3-2:ルシアンとアリア
「すごい埃……」
アリアが住んでいる小屋には寝室と食料庫、そしてこの埃にまみれた部屋の三部屋がある。
寝室は一階に、食料庫は地下に、三つ目の部屋は階段をのぼった上の階、二階に存在する。
見たことも無い白い糸が張られたこの部屋は、呼吸をするだけで咳き込んでしまって今まで長居することが出来なかった。だが、腰を据えて取り掛かるべき理由がある今なら、物怖じせずに調べられるだろう。
ランプに『赤い』火を点し、部屋をぐるりと見渡してみる。
埃はすごいが物は少ない。広い部屋にロアン君の家でも見たことのある箪笥が一つ。近くには置かれて間もないのか綺麗な状態のカバンが一つ。
それ以外は、箪笥の陰で見えなかったが、ミレイアさんが持っていたような木製の杖が一本壁に立てかけられている。
「これは……使えそうね」
杖を手に取り前方に構えてみる。『私』は初めて持ったはずなのに、不思議と手に馴染む気がする。
『ファイアーボウル』しか詠唱出来ない魔法使いに上等な杖が必要なのかと考えると苦笑いが漏れる。
続いて箪笥に視線を向ける。
アリアが何か残してくれているなら、この引き出しの中にあるに違いない。
「……」
祈るような気持ちで取っ手を掴み、一段目を引き出す。
中は──何も入っていない。
ガッカリした気持ちと、このまま三段目まで何も入っていないのではないかという焦燥感に襲われる。
「……」
二段目の取っ手を掴み、焦燥感を押し殺してゆっくりと引き出す。
そこには綺麗に畳まれた布が入っていた。
慎重に手に取り、布を広げてみる。洋服だ。
上質な手触りのその洋服は、ユリウスさんの金の髪を編み込んだのかと思う程、繊細な刺繍が施されている。
「アリアが着ていた洋服、よね……?すごく素敵なんだけど、今の私が着れるものでは無いわ……」
私の姿は言うまでもなく老婆だ。
肌面積が少ない洋服とは言え、下は膝上ほどの丈のスカートである。誰も老婆の生足を見たいとは思わないだろう。もちろん私も見せたいとは思わない。
これも一応、探し求めていたアリアが残したものであることに違いないが、見つけたからと言ってどうすることも出来ないものを前にまた肩を落としてしまう。
「最後の一段……」
箪笥は三段。次で最後だ。
ここまでで見つけた使えそうなものはカバンと杖。どこの世界に普段着でカバンと杖だけ持って冒険者を目指す愚か者がいるだろうか。
杖はまだしも、これなら自分を冒険者だと信じて疑わないボケた老婆が夕飯の買い物に出かける装いだと言われた方が納得できてしまう。
買ったことは無いが、宝くじが当選しているか確認しているような気分だ。
当たっていたら嬉しい、高額当選なら尚嬉しい。外れていたらガッカリしてしまう。
「……大当たり、入っていますように!」
藁にも縋る思いで三段目の取っ手を掴み、勢いよく引き抜く。
中は、──空だ。三段目には何も入っていなかった。
「……?」
肩を落としつつ念のためランプで中を照らしてみると、キラリと何かが光った。
「これは……金属の、輪っか……指輪かしら?」
深く考えずにポツンと置かれた指輪に手を伸ばす。
金属のヒヤッとした感触が指に触れた次の瞬間、私の視界は暗転した。
◇
白髪の少女が開かれた広場で誰かを探している。
キョロキョロと幾度も視線を巡らせ、木陰に腰を落とす茶色の髪色をした少年を見つけると表情を綻ばせ少年の下に駆けて行く。
「ルシアン!」
「……アリアか」
無邪気にルシアンと呼ばれた少年の傍に腰を下ろすと、興奮した様子で身を乗り出す。
「大人の人から聞いたよ?勇者様に選ばれたって。皆、すごく喜んでた」
「そっか」と少女の話に興味なさげな少年。
少年の反応が好ましくなかったのか頬を膨らませる少女。
「もう……っ!旅ってどこまで行くの?いつ帰ってくる?」
「遠い遠いところだ。いつ帰れるかは分からない」
少年の答えが意外だったのか、少女は目を丸くし驚いた様子を見せる。
少年が遠いところに行き、帰って来ない未来を少しでも想像したのか、少女は寂しさを埋めるように膝を抱えて背を丸めた。
「そっか……寂しくなるね」
少女の様子に、今度は少年が反応を示す番だった。
少年は視線を空に向けたまま、上ずった声で少女に語り掛ける。
「お、お前もついて来れば良いだろ。そうしたら、ずっと一緒だ」
少女は少年を見つめる。少年の顔は少し赤くなっているような気がする。
「私?私もついて行って良いの?私、お荷物じゃない?」
「全ぜ──っ!あーあ!守りがいのあるやつがいてくれたらなー!どこかにいないかなー!」
少年は腕を頭の後ろに回し、大げさな独り言を呟く。
少女は少年が何を言いたいのかすぐに理解した。少女を守ってやると少年は不器用な方法で伝えていたのだ。
「ルシアンが守ってくれるの?」
「何だよ……信じられないか?……待ってろ」
言うが早いか、少年は立ち上がって近くの草むらを漁り出す。
何をしているのかと少女が首を傾げながら待っていると、戻って来た少年の手には青い野花が一輪握られていた。
花壇にも花が咲いていると言うのに、大人達が育てた花は摘もうとしない少年の心根が少女は好きだった。
少年は少女の手を取り、野花を一輪握らせ、その上から自分の手を重ねた。
「私、ただのルシアンは汝、ただのアリアを生涯かけて守り抜くとこの花に誓います」
「ふふっ!なあに?結婚式みたい!」
「茶化すなよ……。俺もお前も、結婚式なんて見たことないくせに」
パッと少女から手を離し、照れているのかそっぽを向いてしまう少年。
少女は手元の花に視線を落とし、数秒沈黙した後、その目に覚悟を宿した。
「綺麗なお花……ありがとう、ルシアン。決めた、私もついて行く!ルシアンを一人には出来ないもの」
「! そ、そうか!アリアも……俺と、一緒に……」
「そうと決まれば、セラフィムとライネルも誘って来るね!二人なら一緒に来てくれるはずだもの!」
「え!ま、待……っ」
少年が止める隙も無く、セラフィムとライネルと呼ばれた二人の下へ駆けて行く少女。
少女に伸ばされた少年の手は空を切るばかりで、今となっては何の意味もなくなっている。
項垂れた少年は伸ばした手を下ろし、少女が座っていた地面に視線を落とす。
人知れずため息をついた少年は、誰にも聞かれることのない心の内をポツリと明かすのだった。
「何だよ……俺は、お前だけいてくれれば良いのに……。お前は違うのかよ……」




