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皆でざまぁ、その令嬢を婚約破棄するなんてとんでもない!

作者: 満原こもじ

「フェミアお嬢様、とても可愛らしいですよ」

「これならザイラス様にも喜んでいただけるかしら?」

「ええ、きっとお喜びだと思います」


 婚約者のザイラス・コールリッジ伯爵令息には、お前は地味だ何とかしろといつも言われています。

 今日のパーティーでは、ちょっとおめかししてみました。

 コールリッジ伯爵家とうちマート男爵家とは家格差がありますからね。

 ザイラス様に恥をかかせないよう配慮しなければ。


「今日ザイラス様はお嬢様をエスコートなさらないのですか?」

「お忙しいようなのですよ。会場入りも遅れると伺いました」

「お忙しいって、学生でしょう? お嬢様をリードすること以上に大事なことなど、ないように思えるのですが」

「そんなことを言ってはいけませんよ」


 何と言っても格上コールリッジ伯爵家の令息なのですから。

 婚約していただいただけでもありがたいのです。


「自慢のお嬢様が蔑ろにされているかと思うと許せないのです」

「うふふ、ありがとう」


 わたしは侍女にも愛されているのだなあと感じて、嬉しくなります。


「さあ、出発ですね」


          ◇


 ――――――――――パーティー会場の王宮ホールにて。ザイラス・コールリッジ伯爵令息視点。


 オレ達くらいの年齢だと、どっちを向いても婚約婚約だ。

 まあ社交界デビュー後ともなると当然だが。

 しかしオレには不満がある。

 何故フェミアが婚約者なのかということだ。


 確かにフェミアは貴族学校の優等メダルをもらうくらい成績はいい。

 しかし男爵令嬢に過ぎない。

 コールリッジ伯爵家の家督を継ぐオレには軽過ぎる身分だ。

 父上も何を考えてフェミアがいいと考えたのだか。


 まあそんな不満も今日までだ。

 今オレの隣にはジェニファー・タウナス子爵令嬢がいる。

 オレ好みのグラマラスな身体を持つ、美貌の令嬢だ。

 チビのフェミアとは大違い。


 父上だって男爵家よりも子爵家と縁付く方がいいと考えるに違いない。

 取り消しできないタイミングでフェミアに婚約破棄を突きつけ、新たにジェニファーと婚約する旨を宣言すればいい。

 今日のパーティーは打ってつけの機会だ。

 宴もたけなわ、ここだ!


「フェミア・マート男爵令嬢! オレは君との婚約を破棄する!」


 ハッハッハッ、皆が驚いたようにオレを見ている。

 オレが主役だ!

 顔を蒼白にしたフェミアが声を絞り出す。


「な、何故でございましょうか? わたしに至らぬところがあるのならば……」

「至らぬところだらけだ! オレの婚約者に相応しくない!」


 ジェニファーを見ろ!

 家格も豊満度もフェミアより上だ!


「う……」


 フェミアが倒れた……気絶したか。

 心も弱い。

 そんなことでオレの婚約者が務まるか。


 む? 頭を打ったか?

 血が出ているな。

 控え室に運ばれていった。


 近衛兵が話しかけてくる。


「ザイラス・コールリッジ伯爵令息ですな?」

「ああ」

「悪目立ちいたします。控え室の方へお下がりください」

「うむ」

 

 ジェニファーをオレの新しい婚約者として紹介しそこなったな。

 まあいい。

 またの機会だ。


 ――――――――――フェミアの同級生、ニナ・リットン男爵令嬢視点。


 フェミアったらザイラス様にエスコートできないって言われたのですって。

 王都住みの学生なのよ?

 病気でもないのに、そんなことあり得る?


「フェミア。あなた怒ってもいいと思うわ」

「でもザイラス様はお忙しいと仰っていましたし」


 忙しいって何が?

