第三章:ユニコーンの迷い
カランカラン——
相談所のドアが開き、静かな足音が響く。
「すみません…相談したいことがあるのですが…」
そう言いながら入ってきたのは、ユニコーンだった。
純白の毛並みに澄んだ青い瞳、そして額には美しく輝く角。しかし、その神聖なはずの雰囲気とは裏腹に、どこか元気がない。
「ユニコーン!? なんかすごいの来たな!」
誠は驚きつつも、さっそく椅子を勧めた。
れながノートを開きながら尋ねる。
「お名前は?」
「…ルミエルです。」
「ルミエルさんですね。それで、本日はどんなご相談でしょう?」
「……もう、清く正しく生きるのに疲れました。」
れなと誠は顔を見合わせた。
「清く正しく生きるのが疲れた?」
「はい…。ユニコーンって、昔から純粋でなければならないって言われるじゃないですか。誰かを癒やし、穢れを寄せ付けない…でも、それってつまり…好き勝手できないってことなんです!」
ルミエルの目が真剣だった。
「例えば、人間の酒場でちょっと酔っ払うとか…夜遊びするとか…そういうことが一切許されないんです。どこに行っても『ユニコーンは神聖な存在だから』って扱われて、みんな気を使う。普通に生きたいだけなのに。」
「なるほどねぇ…」
誠は腕を組んで考え込む。
「じゃあ、ルミエルさんの希望としては?」
れなが確認すると、ユニコーンは迷ったように呟いた。
「……少し、悪いことをしてみたい。」
相談所の空気が一瞬凍る。
「悪いことって…例えば?」
「んー…例えば…ちょっと人をからかってみるとか…いたずらしてみるとか…?」
「……めっちゃ可愛いレベルの悪事だな。」
誠が思わず笑う。
「まあ、でも分かる気はするな。神聖な存在って言われ続けると、自由がないもんな。」
れなが真剣にメモを取りながら考え込む。
「ルミエルさん、少しだけ肩の力を抜ける仕事がいいってことですよね?」
「はい。できれば、楽しくて、おしゃれで、気取らなくてもいい仕事がしたいです。」
その瞬間、誠がニヤリと笑った。
「あるじゃねぇか。ナイトクラブのバーテンダー!」
「バーテンダー…!?」
ルミエルが目を見開く。
「ユニコーンがカクテルを作るなんて、最高にロマンチックじゃねぇか。しかもナイトクラブなら、みんなワイワイ楽しんでるし、お前がちょっとふざけても誰も文句言わねぇ。おしゃれだし、堅苦しくないし、客との会話も楽しめる。」
「それに、お酒は人を癒すっていう意味では、ユニコーンの能力とも合うんじゃない?」
れなが補足すると、ルミエルは考え込んだ。
「…お酒で癒やす……うん、それなら……」
そして、やがて力強く頷く。
「やってみます! ナイトクラブのバーテンダー!」
結果:ユニコーンの新たな道
数ヶ月後——
夜の街に新たな人気スポットが誕生した。
その名も「レインボーホーン」。
店のシグネチャーカクテル「ピュア・ミスチーフ(純粋なるいたずら)」は、ルミエル自身が考案したもので、甘くて爽やかな味わいが大好評だった。
「ユニコーンがバーテンダー!? 最高じゃないか!」
「ルミエルさんのカクテル、心が洗われる〜」
「神聖な存在なのに、ちょっと茶目っ気あるところがいいんだよな!」
人々はルミエルに癒され、楽しみながら夜を過ごしていた。
「…ねえ、誠?」
れなが手紙を読みながら呟く。
「ルミエルさん、『ちょっと悪くなってみた』って書いてあるけど…どんなことしたのかな?」
誠が笑いながら手紙を覗く。
「えーっと…『店の営業が終わった後、カウンターでこっそりカクテルを二杯飲みました』……」
「……かわいいな。」
相談所のドアが、再び開かれる——。