそうなのは王都の裏手にある洞窟のゴブリン討伐クエストだな、ユリウス、これで良いか?」
「ああ、問題ない。皆行こう」