 フェミアは本当にいい子なのに。

 私も勉強を教えてもらったり、刺繍の宿題で泣きそうな時に手伝ってもらったりしたわ。

 だからこそザイラス様がフェミアを大事にしないのは腹が立つの。


 ザイラス様が遥か格上のコールリッジ伯爵家の令息だからって、フェミアは言うけど。

 そんなの関係ないと思うわ。

 人間としてダメなものはダメだわ。


「あっ、フェミア。あれ見て」


 ザイラス様が誰かをエスコートしてるじゃないの。

 ジェニファー・タウナス子爵令嬢?

 フェミアという婚約者がありながら何なの?

 フェミアが可哀そうじゃないの!


「フェミア・マート男爵令嬢! オレは君との婚約を破棄する!」


 公開婚約破棄宣言?

 よりによって王家主催のパーティーで?

 フェミアの顔真っ青じゃない。

 大丈夫かしら……。


「な、何故でございましょうか? わたしに至らぬところがあるのならば……」

「至らぬところだらけだ! オレの婚約者に相応しくない!」


 言うに事欠いて何なの?

 尊大で、横柄で、自分勝手で、知恵が回らなくて。

 ザイラス様こそフェミアの婚約者に相応しくないのよ!

 バカなの?


「う……」

「あっ?」


 気を失ったフェミアが倒れたわ!

 頭をぶつけたみたい。

 すぐに救護係が現れて、フェミアを運んでいく。


 フェミアが心配だわ。

 私も行きましょう。

 ザイラス様をキッと睨みつける。

 絶対に許さない!


 ――――――――――近衛兵デューク・バラン視点。


「フェミア・マート男爵令嬢! オレは君との婚約を破棄する!」


 おいおい、どこの間抜けだ?

 王家主催の夜会で公開婚約破棄なんて、陛下の顔を潰すようなものだぞ?


 しかしフェミア・マート男爵令嬢……あっ、あの礼儀正しい令嬢か。

 よく宮廷魔道士の研究に参加するため、王宮にも来ている。

 何であの子が婚約破棄されなきゃいけないんだ?

 近衛兵にも気を遣って差し入れしてくれるいい子だぞ?


「な、何故でございましょうか? わたしに至らぬところがあるのならば……」

「至らぬところだらけだ! オレの婚約者に相応しくない!」


 相手は誰だ?

 ザイラス・コールリッジ伯爵令息?

 まあ陛下の機嫌が悪くなってることにも気付かない大バカだ。

 あんなやつとの婚約がなくなったのは、長い目で見てフェミア嬢にとっていいことだと思いたい。


 あっ、フェミア嬢が倒れた?

 頭を打ったかもしれない。

 大丈夫か?

 救護員によって運ばれていくが心配だな。


 そうだ、十代の令嬢にとって婚約破棄なんて一生の大事だ。

 フェミア嬢の精神に多大な負担をかけたかもしれない。

 長い目で見ていいことなんて考えた自分を殴りたい。


 それよりも何だあの男は!

 ザイラスと言ったな。

 隣の令嬢は誰だ!

 なぜフェミア嬢を大切にしないのだ!


「ザイラス・コールリッジ伯爵令息ですな?」

「ああ」

「悪目立ちいたします。控え室の方へお下がりください」

「うむ」


 ついザイラスの肩を掴む腕に力が入ってしまったのは否めない。

 俺に処罰を与える権限がないのが悔しくてならない。

 こんなやつには天罰が下れ!

 

 ――――――――――イーニアス第三王子視点。


「失礼する」

「あっ、イーニアス殿下!」

「ニナ嬢か。フェミア嬢の容態はどうだい?」


 仮の医務室となった控え室に様子を見に来た。

 異例のことだが、父陛下が様子を見て報告せよと言ったのだ。

 どういうわけだか、陛下はフェミア嬢が僕と同級だということを知っているらしい?


「宮廷医さんは大丈夫だと仰っていますけれど、まだ意識が戻らなくて」

「ケガについては魔道士の協力を得て治癒しました。しかし脳震盪を起こしている可能性があります。意識を取り戻しても、念のため当分安静は必要と思われます」

「うむ」


 棒が倒れるみたいに真後ろにバターンだったからな。

 ケガは負ったが、テーブルがクッションになったかもしれない。

 大事に至らなくて、まずはよかった。


「ニナ嬢はフェミア嬢と親しいのだったな?」

「はい」

「ザイラスはどうして公開婚約破棄なんてしでかしたんだ?」


 しかも王家主催のパーティーで。

 父陛下はこういう笑えないハプニングは好きじゃないぞ?

