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勤務 7 わい田のわい田によるわい田の為の忘年会

 私、馬場朝海は、純喫茶・うららの忘年会に誘われたが、そこでも、わい田ワールドは全開で、

揚げ句の果てに、二次会で、一年を忘れるどころか、わい田の嫌な記憶を刻まれてしまう。

 私、馬場朝海は、純喫茶・うららに勤め始め、八か月が経とうとしていた。

 純喫茶・うららでの仕事は楽しい。

 お客様からも、顔を覚えてもらえ、偶に、気軽に話しかけてもらえる様になり、

上司にも、恵まれている。

 武庫川は、尊敬出来る先輩であり、それとなく気遣いが出来る優しいお姉さん肌。

 生石は職人肌で変わり者だが、そこがとても尊敬出来て、

週二回程、一緒に働く社長の英美や穴水も、とても優しく接してくれ、

私は、本当に上司に恵まれている。

 たった一人を除いては……。

「ガタンッ‼」

「どうしました⁉ 田中店長?」

「あぁ、やってしまいましたわぁ……」

「あっ、コーヒー豆、落としちゃったんですね?」

「えろう、すんまへん。ワザとじゃないんですわぁ」

「そんな事より、片付けますね」

「まあ、誰にも失敗はあるから、許してや」

 私が落とした訳ではないが、私は、それを片付けた。

 そして、またある日……。

「ガッシャーン!」

「キャッ! す、すみません‼」

「ちょっ、馬場さんや! 何しとんねん‼ 皿、割れてもうたで?」

「すぐに、片付けます」

「ちょい、ホンマ、気ぃつけてや‼ この皿は会社の矢で‼」

 この通り、あまり失敗をしないが、私は、わい田に叱られた。

 さらに、別の日の事……。

「あら、ゼリーなんて、売ってるのね」

「わいのばっちゃん家のもんですわぁ。店長、田中のお薦めでっせ」

「そうなの……」

 わい田が接客しているお客様は、わい田好みではないが、優しそうな八十代くらいの女性だった。

「どうですかぁ? 買いまへんか?」

「そうね、じゃあ一つ、いただこうかしら?」

「ありがとうございますぅ。ほな、サービスで、こっちの種類のゼリーをつけときますわぁ」

「えぇ⁉ よろしいんですか?」

「かまへん、かまへん。何て言っても、わいは、この店の店長ですから」

「カララン」

「あの、田中店長、良かったんですか?」

「何がや?」

「そ、その、ゼリーのサービス」

「ああ、見とったんか。まあ、あれも客サービスの一つや。見てたか? あの客、喜んどったろ?

 あの客が、わいのばっちゃん家のゼリーを宣伝してくれたら、客が増えるで!」

「はぁ……」

 わい田は自分には、とても甘く、人には、とても厳しい。

(あれって、わい田さんのお婆さんの家のゼリーかもしれないけど、この店で買った物だよね?)

