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3-5:信頼は目に見えるもの

 何が起こったのだろうか。

 体が酷く重い。自分の体ではないようだ。


「──リア、なのか……?これが、俺の……した……」


「……?」


 一緒に旅を共にした彼らの声がする。

 声に呼ばれるように、意識が少しずつ浮上する。

 自由が利くようになってきた瞼でうっすらと目を開けると、徐々に視界が晴れていく。

 晴れた視界の先で彼らの姿が目に留まる。見るからにボロボロだが、皆無事なようだ。内心ホッと安堵する。


 だが、彼らの私を見る目は信じられないものを見るような、驚愕と混乱に包まれたものだった。


「ルシアン……?ねえ、皆どうしたの……?」


 何があったと言うのだろう。そんな顔をしなくても、私は無事だ。

 安心させたい一心で、私の傍で跪いていたルシアンの腕に手を伸ばす。


 すると──。


「触るな!!!!」

「!」


 伸ばした手を叩き落され、今まで聞いたこともないルシアンの鋭い声が耳をつんざく。

 信じられない気持ちで叩き落された片手をもう一方の手で包み込み、呆然と彼の顔を見上げる。

 傷ついているのは私の方のはずなのに、彼の方が何かを耐えているような、苦々しい表情をしていた。


 それより、私の手。こんなにしわくちゃだったろうか。

 ルシアンに叩き落され、赤く腫れた手の甲にはいくつものしわが刻み込まれている。

 まるで、この一瞬で体が退化してしまったような、何とも言えない体の重みも感じる。


「あなたはアリア、なのですよね……?」


 セラフィムは何を言っているのだろうか。

 冗談なんて言う人では無いことを私は知っている。

 彼らの目に、今の私はどう映っていると言うのだろうか。

 得体のしれない恐怖に襲われながら、ゆっくりと頷く。


「大変お伝えしにくいのですが……今のあなたの姿は、老婆そのものだ」

「え……?」


「違う!!」


 私がセラフィムの言葉に疑問を抱く前にルシアンの強い否定の言葉がこの場に響く。

 ルシアンはその場に立ち上がり、肩をわなわなと震わせながら冷たい目で私を見下ろした。


「アリアはこんなに醜くなどない!お前も!間違ってもアリアの名を語るな!薄汚れた老婆め!!」


「ルシアン……」

「君は……」


 ライネルとセラフィムがその場に立ち尽くしたまま、息を呑んでいるのが分かる。

 私もルシアンの言葉に呆然としてしまう。私を拒絶している。その事実が彼の言葉に全て詰まっていた。


 私達の表情を見たルシアンはハッとした様子で、視線を泳がせうろたえ始める。


「あ……違うんだ、違う、これは……そう!魔王は討伐されハッピーエンド!国民はハッピーエンドを求めているんだ!ま、魔王に呪われたかもしれない仲間がいるなんて、誰も望んでいない結末だ!な?君なら分かってくれるだろう?」


 何を言っているのだろうか。ルシアンは私に何を求めているのだろうか。この人は、私の知っているルシアンなのだろうか。

 信じられない気持ちと彼を信じたい気持ちに挟まれ、上手く言葉が出てこない。


「ルシアン……今、言うことではないだろうが、これ……。魔王が消滅した跡に落ちていた、戦利品だ」


 ライネルが戦利品だと言う何かをルシアンに手渡し、彼から数歩距離を取る。

 ライネルもセラフィムも今だけは、ルシアンとどう接するべきか判断あぐねているようだ。


 手の中の戦利品に数秒視線を落とした後、ルシアンは私の傍に再度跪く。

 彼の手の中には銀製の指輪が、静かにその存在感を放っている。

 未だに苦い顔をしているルシアンは、私のしわくちゃな手にその指輪を握らせた。


「これは……俺から君へ、変わらぬ気持ちの証だ。いつか必ず君を迎えに行く。その時までどうか、元気で」


 それだけ言うと、その場に立ち上がり、私の顔を見ることも無く彼は私に背を向ける。

 ライネルとセラフィムは何か言いたげだったが、それ以上口を開くことはなく、魔王城を後にしようとするルシアンに続いて私から離れて行く。


「……ま、待って!ねえ……っ、ライネル?セラフィム!ルシアン……っ、私を置いて行かないで……!」


 私の言葉に誰も振り返ることなく続々と広間を出て行く。


「……ねえ……皆……」


 広間に私の情けない言葉だけが響く。


 空から雨が降ってくる。しとしとと降りだして、それは瞬く間に土砂降りになった。

 いつから天井は空いていたのだろうか。

 魔王と対峙した時には空いていたのか、戦闘で空いたのか定かではない。それ程、ただただ夢中だった。


「ねえ……嘘だと言って……私を、置いて……行かないで……」


 手渡された指輪を胸に抱き、体を折る。

 何が起こったのか全てを理解しているとは言えないが、一人取り残されたこの現状が全てで現実なのだと思い知らされている。

 今はただ、無情な彼らの反応に、言葉に、態度に、別れに、頭がぐちゃぐちゃになって心がえぐられるばかりだ。


「……っ、ああ、ああああ……っ」


 雨が降りしきる魔王城の広場で、私は一人泣き声をあげ続けた。

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