 理由が知りたい。


「わからないです。フェミアも寝耳に水だったみたいで」

「だろうな」


 だからショックを受けたのだろう。

 可哀そうに。

 フェミア嬢はザイラスにもったいないくらいの賢い淑女なのに。


「でもザイラス様はフェミアのことを気に入ってなかったのです」

「何故? フェミア嬢は優秀で可愛らしいじゃないか」


 何の不満が?

 家格差があるのは知っているが、ザイラスの父君であるコールリッジ伯爵家当主が認めたことなのだろう?


「フェミアはザイラス様よりずっと成績がいいでしょう? 面白くなかったんだと思います。フェミアに出しゃばるなってよく言っていましたもの」

「くだらん」

「ザイラス様は胸の大きな女性が好きなんですよ。今日も隣にジェニファー・タウナス子爵令嬢がいたの、殿下はお気付きになりました?」

「くだらん」


 つまりザイラスの自分勝手な思いからの独走か。

 全然フェミア嬢悪くないじゃないか。

 痛ましいことだ。


「今日は他にマート男爵家からの出席者がいないんだな?」

「はい、フェミアだけなんです。おうちには連絡を入れましたから、すぐに迎えが来るでしょう」

「医師の見解としては、一晩このまま寝かせておいた方がよかろうと思います」

「よし、フェミア嬢の安全が第一だ。この部屋に侍女と必要なものを手配する。御家族がみえたら、その旨を伝えてくれ」

「わかりました」


 控え室を去る。

 それにしても問題なのはザイラスだ。

 上に諂い下に威張るやつだとは思っていたが、何なのだあいつは!


          ◇


 ――――――――――翌日、憲兵詰め所にて。憲兵長視点。


「憲兵長、聞きましたか? 昨晩王宮で行われた夜会で、フェミアちゃんが婚約破棄されたこと」

「聞いた」


 耳を疑った。

 何故あんな可愛らしい令嬢が?


 フェミア・マート男爵令嬢は、腰の低い、よくできた令嬢だ。

 お仕事御苦労様ですと、時々憲兵詰め所にも差し入れしてくれる。

 うちだけでなく、騎士団寮にも顔を出すと聞いたな。

 フェミア嬢は知らないだろうが、憲兵や騎士の中にはファンも多く、アイドル的な存在なのだ。


 フェミア嬢がどこぞの伯爵令息と婚約した時は、残念がる声も多かった。

 でも男爵令嬢が格上の伯爵家に嫁ぐのだものな。

 いいことだと皆が祝福したものだ。

 それがどうして?


「ミステリーだと思いませんか? あのフェミアちゃんですよ?」

「思う」

「どうやら令息側が一方的に婚約破棄したそうなんですよ。傍らに美人の子爵令嬢を伴って」

「……何だと?」


 浮気か?

 許せんな。

 フェミア嬢だってとても可憐じゃないか。

 家格が上の子爵令嬢に乗り換えたということなのか?


「しかし……当主の承認があって婚約が結ばれたはずだろう?」

「ミステリーでしょう?」

「ミステリーだな」

「陰謀の臭いがすると思いませんか?」


 ははあ、こいつ憲兵で事情を調べたいってことだったのか。

 憲兵には捜査権限があるから。

 一令嬢が婚約破棄されたからって、税金使って捜査なんてできるか。

 普通に考えればだが。


 もっともフェミア嬢は時々王宮にも通っているくらいだ。

 宮廷魔道士や近衛兵とも交流があると聞いている。

 あの年齢でそこまで影響力がある要人と考えれば、捜査対象にしてもいいかもな。


「よし、お前の班で捜査を開始しろ」

「ラジャー!」


 何があったのか真実を知りたい連中は多いはず。

 フェミア嬢に非がないのなら、情報を新聞にリークしてやる。

 十分元は取れるな。


 フェミア嬢を婚約破棄するなんてとんでもないやつだ。

 社会的制裁を食らえ!

