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2-1:ようこそ魔法使い様

 アリアの生い立ちを知ってから数日。

 私の思考を占めるのは、言霊使いと言う自分の存在のことだった。

 私が「死ね」と一言呟けば相手を殺せる能力者だなんて、手記を読んでもまだ到底受け入れられないでいるのだ。


 アリアと老婆が別人である説はないのだろうか。魔王討伐の旅に向かう前にアリア自身が手記を老婆に託した可能性もあるのではないだろうか。


「──様」


 いや、私自身がアリアなのだろう。ロアン君を野犬から助けた時、私の体には確かに言霊の反動が返ってきていた。


 そうなると、これからどうしたものか。アリアの育ての親の神官様の言葉通り、言霊使いがこの世界で異端者として危険視されているなら、私は今後より一層身の振り方に気を付けるべきなのではないだろうか。

 村の人たちには思惑通り魔法使いとして認識されているが、ロアン君の件と言い、咄嗟に言霊を使ってしまうこともある。

 この世界が詠唱を唱えなければ魔法が発動しない仕組みなのであれば、詠唱をすっ飛ばして超常現象を起こす場面を見られるのは私にとって文字通り死活問題だ。

 それに言霊はイメージを現実にする力と言う。今の私は魔法使いを名乗っていながら魔法を見たことがなく、イメージすることも出来ない。


 詠唱について、魔法について、学んだ方が良い気がしている。この世界で私以外の魔法使いと知り合える機会があれば良いのだが。


「……っ、魔法使い様!」


「!」


 呼びかけの声に驚き、肩が跳ねる。

 声がした方に視線を向けると、ユリウスさんが眉を寄せて私の顔を覗き込んでいた。


 いけない。今は勉強会中だった。


 手記を読んでからというもの、私は勉強会に身が入らない日々を過ごしていた。


「大丈夫ですか?ここ最近、調子が悪そうです。今日はこの辺にしましょうか……?」


 冒険者業の傍ら時間を割いてくださっていると言うのに、終始上の空で彼の時間を無駄にしてしまっていることに罪悪感が湧いてしまう。

 申し訳なさから彼の目を面と向かって見つめることも出来ず、さも気を取り直したかのように姿勢を正して手元の教材に視線を落とした。


「す、すみません……少し、考え事をしていました。大丈夫です、集中します」

「……」


 私の返事を聞いたユリウスさんは数秒沈黙した後、何を思ったのか私の手元の教材を閉じ、テーブルの上を片付け始めてしまう。


 まずい。怒らせたのだろうか。

 無償で全面的に私に協力してくれている彼の厚意を踏みにじったのだ。怒らせて当たり前のことをしてしまった。


 次から次に片付けていく彼が手にした書籍を反射的に掴み、学ぶ意思はあるのだと無意識に示す。


「ゆ、ユリウスさん?上の空ですみませんでした。もう、大丈夫ですので、勉強会の続きを──」

「ああ……すみません、何もお伝えしていませんでした。不安にさせてしまいましたよね?勉強会はしますよ、また後日に」

「?」


 あらかた片付いたテーブルに目配せした後、外に繋がる扉に向かう彼の姿をハラハラしながら見守る。

 木製の扉の蝶番が軋む音が新しい世界へ繋がるノックのように室内に響き、振り返ったユリウスさんは穏やかな声音で私に声をかけた。


「魔法使い様、気分転換をしに行きましょう」


 ◇


 ロアン君達が住む村から出ている馬車に揺られ、向かった先はこの国の王都。

 周りを壁で囲まれた街らしい。その壮観な光景に、私は思わず馬車から身を乗り出していた。


 城門で馬車を降り、門番が入場者の検問を順番にしているのだと言う長蛇の列に二人で並ぶ。


 順番待ちをしているだけだと言うのに、男性はギョッとした顔で、女性は頬を赤らめながら意味深な視線をこちらに向ける。ユリウスさんを見ているのだ。

 顔が整っていると言うだけで世界はこうなるのか。チラリと彼の横顔を盗み見たが、とくに表情が曇っている様子はなかった。自分の顔を誰より気にしているのにこんなにも好奇の目にさらされて、優しい彼が何も思わないはずはないのだが。

 私は見えることに喜びを感じているが、見えてしまうことが苦痛になることもあるなんて彼と知り合うまで知らなかったことだ。


「ここは私に任せてくださいね」と言うユリウスさんに検問を任せ、戻って来た彼と共に城門をくぐる。


 城門前まで聞こえていた人々の歓声が徐々に大きくなっていく。

 嗅いだことのない匂いが嗅覚を刺激し、これは何の匂いなのだろうと好奇心が湧いてくる。

 検問を終えた人が徐々に散り散りになっていき、私の眼前には新たな世界が広がった。


「……っ、わあ!」


 目の前に広がる未だ見たことも無い光景に感嘆の声が漏れる。

 ロアン君達の村の家とも違う、ずらりと並ぶ立派な建造物。様々な装いに身を包んだ大勢の人がせわしなく行き交い、活気あふれる人々の歓声とどこからともなく香ってくる芳しい匂い。

 この場に立っているだけで、私の五感が刺激され震えているのが分かる。


 身動きが取れなくなっていた私の背中にそっと手が添えられ、見上げればユリウスさんと視線が交差する。

 人でごった返していると言うのに、ユリウスさんが私の目を見て言葉にしたその一言は、二人きりの内緒話のようによく聞こえた気がした。


「王都へようこそ、魔法使い様」

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