2-3:ファイアーボウルで掴みはバッチリ
王都から離れ、見渡す限りのどかな平原に移動した。
再入場は手形があればすぐに出来るそうで、門番の人から四人分の手形を貰ってある。
先行していたミレイアさんは一通り周囲を見渡し、満足そうに振り返った。
「ここなら安全でしょう?」
「的は無いのか」なんて呑気にお喋りしている三人を余所に、ユリウスさんが手振りで私を呼び寄せ耳打ちしてくる。
「ま、魔法使い様。ミレイアのおふざけに何もお付き合いいただかなくても……」
言われなくても、こんなことになっていることを私が一番悔いている。
だが、大魔法使いと呼ばれていながら、魔法が使えないなんて言える雰囲気ではなかったのだ。
的が決まったのか、背丈ほどもある杖を軽やかに回して見せながらミレイアさんが私の前に仁王立ちした。
「ふふん。緊張しているの?やっぱり魔法も場数を踏まないと、いくら大魔法使い様でも土壇場で緊張してしまうものなのね」
すごく馬鹿にされている気がする。
私は場数を踏んだ熟練した魔法使いですが、あなたは?みたいな圧力を感じる。被害妄想だろうか。
確かに今の私は少しいじけている。初対面の女性に敵視され、出来るかどうかも分からないことを要求され、その上逃げ場がないときている。
頼みの綱のユリウスさんも気にかけてくれてはいるが、必死に止めてくれるわけでは無く、その目には好奇心が見え隠れしている。
それもそうか。生まれ育った村の危機を救ったと聞く、魔法使いの魔法がその目で見れる瞬間など誰でも興味は湧くだろう。
つまり、この場に私の気持ちを尊重して止めに入ってくれるような人は誰もいないのだ。非情さにいじけたくもなる。
「しょうがないから、挨拶代わりにあたしが先に見せてあげる。何の魔法を見てみたい?」
「じゃあ……ふぁいあーぼうる、で……」
「初級魔法で良いの?熟練度を知りたいのかしら、いいわ。やってあげる」
私達は少し離れたところからミレイアさんの様子を見守る。
杖を構えた彼女の周りの空気と風が変わった気がした。
「我が魂を焦がす熱情よ」
杖を軽やかに体の周りで回し、何事かを呟いている。
「形を成せ!」
前方に向かって優雅に杖を振り下ろし、彼女は大地を踏みしめる。
「……っ、ファイアーボウル!!」
──!!
杖の先に渦巻く赤い炎が現れたと思った矢先。それは勢いよく飛んでいき、遠くに鎮座する木の幹を燃やした。
すごい。魔法を初めて見たが、本当に詠唱一つで何も無いところから炎を起こせてしまった。
でも、赤い炎だったのは何故だろうか。熟練した魔法使いは火が赤くなるのだろうか。私のお父さんは火は蒼いと言っていたのだが。
それよりも、ハッキリ聞こえた詠唱。『ファイアーボウル』の前についていた台詞は何なのだろうか。
この世界では台詞をつけないと魔法が発現しないなんてことがあっては困る。私の番が来る前にユリウスさんに聞いてみなければ。
「ゆ、ユリウスさん、ユリウスさん。あの、魂を焦がす……ってやつは何ですか?あれは必要なんですか?」
「必要はないはずですよ。ミレイアは言った方が気持ちが入るらしいです」
「……」
なるほど。必要はないけど、言った方が思想的に彼女に気に入られる可能性が高いということか。
ミレイアさん達とユリウスさんがどういう関係なのかまだ聞けていないが、その親しげな雰囲気を見る限り、彼女達にも気に入られた方が良いことは明白だ。
犬猿の仲の双方に挟まれるユリウスさんの姿なんて見たくないし、彼が彼女達と仲良くしていると言うことは悪い人ではないのだろう。
今の詠唱前の台詞、あれみたいだ。聞いたことがある。思い出した、そう、厨二病だ。
今から私も本来必要の無い台詞を、かっこつけて読み上げなければならないのか。神様、なんとかならないか。
「ふふん!どう?この距離であの木に命中させるなんて、並みの魔法使いは真似できないわ!さっ、あなたの番よ?」
命中?当て方なんて技術、私は知らないし、的が小さいなら火の塊をより一層大きくして当たりやすくすれば良い気がする。
ミレイアさんが下がり、私が一歩、また一歩と前に出る。
今だけは私は厨二病。今だけは私は厨二病。ミレイアさんが納得するだけのかっこいい台詞、降りて来い!