 

          ◇


 ――――――――――ナッシュ商会会長視点。


 ある時フェミア様の絵を見せてもらったんです。

 これだと、天啓を得ました。

 フェミア様の絵なら売れると。


 ナッシュ商会はルーツがマート男爵家領にある、本来それだけの縁しかないのです。

 しかし私はフェミア様に頼み込みました。

 絵を描いてください、当商会を助けると思って、と。


 今考えればたかが平民が何を言っているのかと、自分の行いを恥ずかしく思います。

 ところがフェミア様は快諾してくださったのです。

 まあ、うちの領の出なのですね、ならば協力いたしましょうと。


 私の見込みは間違っていませんでした。

 フェミア様の絵は、見ていると心が洗われるような気がするのです。

 飾っていて評判になり、高額で売れるようになり、ナッシュ商会は急に大きくなりました。

 またフェミア様の絵のファンは国境を越えて広がっています。


 今でもフェミア様は定期的に絵を届けてくださるのです。

 おかげでナッシュ商会は謎の天才画家と信頼関係を得ているとして、一目置かれています。

 ああ、フェミア様ありがとうございます。


 しかしフェミア様は一定以上の謝礼を受け取ってくださらないのです。

 その薄謝も各所への差し入れや孤児院への寄付に使ってしまうとか。

 あれだけの画才がありながら、何と無欲な。

 あのような令嬢にこそ幸せになってもらいたいものです。


 ……先の王宮パーティーで、フェミア様が婚約破棄されたと聞きました。

 フェミア様はショックを受けて倒れてしまったとか。

 何てことだ!


 相手は誰だ。

 ザイラス・コールリッジ伯爵令息?

 そいつにフェミア様を不幸にする権利があるのですか?


 私にとってフェミア様は無翼の天使です。

 当商会の恩人でもあるフェミア様に無礼を働くなんて、絶対に許しません。

 報復を受けるがいい!

 

          ◇


 ――――――――――聖女ネリネ視点。


 世の中不思議なことがあるもんだ。

 あのフェミアちゃんが婚約破棄されたんだって。

 何で?

 フェミアちゃん、メッチャいい子だぞ?


 貴族学校の学生なんて結構忙しいのに、教会の慈善バザーには欠かさず参加してくれるの。

 だけでなく、教会の孤児院に食べ物や本を差し入れてくれたりする。

 本なんか結構高いのになあ。

 下世話だけどお金のことは重要。


 悪くない? お金大丈夫って、フェミアちゃんに聞いちゃったわ。

 そしたらフェミアちゃんには収入があって、その分でやりくりしてるからお気になさらずだって。

 マジか。

 フェミアちゃんメッチャ有能。


 しかしフェミアちゃんが婚約破棄されるって何でだ?

 密かに祝福かけてたのにな?

 祝福の効きが悪かったのかと、あたしがへこむわ。


 もっともフェミアちゃんほどの子を婚約者にしながら無下にするなんて考えられん。

 どうせ相手はろくでもない令息だったに決まってる。

 じゃあきっと、婚約破棄された方が幸せになれるんだろうな。


 ただなー。

 将来の幸せ不幸せはさておき、現在のフェミアちゃんが哀れな状態に置かれてることは事実なんだよなー。

 ショックを受けて倒れたって言うし。


 王宮でのパーティーで公開婚約破棄でしょ?

 噂はすぐに広がっちゃうしなー。

 フェミアちゃん、傷物令嬢って言われちゃう。

 ……怒りがこみ上げてきたわ。


 やっぱ婚約破棄した令息を成敗すべきだわ。

 誰だっけ?

