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1-4:新生活は順調です

「うん……こんなものかな!」


 あれから数日後。

 小屋の裏手にある畑に水まきを行い、育ち切った作物は収穫する。一通りの作業を終え、一息つく。


 冒険者業の傍ら数日に一度小屋を訪れるユリウスさんと勉強会をしながら、文字とこの世界の常識について学ぶ日々を過ごしている。

 小屋の裏手にある畑で育っている作物についても分かったことが多い。私が両親と暮らしていた世界で食べていた作物と名前が違うだけで、大差は無いようだ。


「これがキャベツ……キャベットで、これがトマト……トムト……そして、これがピーマン。パーマント」


 この世界には四季があるとロアン君は言っていたが、私が育てている作物は四季の影響を受けずに育っている気がする。

 収穫した後通常種を撒くはずだが、何もしなくても数日も経てばまた芽が生え、さらに数日水まきだけすれば収穫できるまでに育つのだから、私の世界の農家はこの世界の農業に泣いてしまうと思う。これが異世界あるあるなのか、魔法使いとしての能力なのかは分からないが。

 何はともあれご近所付き合い、村との良好な関係を維持するために定期的に作物を納品することを怠ってもいない。


 収穫した作物を見下ろしながら、最近感じていることを言葉に出してみる。


「幸先良すぎる気がする……」


 ロアン君と出会うまではどうなるか分からないサバイバル生活並みの緊張感があったが、彼と出会ってからとんとん拍子に物事が進んでいく。

 ユリウスさんという存在も大きい。文字やこの世界の常識を教えてくれる存在がこんなにも近くに、こんなにも早い段階で知り合えたのは幸運なのか何なのか。


 私が知っている異世界転生は、酷い目にあった主人公が神様に与えられた能力や前世の知識で復讐や破滅を回避する物語が描かれているような激動の人生が多い。

 標準的な物語の傾向に比べて私はどうだろうか。

 異世界に来て視覚を得てから幸せを噛み締める毎日で、出会う人出会う人、とても良くしてくれていると思う。

 もちろん両親と暮らした生活にも不満は無かったが、視覚を得たことで人の感情や世界の美しさをより一層感じることが出来ているこの生活に満足してしまっている自分もいる。


 空を見上げ、この場にいない両親に思いを馳せる。

 私がいなくなったことで二人は心配しているだろうか。否、心配しているだろう。

 私はこの世界で幸せを感じていて良いのだろうか。それこそ、両親を安心させるために早く帰れる方法を探すべきなのではないだろうか。


「……今は、まだ。何も見えない生活に戻る勇気を持てないわ……」


 私の言葉に相棒の鳴き声が畑に響く。

 振り返れば空になった受け皿を持ってきたのだろう黒猫が、前足を受け皿の端に置きながら物言いたげに私を見つめていた。


「ふふっ、ご飯の時間ね?ごめんね、考え事をしていたの。準備をしましょう」


 収穫した作物を抱えて、相棒と二人小屋への道を歩く。

 私の自問自答は、まだしばらく明確な答えが出そうになかった。


 ◇


 それからまた数日後。ユリウスさんが私の小屋を訪れてくれた。

 最初の勉強会以降は砂や泥、返り血にまみれた姿で来ることが多く、冒険者業が大変なことはその姿から察していた。


「今日はお土産があるんです。ほら……っ」


 どさりと何かがユリウスさんの腕から落ち、見たことも無い大きな獣が玄関先に横たわったのを見て小さく悲鳴が出てしまう。


「あ、すみません……驚かせるつもりは無かったのですが……コカトリスです。鳥ですよ」

「鳥……?」


 私が見たことのある鳥とはまた毛色が違うようだが、これも鳥類なのか。

 鳥と言うにはあまりにも巨大な体で体毛は白く、巨大な黄色いくちばしにだらんと垂れた……あれは舌だろうか。

 明らかに息をしていないようだが、彼が仕留めたのだろうか。それをわざわざ私に見せてくれる心理が分からないのだが。


「魔法使い様、お肉を食べられていないと家族から聞きました。食べられない理由があるわけではないのなら、鶏肉のおすそ分けをしようと思って獲って来たんです。ご不要でしたか……?」


 そんな目で見ないで欲しい。

 確かに、この世界に来てから肉類を口にはしていなかった。野生の動物を狩る方法も、捌く方法も分からないからだ。

 だがしかし、今、目の前にはユリウスさんのご厚意で鶏肉(野生の動物)を差し出されている。

 これは私が捌くしか道はないのだろうか。ああ、そんな目で私を見ないで、ユリウスさん。そしてお亡くなりの鳥さん。

 恐る恐るおすそ分けされたコカトリスに手を伸ばそうとするも、私はこれからこの鳥の血を抜き、皮を剝ぎ、首を落とすのかと思うと、例え既にお亡くなりになられているとしても恐怖で手が震えてしまう。


「ユリウス?」


 そんな所に現れた救世主の声。この声は──!


「父さん!父さんも用事?」

「あ、ああ。納品してもらっている作物についてちょっとな。……それはコカトリスか?どうしたんだ?」

「魔法使い様に食べてもらおうと思って獲って来たんだよ」


 言うが早いかユリウスさんの頭にお父様直伝のこぶしが落とされる。


「な、何するんだ!?」

「バカ息子!女性が……一般人が、動物の捌き方を知っているわけがないだろう!魔法使い様、愚息が申し訳ありません。今後私共で捌いてから、身のみお渡しいたします」


「あ……」


 言葉を失い、その場に立ち尽くすユリウスさん。

 まさか私が野生の動物を捌けないなど考えもしなかったのだろう。

 もしくは、私に「おすそ分けを」という思いが強すぎてそこまで考えが至らなかった可能性もある。


「い、良いんですよ!お気持ちが嬉しいですから!さ、捌き方は知りませんでしたが……ユリウスさんもありがとうございます!」


「配慮が足りず申し訳ありません」なんて頭を下げるユリウスさんを宥め「おすそ分けはありがたく頂戴する」意思を伝えれば、彼も少し安心してくれたようだった。


 一度村で鳥を捌いてからまた戻ってくると言うユリウスさんとお父様を見送って、私も内心ホッとする。

 申し訳なさそうにしていたが、ユリウスさんのご厚意が嬉しいことは事実だ。お肉なんてもう食べられないのかと思っていた。


「鶏肉……鶏肉……今晩のご飯は何にしようかな」


 これは異世界で食べる初めてのお肉の味を想像しながら、二人が戻ってくるのをのんびり待つことにした昼下がりのお話。

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