第二章:ドラゴンの転職活動
「すみません、相談に来たんですが…」
事務所のドアをくぐり抜けてきたのは、漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンだった。天井スレスレの位置で首を折り曲げながら、困ったような表情をしている。
「おいおいおい! いきなりの大物じゃねぇか!」
誠は興奮しながら立ち上がる。
「…で、お名前は?」
れなが冷静にメモを取りながら尋ねると、ドラゴンはゴホンと咳払いをして答えた。
「ヴァルガンドです。」
「ヴァルガンドさんですね。それで、本日はどのようなご相談で?」
「…もう、宝を守るのに疲れました。」
重々しい声で呟くヴァルガンド。その一言で、室内の空気が変わった。
「宝を守るのが嫌になった…?」
誠が眉をひそめる。
「ええ。昔はよかったんですよ。ダンジョンの最奥に鎮座し、勇者どもが挑んでくるのを迎え撃つ。緊張感がありましたし、こちらも力試しができた。」
ヴァルガンドは大きくため息をつく。
「でも、最近の勇者は違う。戦いじゃないんです。計算ずくで、確実に倒しにくる。」
「確実に?」
「ええ。やれ属性攻撃だ、やれ状態異常耐性だと、攻略法が事細かに共有されているらしくて…こっちは初見の勇者でも、向こうは俺の弱点を完璧に把握してるんです。戦う前から勝負が決まっている。そんな戦いに、俺はもううんざりなんです。」
「たしかに、それはストレスたまるなぁ…」
誠が腕を組む。
「俺はもともと戦いが好きだったわけじゃないんですよ。ただ、ドラゴンだから宝を守れと言われていただけで…正直、もっと優雅に暮らしたい。」
れなと誠は顔を見合わせた。
「優雅に…か。」
れながメモをとりながら呟くと、誠がニヤリと笑う。
「あるじゃねぇか、ヴァルガンドにぴったりの仕事が!」
「ほ、本当ですか?」
ヴァルガンドが身を乗り出す。
「お前、宝石を見極める目はあるか?」
「は? そりゃ、あるに決まってるでしょう。何百年も宝の山を抱えて生きてきたんですから。」
誠は満足そうに頷く。
「なら、お前は宝石鑑定士に向いてる!」
「宝石鑑定士…?」
「ドラゴンは膨大な財宝を蓄えてきた。つまり、歴史的な価値のある宝石を見極める力は抜群に高いはずだ。そんなお前が宝石鑑定士になれば、世界有数のオークション会社や美術館で働ける。」
れなもすぐに検索をかける。
「たしかに、最近は鑑定士不足が問題になってるみたいね。信頼できる目利きが少なくて、偽物が出回ってるとか。」
「俺が…宝石鑑定士…?」
ヴァルガンドはしばらく黙り込んだ。今まで考えたこともなかったのだろう。
「やってみる価値はあるぞ?」
誠がニヤリと笑う。
「……その仕事、受けてみたいです。」
ヴァルガンドは深く頷いた。
結果:ヴァルガンドの新しい人生
数ヶ月後——
世界有数のオークション会社「エメラルド・アイズ」にて、ヴァルガンドはトップクラスの宝石鑑定士として活躍していた。彼の鑑定眼は圧倒的で、どんな偽物も瞬時に見破ることができる。
「最近は戦いじゃなく、輝きを見極めるのが楽しくなりましたよ。」
誠とれなの元に届いた手紙には、そんな一文が添えられていた。
「よし! 次のモンスターも救ってやるか!」
相談所のドアが、再び開かれる——。