 ザイラス・コールリッジ伯爵令息か。


 フェミアちゃんのお見舞い行って悪い気を全部回収して、全部ザイラス某に送りつけたろ。


          ◇


 ――――――――――ヴァレリウス宮廷魔道士長視点。


 魔道士として最高位を極めたわしでも苦手なことはある。


『ヴァレリウス。何とか魔道を金に換えられぬか? 魔道の基礎研究が必要で、かつ金がかかることはわかっておる。しかし一方的に税金を投入することに関して、財務大臣と民生大臣から苦情が出ているのだ』

『は……』


 陛下の言うことはわかる

 とは言っても幼少期から天才と呼ばれ、宮廷魔道士研究所に入りびたりだったわしは世情に疎い。

 魔道を金に換えろと言われても、どうしたものやら。

 宮廷魔道士どもも世慣れた者などおらんしなあ。

 わしは途方に暮れていた。


 貴族学校の学外講義で、フェミア・マート男爵令嬢が宮廷魔道士研究所を見学に来てくれたのはそんな時だ。

 フェミア嬢は後日、宮廷魔道士研究所宛に手紙をくれた。

 その中の一節にこうしたことが書かれていた。


『自分の後ろが見えるなんて、不思議な鏡ですね。お着替えの時に便利だなあと思いました』


 貴族の令嬢や夫人は、こういうものを欲しがるのか?

 改良すれば売れるのか?