 私が、わい田について、悩んでいると、武庫川が心配してきた。

「どした?」

「武庫川さん……」

「また、わい田の奴に、何か言われた?」

「言われたというか、その……」

 私は、武庫川にゼリー事件を話した。

「また、やったんだね」

「またですか⁉」

「うん、そう。また」

「武庫川山、社長に言いましょうよ‼」

「社長たちは知ってるよ」

「えっ⁉ 知ってるんなら、どうして止めないんですか?」

「うーん。言っても仕方がないし……。

 まあ、多少の事に目を瞑れば、それなりに、わい田は働くからじゃないのかな?」

「でもそれじゃあ、社長達がかわいそうです‼」

「そだね。だから、私達が、がんばらなきゃ!」

「うぅ……。はい……」

 武庫川は、大人すぎだ。

 私は納得がいかず、例のあのジャーキーを買い、レオに話を聞いてもらう事にした。

「レオ、どう思う?」

「ワン、ワン!」

「ねえ、良くないよね?」

「ワンワン、ワンワン‼」

「だよね。純喫茶・うららの人達を困らせてほしくないな……」

「キューン……」

 そして、私は、レオとの至福の夜を過ごして、少しだけだが、すっきりした。

 朝の風が、肌に突き刺さる様に冷たい一二月の朝。

 早番だった私が掃除をしていると、公正が話し掛けてきた。

「おはよう、馬場さん」

「おはようございます。オーナー」

「朝早くから、お疲れ様。そうそう、今度の忘年会に参加出来そうかな?」

「はい、勿論です」

 そうなのだ。

 今度、純喫茶・うららでは、社員全員の忘年会が行われる。

 まだ、会った事のない純喫茶・うららの人と会えると考えたら、とても、緊張してしまう。

「何人くらい参加するんですか?」

「そうだね、英美が参加しないぐらいだから、一六人かな」

 英美は、私達にも、ご苦労様ではなく、お疲れ様と言うぐらい、社員目線で接してくれるが、

こういう事は苦手で、あまり参加した事はないらしい。

「そうですか。寂しいですけど、よろしくお願いします、オーナー」

「こちらこそ、お願いします」

 そうやって、私達が話していると、あいつが現れた。

「おはようございますぅ、オーナー」

「おはようございます。田中君」

「何を話されとったんですかぁ?」

「今度の忘年会の事だよ」

「ほほう、それは、わいも楽しみにしてますからなぁ」

「田中君も、よろしくね」

「任せてください!」

 わい田は、はりきっていた。

 武庫川曰く、他店舗の方々にも、私達に最近見せびらかしている、わい田旅行記のビデオと、

わい田の乗馬シーンを納めたビデオを見せたがっているらしい。

 そして、忘年会当日。

 今年は、串カツの店で忘年会は行われるのだ。

 私がその店の前まで行くと、穴水が待っていた。

「馬場さん、迷わず来れたね」

「はい。大丈夫でした」

「じゃあ、入ろうか?」

「はい、お願いします」

 そして、私達は店に入った。

 店の人に固執に案内されると、数人から、お疲れ様という声で迎えられた。

「お、お疲れ様です」

「お疲れ様。みんな、この人が馬場さんです」

 それから、穴水によって、私は他店舗の従業員の方々に紹介された。

 女性が多かったが、どの人も、とても優しく話し掛けてくれた。

 そうしている内に、続々とメンバーはそろい、私の席の隣には、武庫川が座ってくれ、

愈々、忘年会が始まろうとしたが……。

「あれ? 田中君は?」

「オーナー、定刻には終わりましたよ」

「そうだよね。武庫川さんは来れてるし……。もうすぐ来るだろうから、乾杯して、始めようか?」

 そして、公正の乾杯の音頭で、忘年会はスタートした。

 各々、好きな食べ物や飲み物を頼み、恐らく同店舗の人達で、和気藹々と忘年会を楽しんでいると、

遅ればせながら、あいつが出現した。

「えろう、すんまへん」

「田中君、どうしたの? もう、始めちゃったよ。取り合えず、ビールでいいかな?」

「はい、オーナー」

 そして、リュックサックをかるっていたわい田は、私の前に座った。

「お疲れ様ですぅ」

「お疲れ様です。田中店長、どうしたんですか? 店は定刻には終わったのに」

「いやいやいや、生石君や。これを持って来たら、遅くなってもうたんや」

 わい田は、リュックサックの中から、ピンクのiPadを取りだした。

「生石君、ほな、行ってくるで」

「田中店長、どこに?」

 わい田は、他店舗のグループの所に割り込み、iPadを見せていた。

「あれって、もしかして……」

「恐らく、あれを見せてるね」

「その為に、わざわざiPadを取りに、家に帰ったんでしょうか?」

「みたいね」

「ある意味、凄い人ですね」