手のひらを上空に掲げる。
「はっ、灰すら残すな!」
気道がヒュッと音を立て肺の酸素を多少持っていかれた気がするが、大丈夫だ。大した反動は無いらしい。
私は今、何もない空中に向かって言霊を使っている。反動が返ってくると言う、命令する対象の存在感はないはずだ。
ましてやこの後に続く詠唱は無から火の塊を作るための言霊に過ぎない。それで誰かを『傷つけろ』なんて命じれば反動は計り知れないが、作った火の塊を前方に飛ばす程度であれば『世界』がそれを『残酷な命令』だとは判断しないのではないかと思う。
でなければ、アリア自身が反動も受けず魔法使いとして魔法を詠唱し続けられた理由に説明がつかないのだ。
「わ、我が名の下に……ほ、焔の審判を今下す!」
お父さんの言っていた通り蒼い火を思い描き、徐々に手のひらの上で火の塊を大きくしていくイメージをする。ミレイアさんのファイアーボウルは見た。技術の無い私が前方の木に命中させるには、当たり判定が広がるように十分な大きさの炎が必要だ。
気のせいだろうか。頭上で熱風が吹き、轟音がし始めた気がするのだが。ちゃんと出来ているか不安で目を開けることが出来ない。
「はっ?」
「お、おい!」
「ちょ、ちょっと!」
「ファ、イアーーーッボオオオル!!」
十分に大きくなった蒼い火の塊が、遠くのミレイアさんが命中させた木まで飛んでいく姿をイメージして手を、振り下ろす。
一瞬音が何もしなくなり、その直後、凄まじい衝撃波が私の体を襲う。
「待……っ」
凄まじい轟音を立てながら、何かが私の手の上から前方に飛んで行ったのを感じた。
呼吸が浅くなっているのを感じる。初めて自分の意思で『詠唱』した緊張からか、言霊の反動なのかは分からない。
地面を削る音が離れて行く以外、この場は静かだ。私は失敗してしまったのだろうか。恐る恐る薄目を開ける。
────ッ!!!!!!!!
数秒後、遠くで爆発音がし、爆風と熱風が辺りを包み込む。
「は……っ」
反動が大して無かったから油断していたが、やはり「灰すら残すな」と言う言葉さえこの世界は『命令』と認識したらしい。
私が差し出した手のひらの先は地面がえぐり取られた荒野が続き、ミレイアさんが命中させた木を消滅させていた。
こ、こっ言霊ーーー!!何もそこまでしろと命じていない!!いや、前方に何も残っていないから言葉通りなのだが!!なのだが!!
「……」
皆の声がしない。顔を見るのが怖い。
ミレイアさんの魔法と比べて私の言霊は化け物過ぎている。どんな反応をされているか、想像するだけでも恐ろしい。
「蒼い……ファイアーボウル。初めて見た……」
私の不安を余所にミレイアさんの一言がその場に響く。
次の瞬間、私は彼女に肩を全力で揺さぶられていた。
「すごいすごい!リア、あなたすごいわ!蒼いファイアーボウルなんて、どうやって習得したの!?」
「え……?」
赤いファイアーボウルじゃなくて蒼いファイアーボウルの方がこの世界では珍しいのだろうか。火は蒼いのではなかったのだろうか。
「蒼い炎なんて初めて見ました」と言うリュミエルさんの言葉で、さらに頭に疑問符が湧いてしまう。火も炎も大きさの違いだけで、色は同じだと思うのだが。
だって、お父さんが火は蒼いって。ん?お父さん?まさか、まさか私に一般的ではない知識を教えましたか?お、お父さーーーーーん!!
「ユリウス……お前の村は、とんでもないばあさんを飼ってるんだな」
「人聞きの悪いことを言うな。村を救ってくれた恩人だ。でも、そうか……これが彼女の力か」
放心状態の二人と興奮状態の一人、誇らしげな一人を余所に、またしばらくは大人しくしていようと心に決めたのだった。