 わしはすぐにフェミア嬢と連絡を取った。


 フェミア嬢は素晴らしい。

 いくつものアイデアを出してくれた。

 またあちこち聞きまわって、こんなものを作れないかという要望をいくつも提出してくれた。

 恥ずかしながら出不精コミュ障の研究バカ宮廷魔道士では出ない発想だった。


 現在後ろを見られる鏡の他、時間で色が変わり最後に剥げ落ちるネイルと体内の魔力を使用するため燃料いらずのカイロの二種が実用化され、販売されるようになった。

 近い内に輸出品の目玉になるだろうとのこと。

 交易が盛んになると、陛下も殊の外お喜びだった。


『ほう、フェミア・マート男爵令嬢?』

『さよう。彼女のおかげで魔道を金に換えるということを具体化できました。優秀な人材はどこにいるかわからないものですな』

『ふむ、その名覚えておこう』


 しかもフェミア嬢は、金銭あるいは物品の礼を断った。

 代わりに魔法を教えてくれとのことだった。

 魔法は特殊で習得の難しい技術であるのに、何と意識の高いこと。


 宮廷魔道士どもが争そってフェミア嬢に魔法を教えるようになった。

 フェミア嬢は魔法の文法を習得しつつある。

 逆に色気づいた宮廷魔道士どもがフェミア嬢の喜ぶものを作ろうと、金になる魔道具のアイデアが出るようにもなった。

 全てフェミア嬢のおかげだ。


 そのフェミア嬢が婚約破棄されて倒れたという。

 我が国の魔道具の発展に先鞭をつけた貢献者に対して、何という所業だ。

 厳罰に処さねばならん。


 陛下もお怒りでいらした。

 バカな令息も目を覚ますがいい。

 今頃心を入れ替えても遅いがな。


          ◇


 ――――――――――ユージン・タウナス子爵視点。


「一応、終わった、か……」


 まったくバカなことになったものだ。

 コールリッジ伯爵家の嫡男がうちのジェニファーを見初めたため、既にあった婚約を破棄したという。

 それだけならわかるのだが、先日の王宮での夜会で公開婚約破棄したのだそうな。

 王家主催のパーティーで何と傍若無人な振る舞いを。


「ジェニファー。ザイラスと言ったか? 今後件のコールリッジ伯爵家の息子には絶対に近付くな」

「……はい」


 ジェニファーも反省したようだ。

 コールリッジ伯爵家当主ノーラン殿もすぐさま王家に陳謝し、嫡男を謹慎処分にした。

 が、それでもコールリッジ伯爵家の降爵は免れ得ないようだ。


 当家も巻き添えを食いそうだったのだ。

 件の令息が新婚約者に擬していたのがうちのジェニファーだったから。

 結局ジェニファー自身は何もしていなかったことが功を奏して、譴責で済んだ。

 正直助かった。


「……ザイラス様がフェミア様と別れると言っていたので、つい信じてしまったのです。ザイラス様はコールリッジ伯爵家の長男でしたから、いい話かと思って……」

「婚約は契約だ。当主の意向を無視して勝手に婚約破棄なんてできない。もうその長男がコールリッジ伯爵家を継ぐことはなかろうが」

「怖いです。身に染みて理解しました」

「それにしても不敬罪だとわかりそうなものだが」


 陛下の面前で公開婚約破棄とはな。

 愚かな長男を持ったノーラン殿も不憫だ。

 ノーラン殿は切れ者なのに。


「……フェミア・マート男爵令嬢と言ったか?」

「ザイラス様の元の婚約者ですね」

「どんな令嬢だか知っているか?」

「もちろん同学年ですので存じております。大変勉強のできる、でも穏やかな方ですよ」


 だろうな。

 ノーラン殿が目をつけたくらいの令嬢なら。

 しかし全てパーか。

 親の心子知らずとはよく言ったものだ。


「ジェニファーの嫁ぎ先は私が見つける。勝手に行動するんじゃないぞ?」


          ◇


 ――――――――――ザイラス視点。


「フェミア嬢ほどの優秀な令嬢を袖にするやつがあるか! 愚か者めが!」


 父上の雷が落ちた。

 いや、父上の意向を無視したのは悪かったが、フェミアより格上の子爵令嬢であるジェニファーを新たに婚約者にすることができたなら、家のためにもなると思ったのだ。

 浅慮だったのか?


 王宮でのパーティーでの婚約破棄というのもまずかったらしい。

 陛下の逆鱗に触れ、子爵への降爵は間違い無いようだ。

 ああ、フェミアに関わったばかりに何てことだ。

 オレはコールリッジ家の跡継ぎを下ろされ、ジェニファーにもそっぽを向かれた。


 そればかりではない。

 やることなすことうまくいかない。

 貴族学校では皆に腫れ物扱いされる始末。

 新聞には批判的な論調で書かれる。

 憲兵にはしょっちゅう職務質問を受ける。

 店で売り惜しみされることが多い。

 やたらと鳥の糞が頭に落ちてくる。

 軽い頭痛が続いて体調が悪い。


 どうしてこうなった?

 フェミアの何がどうだというんだ。

 わからない。

 本当にわからない。


 他人の視線が怖い。

 オレはどうなるんだろう?


          ◇


 ――――――――――イーニアス第三王子視点。


 父陛下にフェミア嬢のことを問われた。


「フェミア・マート男爵令嬢について、イーニアスは何を認識している?」


 やはり陛下はフェミア嬢を知っている。

 しかもわざわざ話題に出すところを見ると、かなり関心がある?


「貴族学校で同学年の令嬢です。小柄で可愛らしい淑女といった印象ですよ」

「かなり成績がいいのだろう?」

「と、思います。去年は優等メダルを授与されていましたから。詳しい成績は知りませんが」

「近衛兵、騎士、宮廷魔道士、憲兵、いずれもフェミア嬢に対する評価が高くてな」

「えっ?」


 近衛兵に騎士に宮廷魔道士に憲兵?

 どこに知り合う機会があったんだろうな?

 フェミア嬢の人脈すごい。


「ヴァレリウスによれば、フェミア嬢は魔法も使えるそうだぞ」

「ヴァレリウス宮廷魔道士長? 本当ですか?」

「それだけではなく、民生用の魔道具はフェミア嬢のアイデアによって実用化したものが多いとか」

「ええ?」

「聖女ネリネも高く評価している。フェミア嬢は我が国の若手ナンバーワンの逸材なのだ。このような人物を他国に流出させてはならんだろう?」

「はい」

「イーニアスの婚約者にどうかと考えているのだ。お前の考えとしてはどうか?」


 いきなりの話題転換に心臓が跳ねた。

 ……フェミア嬢のことは以前から気にはなってた。

 でもザイラスの婚約者だったし。

 家格の違いからもあり得ないと思ってた。

 

