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2-2:新たな出会い

「ユリウスさん!あれは何ですか?あっ、あれは?ユリウスさん!早く早く!」

「ふふ……っ、そんなに慌てなくても王都は逃げませんよ?あっほら、人にぶつかると危ないですから、僕の傍にいてくださいね」


 一瞬肩を抱き寄せられたと言うのに、甲斐甲斐しく男性に介護されるボケた老婆という単語が脳裏を掠め、トキメクより前に瞬時に落ち着きを取り戻す。


「……はい。年甲斐もなくはしゃいですみません」


 王都の街並みを横目にユリウスさんと二人、肩を並べて歩いていく。

 彼は本当に優しいと思う。世間知らずと思われても仕方ない私の質問を邪険にすることもなく、一つ一つ丁寧に教えてくれている。

 おかげで、この街で着ている女性の洋服が何なのか、洋服はどこで仕立てているのか、この街の建造物が何故村の建築物と違うのか、この芳しい匂いが何の匂いなのか、疑問が次々と解消されていく。分からないことがその場で解消される今の気分は、非常に気持ちが良い。


 分かったことと言えば、城門前でも感じていたが王都に入ってからユリウスさんに向けられる視線がより一層顕著なものになったこともそうだ。

 声をかけようと目論んでいるお嬢さんもいるようだが、片時も離れず傍に居る謎の老婆の存在が抑止力となって、今はまだ誰も声をかけてきてはいない。

 傍から見れば、私達の姿は孫と祖母だろう。いや、それはちょっと。私はまだキスもしたことが無いのに、孫がいる設定なんてあんまりだ。

 ユリウスさんには悪いが、彼が萎れた熟女好きの変わった趣味を持つ男性に見えていることを願ってしまう。


「魔法使い様?疲れてしまいましたか?」

「え゛!?いや……、全ぜ──」

「ユリウス!」


 後方から彼の名を呼ぶ声がした。後ろ姿だけで判別できるなんて、只者ではない。いや存在しているだけで周りの空間が歪むユリウスさんならあり得るか。

 声がした方を振り返ると、村では見たことのない装いに身を包んだ男性二人と女性一人が片手を上げながら親しげに近づいて来ていた。


「レオン!それにお前たちも……何だ、今日はもう解散したんじゃなかったのか?」


「ばっか、お前だけだぜ、最近付き合い悪いの!今日だって、森の巡回の依頼達成した後に雲隠れしやがって!」

「そうですよ。少し前まで、その足でよく四人で酒場に行っていたのに、最近のユリウスときたら」


「ははっ、すまない。事情を汲んでくれて助かってるよ。いつもありがとう、リュミエル」


 ユリウスさんにじゃれつき頭をこつきあうレオンと呼ばれた重装備の男性とリュミエルと呼ばれた軽装の男性。旧知を知る仲といった感じで、見るからに親しげだ。

 ユリウスさんも、私に対しての物腰柔らかな雰囲気とは打って変わって二人にはくだけた対応をしているように感じる。

 私は明らかに蚊帳の外だが、とくに気分を害するわけでもなく、じゃれ合う三人の姿を微笑ましく見つめていると、もう一人傍に居た女性が私の顔を覗き込んで来た。


「あ、あの……?」


 目つきが鋭い。私が何をしたと言うのだろうか。こんなに睨みつけられる覚えは無いのだが。

 上手く笑えているかは分からないが、精一杯の愛想笑いを顔に張り付けて敵意は無いことを前面に押し出す。

 その様子に少しは納得してくれたのか、その女性はようやく私に近づけていた顔を離し、話し込んでいる三人に声を掛けた。


「ユーリ?こちらのおばあさんは?」

「ああ、すまない、紹介が遅れた。最近、僕がお世話になっている魔法使い様だ」


 彼の言葉に三人は不思議そうに顔を見合わせる。


「魔法使い様?お前らしくないな、名前で呼んでやれよ。水臭いだろ?」

「な、名前……?そう、だな……名前、か。名前は……」


 教えていないのだ。ユリウスさんがたじたじになってしまっても仕方ないと思う。

 と言うか、私もこの間初めて知ったくらいで、教えられるタイミングも無かった気がする。今が良いタイミングか。

 この世界で生きていく以上、名前は必要だ。私は相変わらず自分の名前を思い出せないのだから、今はアリアとして自己紹介するべきだろう。


 王都に来てから何度か目にしたポーズを見様見真似で真似てみる。

 スカートの裾をつまみ、ゆるやかにその場でお辞儀をした。


「初めまして、皆さま。ユリウスさんに良くして頂いている、リアと申します」


 アリアをもじってリアと名乗る。

 本名を名乗るのは今はまだリスクがあるだろう。


「へえ、リアか。ばあさん、見た感じ結構な歳いってそうなのに、すれてない感じが良いな!」

「お、おい!レオン!」


「あたし、聞いたことある。ユーリの村の干ばつをたった一日で解決した大魔法使いの話」

「だ、大魔法使い……」


 大げさになっている。大げさに解決してしまったのかもしれないが、私の噂が独り歩きしてより一層大げさになっている。

 心底疑っていると言う目で頭の先からつま先まで女性に品定めされる老婆を通り過ぎて行く人達が物珍しそうに見て行く。おい、見世物じゃないぞ。


「おばあさん、あたしも魔法使いなの。大魔法使い様の素晴らしい魔法を見てみたいわ!ねっ、ユーリもそう思うでしょう?」


 何気ない提案のように見えるが、三人に向けられる視線と私に向けられる視線の温度感が明らかに違う。

 あれか。敵対視されているのか、老婆相手に。もしくは役職が同じで自分の立場が危ぶまれるとでも思われているのか。


「ミレイア、魔法は魔力を使う。労力がかかると言うのに、ただで彼女に魔法を見せていただくわけには……」

「リュミエル、それならお昼ご飯をあたし達でご馳走しましょう!リアはお腹が満たされる、あたし達は知的好奇心が満たされる!それで良いでしょう?」


 ミレイアと呼ばれた女性、上手いこと言ったつもりか。

 話が独り歩きしているが、今の私は魔法を使えない。魔法を見たことがない一般人なのだが。

 唯一使えそうなのは『ふぁいあーぼうる』とか言う火の塊を前方に飛ばす火の魔法くらいだ。

 釜戸に火を付けたことは何度もある。あの火を炎と呼べるくらい大きくなるようイメージして『ふぁいあーぼうる』と詠唱すれば同等の魔法に見えるのではないだろうか。


「ふふっ!誰も文句はないみたいね!ここじゃ場所が悪いわ、平原に行きましょう!」

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