3-3:決戦前の穏やかな時間を彼らと共に
「──リア。アリア!」
「!」
「どうした?疲れたか?」
「う、ううん……大丈夫。ここは……」
「魔王城の近くにある村だ。魔物に荒らされ、今では廃村になっているが」
白昼夢を見ていたのだろうか。
どんな夢を見ていたのかは思い出せないが、おばあさんが薄暗い部屋で私の名を呼んでいた気がする。
今は──そうだ。私達はようやく、魔王城一歩手前の廃村にまで来たのだ。
ルシアン、セラフィム、ライネル達と王国を出てから何度夜を超えたか分からない。
それでも、私達は確かに一歩また一歩とこの世界の終焉に向かっていた。
「アリア。女性一人で気負っていたところもあるんでしょう。よくここまで私達についてきましたね」
「……ううん。皆が支えてくれたから、今の私があるの。だから、皆ありがとう」
「お礼を言うのはまだ早いぞ。もうすぐ、俺たちの旅が終わるんだ」
「二……いや、三年くらいでしょうか。長かったですね……」
ライネルとセラフィムが、感慨深げに終焉があると言う道の先を見つめながら思いの丈を言葉にする。
ふいに二人の視線の先に歩いて行ったルシアンは足を止め、こちらを振り返る。そして、二人に向けて拳を突き出した。
「俺は必ず生きて帰る。伝えなければならないことがあるんだ。お前たちも無駄死にだけはしてくれるなよ」
ルシアンの言葉に「言ってくれる」と鼻で笑いながら、拳を突きあう彼らの姿を無言で見つめる。
女である私を常に気遣い、歩調を合わせてくれる優しい幼馴染。セラフィム。
ルシアンと軽口をたたき合い、場の空気を明るくさせてくれる幼馴染。ライネル。
危険をものともせず先陣を切り、私達を導いてくれる勇者。私の幼馴染、ルシアン。
孤児院で一緒に暮らしていた頃は、彼らにこんな一面があるとは思いもしなかった。
私達を管理する大人の目が光る中で、当たり障りのない話をして当たり障りのないことをして、お互いに良い子を演じようとしていたのだ。
この旅で管理者の目を離れ、思い思いに話し過ごす彼らとの旅で初めはとまどうこともあったが、今ではこの何でも言える空気感を心地よく感じている自分がいる。
この旅で彼らへの印象は確かに変わった。だが、変わらないこともある。彼らへの信頼だ。
皆、孤児院にいた頃から大人の目を盗んで痛みも喜びも分け合って、感情を共有してきたかけがえのない幼馴染だ。
一人も欠けずこの場に立てていることが何より嬉しいし、これからも彼らの背中を追いかけたいと思う。
「アリア。何か嬉しいことでもあったのか?」
「ううん……いや、嬉しいのかも。皆、仲が良いなあと思って」
「そこにはアリア、君も含まれているはずだ」
「ルシアン……ありがとう。そう言ってくれると私も嬉しい」
穏やかに笑いあう私達の姿に、ライネルが大げさにため息をつく。
「あーあ、相手がルシアンじゃなかったら、俺にも可能性があったかもしれないのに」
「ふふっ。相手が悪かったですね、ライネル。私は、彼になら彼女を任せられると思えることが何よりの安心材料ですが」
「違いない」と、セラフィムの肩を叩くライネル。
二人は顔を見合わせ、その顔に屈託のない笑みを浮かべた。
二人には二人の、私が知らない絆があるようだ。これも、この旅で得たかけがえのない関係性だ。
ふとルシアンに片手を差し出される。
その顔を見上げれば、いつの間にそんなにも頼もしく成長していたのか、真摯な眼差しが私を射抜いた。
「アリア、君のことは俺が守る」
「うん……でも、私に出来ることは何でもする。皆と生きて帰るために」
ルシアンの手を取り、一歩前に足を出す。
がむしゃらに進んで来た今までとは違う。
一歩一歩の重みが鉛となって心に積み重なっていく。
足を前に運ぶたびに私達の旅の終わりが近づいてくるのだ。
ルシアンが私達の顔を見回し、言葉を重ねる。
「ライネル。君の弓で俺の進路を作ってくれ」
「言われなくても!今まで通り、だろ?」
ライネルがルシアンの左肩を拳でこつく。
「セラフィム。君の魔法で俺達を守ってくれ」
「分かっています。私の力が必要とされる限り、どこまでもお力添えいたします」
セラフィムがルシアンの右肩に手のひらを置く。
「そして……アリア」
繋がれた手のひらに力が込められる。
私もそれに応えるように気丈にルシアンを見つめ返す。
「君は……ただ、生きて。俺の傍にいて欲しい」
「違うよ?ルシアン、私もこの戦いで力を尽くす。私達、仲間でしょう?」
「そうだったな」と彼が失笑する。
ライネルとセラフィムが肩をすくめた気がしたが、その表情を見れば私の言葉で気を悪くしたわけではないことは分かった。
ルシアンがゆっくりと私の手を離し、終焉に向けて歩き出す。
それを合図に、私達も武器を握り直し、彼の後に続いた。
「さあ、魔王城へ向かうぞ!」