「特に反対ではないのだな?」

「大いに賛成です」

「ほう? イーニアスは思ったより見る目があるのだな」


 自分の顔が赤くなったのを自覚する。

 見る目って言うか、単に好みなだけ。

 優しい笑顔も控えめな態度も、皆好き。


「マート男爵家にイーニアスとフェミア嬢の婚約を申し入れよう。恐れ多いとか婚約破棄の心の傷が癒えていないとかの理由で断られるなら諦めろ」

「ええ?」


 いや、でもわかる。

 断るならそういう理由しかないだろうな。

 陛下がニヤッと笑う。


「覚悟を決めるがいい」


 待つ時間はドキドキするなあ。


          ◇


 ――――――――――マート男爵家邸にて。フェミア視点。


 脳震盪を起こしているから安静にしていなさいと言われていましたが、ようやくお医者様のお許しが出ました。

 明日から学校に通えますね。

 

「フェミアお嬢様、嬉しそうですね」

「もう寝ているのは飽きましたよ」


 本ばかりたくさん読んでしまいました。

 でもわたしはあちこち出歩くのが好きみたいで。


「この前聖女様がお見舞いに来てくださった時に言ってたじゃないですか」

「えっ? 何をです?」

「『新しいラブ話が近々来る。あたしのカンによると間違いないね』って」

「そういえば……」


 わたしを元気付けるために言ってくださったのではないですかね?

 あれだけ派手に婚約破棄されてしまうのは、かなりのスキャンダルですよ。

 お父様お母様はわたしのせいではないと慰めてくださいますけれど、本当に申し訳ないです。


「今だから言いますけれども、ザイラス様は最低でしたよ。フェミアお嬢様は最高なのに、文句ばっかりで」

「あら……」

「新聞ではザイラス様に集中砲火ですよ。お嬢様には同情的で、悪口なんかこれっぽっちも書かれていませんから、安心してください」


 でしたら次の縁談もありそうですね。

 ありがたいことです。


「この際聖女様を信じてみましょうよ。その方が建設的ですよ」

「……それもそうですね」

「お嬢様に意中の殿方はいらっしゃるのですか?」

「……いますけれども」

「わあ、どなたです?」

「言えませんよ」


 イーニアス殿下だなんて。

 身分が違いますし。

 でも自然な存在感がとても立派な方なのです。

 王族なのにザイラス様のように威張っていませんし。


 わたしが気を失っていた時に、様子を見に来てくださったとニナに聞きました。

 すごく心配そうで、ザイラス様に対して怒ってましたわよって。

 やっぱり素敵な人。


「聖女様は、高貴な人から話が来るって仰ってましたよ」

「そうでしたっけ?」

「ええ、絶対に幸せになれるとも」


 信じていいのかしら?

 ええ、信じていた方がいい夢を見られるでしょうね。


「ではお休みなさいませ」

「さっきまで寝ていましたから、目が冴えちゃってますね」

「読書はほどほどにしてくださいよ」


 ――――――――――


 互いに気になる。

 双方の気持ちが繋がる日は明日。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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 よろしくお願いいたします。

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拙作『非の打ち所のない令息から婚約の打診が来たので、断ってみました』(漫画:ほいっぷくりーむ先生)を含むアンソロジーコミック『愛され令嬢は溺愛婚約エンドを目指します! アンソロジーコミック』が発売されます。
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― 新着の感想 ―
自分ちでは無く他人の家のパーティで婚約破棄劇場とか狂ったことをしでかすカスには、しっかり引導渡してつかぁさい。 王家主催でやらかした本人は、不敬罪適用で物理でチョンパしていいレベル。最低でもパーティ台…
鳥にすら人脈(?)が及んでいたのかな、エサあげてたとか? 何か他国にすら影響与えてそうな気がする子ですね。 (それはそうとファミチキください)
あらすじ読んで初っ端に「ファミ◯ーマート男爵令嬢」って空目した杜野が通りますよっと(爆笑)。すでに感想欄に同志の方がいらっしゃるようですが(笑)。 このお話、一言で表現するなら「情けは人の為ならず」…
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