第九十四章:ミラーエンティティの個性なき苦悩
カラン——
相談所のドアが開いた。
……が、誰もいない。
「……ここが仕事を探せる場所か?」
誠が顔を上げると、そこに立っていたのは——自分自身だった。
れなが驚いて目を瞬く。
「えっ、誠……?」
「いや、違う。」
偽の誠は口角をわずかに上げながら、鏡のように揺らぎ、別の姿に変わった。 今度はれなとそっくりの姿になっている。
「……私は、ミラーエンティティ。」
れながノートを開く。
「……変身能力を持つモンスターですね?」
「そうだ。」
「お名前は?」
「ミルズだ。」
「ミルズさんですね。それで、本日はどんなご相談でしょう?」
ミルズはふっと息を吐き、再び姿を変えた。今度は見知らぬ人間の顔になっている。
「……私は、誰にでもなれる。だが、自分というものがない。」
誠とれなが顔を見合わせる。
「自分がない?」
「ああ……私は、誰かの姿を映し、どんな役割でも演じることができる。だが、それゆえに“本当の自分”というものがない。 何かになりたいと思っても、それが本当に自分の望みなのかすら分からない。」
ミルズは鏡のような光沢を持つ手を見つめ、苦笑した。
「私はこのまま、ただ誰かの影として生き続けるのか? それとも、私にできることがあるのか?」
れなが頷く。
「つまり、変身能力を活かしながら、自分らしく働ける仕事を探しているってことですね?」
「ああ。しかし、そんなものがあるのか?」
誠がニヤリと笑った。
「あるじゃねぇか、ぴったりの仕事が!」
ミルズが興味を示すように、姿をゆるやかに揺らした。
「……何だ?」
「俳優になれ!」
ミルズの瞳が揺れる。
「俳優?」
れなが頷く。
「ミルズさんの変幻自在な能力は、演技の世界でこそ活かせるわ! どんな役柄にもなりきれる俳優になれば、唯一無二の存在になれる!」
誠がさらに補足する。
「最近は、モーションキャプチャーやCGキャラクターの俳優も注目されてるしな。お前がやれば、『変幻の名優』として、映画業界に革命を起こせるぞ!」
ミルズはしばらく考え込んだ。そして、ゆっくりと微笑んだ——いや、どこか自信を持った表情に変わった。
「……なるほど、それは確かに私にしかできない仕事かもしれないな。」
そして、今度は誰でもない、自分だけの姿に変わった。
「よし、私は俳優になる!」
結果:ミラーエンティティの新たな道
数ヶ月後——
ミルズは、「千の顔を持つ俳優」として映画業界でデビュー。
彼の演技力と自在な変身能力は「完全に役に溶け込む天才俳優」と称され、幅広い映画や舞台で活躍するようになった。
「私の能力は、ただ他人を映すだけのものじゃなかった。今は、自分自身の役を演じるためにある。」
届いた手紙には、そんな言葉が書かれていた。
「さて、次はどんなモンスターが来るかな?」
相談所のドアが、再び静かに開かれる——。★