「そだね。まあ、わい田は、他に任せて、私達で忘年会を楽しもう!」

「はい、武庫川さん!」

「ほら、生石君も、こっちに来なさい!」

「はーい、武庫川山」

 ここから、私達、三人の忘年会が始まった。

 私が勤め始めて、約九か月間にあった事を楽しく話し、色々とあったんだなぁと感じていると、

あっという間に、忘年会は終了してしまった。

「皆さん、楽しめましたか?」

「楽しかったですわぁ! ごっつあんですぅ‼」

「では、この辺で、お開きにしますね。お疲れさまでした」

 忘年会が終わり、私がお手洗いに行くと、武庫川も一緒に来た。

「ねえ、馬場さん。明日、店、休みだから、この後、生石君と二次会に行かない?」

「行きます!」

「フルーツを使ったスムージーカクテルが美味しいんだよ」

「うわぁ、楽しみ!」

「じゃあ、生石君に連絡しとくね」

「お願いします」

 しかし、私達がお手洗いから出ると、何故か、わい田が待っていた。

 女子トイレの前だというのに。

「田中店長、どうしたんですか?」

「いやいやいや、何や、忘年会で、わいは他の店のもんから、えろう人気がありましてな。

 皆さんに悪かったと思いまして」

「気になされないでください」

「武庫川さんや、それは良かったですわぁ。

 ほな、明日は休みですから、生石君も誘って、二次会に行きまへんか?」

「えぇ……」

 武庫川も、私もイエスとはすぐには言えなかったが、

わい田の性格上、私達の二次会を嗅ぎつけてくるのは必須だったので、

四人で二次会に行く事となってしまった。

「ほな、何所行きますぅ?」 お薦め、何ですかぁ?」

「カクテルの店に行こうかなとか、思ってますけど」

「そんな店よか、わいのお薦めの店に行きまへんかぁ?」

 そう言った武庫川も、私も、生石も、結局、わい田お薦めの店になる事は知っていた。

 私が、あまり変な店でない様に願っていると、意外と、普通のバーテンさんがいる店に案内された。

「意外と普通のお店ですね」

「そだね」

「でも、次の時は、さっきのお店に連れて行ってくださいね」

「了解」

 そして、席に座ると、わい田が話してきた。

「いやぁ~、この店、わいは結構、通ってんねん」

「へえ、田中店長って、こういう所で飲むんですね」

「せやで、生石君。ここはな、他の店長さんから連れて来てもらったんや」

 生石と、わい田が話していると、ボーイが注文を取りに来たが……。

「ご注文は?」

「君、ここに勤め始めて、どのくらい経ちますぅ?」

「一年程でしょうか」

「……。ん、まあ、君に分かるかな? ブラック&ホワイトなんやけど」

「畏まりました。他のお客様は、何に致しますか?」

 そして、注文し、それぞれにカクテルが来ると、二次会は始まったが、

わい田のわい田による、わい田の為のわい田ワールドだった。

 しかし、iPadで、わい田を見せられ、わい田の話が続くと、

わい田がカクテルをiPadに零してしまった。

「こらぁ、あきまへんわぁ! やってもうたで!」

「田中店長、飲みすぎですよ。この辺で、お開きにしましょう」

「生石君、わいは二日酔いには、ならへんのやがな」

 生石の説得により、わい田ワールドは終了したのだが、いざ、会計になると……。

「そう言えば、馬場さんや」

「何でしょう?」

「この間、ボーナスの時、オーナーから、別にもらってましたなぁ」

「えっ、見てたんですか⁉」

 そう、公正は、純喫茶・うららに勤め始めて一年経たない私に、

ボーナスが満額出ないからと言って、一万円の商品券をくれていたのだった。

 わい田が御機嫌でボーナスを数えている時だったので、気付いていないと思っていたのだが、

わい田は気付いていたのだ。

「ええですな。別口でもらうなんて」

「そ、そうですね……」

 どうやら、わい田は支払いを私にさせる気だった。

 カクテルは一杯、千円し、各々が二杯は飲み、おつまみまでも注文していた。

 それでも、空気を読み、私が財布を開け様としたその時だった。

「田中店長、ここの支払いは俺がしますよ」

「生石君? どしたんですかぁ?」

「この前、ハロウィンの時、みんなのおかげで金一封、もらえましたし」

「ほうか……。では、ごっつあんです!」

 わい田は、例の両手を顔の前で並べるポーズを決め、頭を下げた。

 そして、別れ際に私は生石に礼を言った。

「気にすんなって。これからもよろしくな!」

 生石のその言葉は、私の身に染みたが、忘年会で、わい田の悪い所を忘れるどころか、

深く心に刻まれてしまった。



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