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1-6:言霊使い

 ついにこの日が来た。


 ユリウスさんと勉強会を開くようになってから、文字を読むことに関しては不便を感じなくなった頃。私は、この世界の老婆自身が書いたと思われる手記の解読を始めることにした。


 小屋にはテーブルの上に置かれた手帳と私一人。相棒は昼下がりの散歩に出かけている。

 右も左も分からないままこの世界で目を覚ましてから、老婆が誰なのかずっと疑問だった。その疑問が解消されるかもしれない唯一の手掛かりがこれだ。

 いざ解読が出来るとなると、思った以上に緊張してしまっているようだ。深呼吸を繰り返す。


「……よし」


 覚悟を決めて表紙をめくった。


 ◇


 これを読んでいる人は私自身でしょうか、私ではない誰かでしょうか。

 読んでくれてありがとう、私の名前はアリア。

 孤児院で育ったのでファミリーネームはありません。ただのアリアです。


 これを書いているのは私が十五歳の時、今の私は十五歳です。


 私の生い立ちを書くので、少しだけお付き合いください。


 私は生まれながらに不思議な力を持っていました。

 その不思議な力が何なのか、分かったのは私が十二歳の時でした。

 よく孤児院にいらっしゃる私達の育ての親のような存在、神官様が神殿に私を呼んだのです。

 初めは、孤児である私が大人と同じ仕事を任される年齢に達したことに対して、何か有難いお言葉が聞けるのかと思っていました。

 ですが、現実は違いました。神官様は私の不思議な力について知っていることを話すと、神妙な顔で語り掛けてきたのです。


 私の不思議な力は、私が『言霊使(こどだまつか)い』だから起こせたことでした。


 神官様は言います。

 言霊使いは、言葉の命令力で対象に超常現象を起こす能力使いであると。

 神官様は続けます。

 しかしながら、その命令力は恐ろしいもので、自分も命の危険があるが「死ね」と命じれば対象を殺せてしまう圧倒的な異能力であると。

 過去に言霊使いの存在を危険視した大陸は、魔女狩りと称して言霊使いを一斉に処刑し、今では絶滅している能力者だそうです。


 言霊使いの能力は、イメージしたものを現実にする能力です。

 例えば、対象物を浮かせるイメージを頭に描き、命令することで実現します。

 強制力のある命令はその限りではありません。

 知らない単語の命令であっても、私が生きている『世界』がそれを命令であると受け取れば実現します。


 この能力は無限に使えるわけでは無く、使うには代償があります。

 言葉にした命令の強制力、対象の存在感によって体に反動が返ってきます。


 第一に呼吸困難、酸素欠乏です。

 口にした言葉に肺の酸素を全て持っていかれ、一時的に酸素を吸うことが出来なくなります。


 第二に吐血、呼吸器を酷く傷つけられます。

 呼吸器を傷つけられ、気道を血で満たした言霊使いが自分の血に溺れて亡くなったことがあるそうです。


 第三に、これは実際にその場を目撃した者が居ないお伽話のような話ですが、言霊が自分に返ってくると言うものだそうです。

 魔女狩りのときに処刑台に連行された言霊使いの猿ぐつわが看視の不注意で外れた際、彼女は「この場にいる者、皆死んでしまえ」と叫んだそうです。その後、静まり返った処刑台を確認しに来た看視の目撃証言では、首の飛んだ言霊使いの体と、処刑台を埋め尽くすほどの首のない遺体がその場に残されていたのだと言います。


 神官様は私に訴えかけます。

 生きたければ、言霊使いであることを秘匿せよ。と。

 魔法使いとして生きるのです。詠唱が必要な魔法使いは私の能力を隠してくれる。そう言います。


 その時から私は魔法使いとして生きています。

 一度見たことのある魔法はイメージすることが出来るので、再現できています。

 周りからも、覚えの早い魔法使い見習いとして認識されているようです。


 そんな私は、明日から同じ孤児院で育ったルシアンの魔王討伐の旅に同行します。

 どういうわけか、王命で勇者となったルシアンを一人で危険な旅に行かせるわけにいきません。

 同じ孤児院で育った仲間も旅に同行します。私は魔法使いとして彼を支えたいと思います。


 帰ってくるまでペンを取ることは出来ないだろうけど、これを読んでいるのが旅が終わった私だったら良いなと思います。

 ここまで読んでくれて、ありがとう。私の、私達の旅の無事を祈っていてください。


 ◇


 手記はそこで終わっていた。

 歪な私の字とも違う、幼くて可愛らしい文字。

 そのはずなのに、書かれていたことは壮絶で言葉を失ってしまう。


「私の名前は……アリア」


 名前を知れたことは大きいが、まだこの響きには慣れそうにない。


 村の人たちが『魔法使い様』と呼ぶ理由も分かった気がする。

 本来は言霊使いであるのだが、身を隠すために魔法を詠唱しているように見せているのだ。

 もし、これが本当なら、村の干ばつがアリアの一言で解消された話にも筋が通る。

 空に向かって雨雲を呼び寄せる言霊を使うなり、作物が実るような言葉を紡ぐことで『世界』が彼女の言葉を叶えるのだ。


「……っ」


 急にゾッとしてしまう。

 私は今まで『何』を言葉にしてきただろうか。知らず知らずのうちに言霊を使っていた可能性はないだろうか。

 それに、私の正体がバレた時には私も処刑台を上ることになるかもしれない。現実味のない想像が膨らんで、背筋を冷たい汗が伝う。

 昨日まで平穏な日々を過ごしていたが、手記を読んだ今は背後に危険が迫っているような焦燥感に苛まれている。


 気になることは他にもある。この手記は十五歳の時に書かれたものであるのに、魔王討伐から帰ってきてからの記述が何もないのだ。

 魔王討伐は、老婆になるまで数十年もかかったのだろうか。それとも帰ってきてから、平和な余生を過ごしていただけなのだろうか。

 疑問が解消されつつも、新たな疑問が生まれただけのような気もしてしまう。


 ゆっくりと部屋を見渡す。

 この部屋にはまだ手付かずの埃を被った部屋もある。

 アリアの過去を知るために、調べた方が良いかもしれない。


 今はただ、何とも言えない気持ちになってしまう。


 それでも唯一分かったことは、私も自分の能力を魔法使いとして使うこと以外に多用しない方が良いだろうこと。

 ロアン君を助けた時に叫んだ言葉。言霊の命令力で確かに危険を退けられたのだろうが、確かに私の体には呼吸困難と吐血と言う反動が返ってきていた。


「……難儀な体に転生しちゃったかもしれない、なんて。視覚を貰っておきながら、私が不満を言える立場ではないわね」


 外から扉を掻く音がする。相棒が帰ってきたのだろう。

 今はこの生活を守ることを第一に考えよう。処刑台に上る未来が訪れないよう、迂闊なことを喋らないようにしなければ。


 不穏な気配の漂う思考を振り払い、相棒を家の中に招き入れ、今はただ『日常』に戻ることにした。

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