おじさんの荒廃
はじめてというものは、鮮明なものだ。
屋上から子供らしい喧騒が聞こえてくる。日差しが傾きだして鮮紅色が空間を支配していく。おじさんの目には直視するには眩しい。さて、彼は予定時刻から5分も遅れている。いや、頼もしい彼に限ってそんなヘマはしないだろう……
慣れた娯楽小説を飾りに思索にふける体裁を取り彼の下校を待っていた。木の下でいいだろう。眩しいのだ。浮ついた心を意味もないカタチで隠す。こういうの、憧れてたんだ。当然内容なんか入っているわけがない。緊張、したのだ。
1層喧騒が増す。
忽然と上からモノが降ってきた。
鳥かなんかだと思ったんだ。
それを持って帰りたかった。
ぼくのものにしたかった。
驚く間もなく喜んだ。
ねじ切りたくなる細い手足はねじれていた。日々見ていたこぼれ落ちそうな大きな茶褐色の瞳は忠実に空模様を写し出し続けていた。
喉から欲しがった宝が、目の前に落ちてきた。
口元は歪む。
こんなにきれいなモノを持って帰れたら全能感に包まれて未練なんてなくなってしまうのだろう。
あの頬を染めあちこちが生き生きと動く掴みどころのない完璧な彼がこう動かなくなればいいと、手に入るんだとずっと付き合っていた片隅で望み続けたんだ。これがぼくが彼に出会って言葉を交わして絆を結んでから抱いてしまった、不謹慎にも淡く願い続けた、お望みのものが下ったのだ。近寄って覗き込めば水晶には瞬きの抵抗なくぼくがうつる。
私が大切だと噛み締めるべきであった日々はあっけなく今日で終わりを告げた。日光に霞む日、秋の日和だった。授業参観の役を頼まれた日だった。あいも変わらず、ありもしない父さんの像を読み上げていく非の打ち所がない彼の様子は、私と過ごす普段通りのいい子の彼の像とぴったりと重なり口元が緩んだ。よく作られている。これから彼とどんなことをしようかと胸が踊る。今日は授業参観帰りらしく100均で好きなものを買ってあげよう。この子は知らなさそうだから。
思い返してみれば、忌々しいことだ。実は彼は完璧ではないどころかヘマの産物だったのだ。
それからぼくは、あの彼との日々を願うようになった。
以降、てんやわんや、気がついたら彼に似た彼彼女が私のもとに訪れてそれを演じてくれようものも、当時を超える宝はやってこない。
彼彼女はあの彼の比ではなく自身の赴くままに頬や目やらを流動的に動かす。彼は少年として遥かにへたくそだったのだ。
私のような一兵卒には彼彼女のくわしい役目とやらは知らない。
そこに血の通っているようには見えなかった。おじさんには、手の届かないモノだったのだろうか?
彼の最期の赤は、もう私には、二度と見ることも許されないのだろうか?過去のソレを一瞥する。わざと持っていた文庫本を落っこどして染めた茶。形骸化した残滓。味のしないこと。骸を活かす相手もいない。
拾いに行くことも慣れた。
ソレは拒むようにゴミ箱に入ったことがない。塵芥の分際が意思でも主張するかのようで癪に触る。
あの子は痛かったのだろうか。
日に日にぼくの記憶は黄色く白ばんで色かたちを変える。
生きたモノが、欲しい。