勤務 6 わい田は苦手を克服していた⁉
私、馬場朝海は純喫茶・うららで、棚卸をしていた。
そして、武庫川と二人で棚卸を終えると、生石が悩んでいて……。
私、馬場朝海は、純喫茶・うららに勤め始め、五か月が過ぎた。
今日は、純喫茶・うららで一年間で四回行われている棚卸の日である。
一度は経験したので、少しはその流れは、分かっているつもりだ。
そして、純喫茶・うららの閉店後、リスト方式により、棚卸は行われたが……。
「あれ、わい田さんは?」
「わい田は、何か忙しいとか言って、他の事をしてるよ」
「何か、やり残した事があるんですね」
「違うよ」
「また、ですか?」
「そう。わい田はね、いつも、この日になると、忙しいとか言って、消えるんだ。
でね、棚卸の終わりがけになると、何所からともなく出て来るの」
「やっぱり、変な人ですね」
「まあ、わい田だし……」
「そう言えば、生石さんもいませんね」
「彼は、本当に忙しいみたいだから、大変だけど、私達二人でやろう」
「わかりました。お願いします」
そうやって、私と武庫川とで、棚卸を始めた。
武庫川が商品の名前、ロット番号、消費期限等を読み上げ、私がリストに記入していく。
最後に、在庫管理表のリストと照らし合わせていると、午後六時過ぎだった時間は、
もう、午後九時近くになっていた。
その時、私は、ある事に気付き、武庫川に聞いてみる事にした。
「武庫川山、ちょっと聞いていいですか?」
「何でもどうぞ」
「この、みかんのゼリーと、梨のゼリーって、全然、動いてないんですけど、
どうして、こんなに在庫があるんですか?」
「ああ、それね。それも、わい田のせい」
「ど、どういう事なんですか?」
「何かね、わい田のお婆さんの家で作ってる商品でさ。
最初は、可愛らしい数で送ってきて、従業員に配ってたんだけど……。
『ばっちゃんのゼリーは、最高やでぇ‼』とか言って、
『そうや! この店で売ろう‼』とか言い出したの。
んで、全く、売れないのに、レジ横に置くやら、買うんだよね」
「そ、それじゃあ、これは……」
「そう、所謂、デッドストック!」
「どうして、買うんですか? 社長が困るじゃないですか!!」
「うーん。買うのは、わい田のお婆さんに、わい田が良い顔したいだけで、
社長には言わずに、勝手に買ってるんだよね」
「酷い……」
「まあ、これだけじゃなくってねぇ……。
わい田の奴は、良く、誤発注するし、それを阻止したり、返品するのも骨が折れるわ」
「呆れますね」
「そだね」
「どうして、武庫川さんは、それをフォローして、何も言わないんですか?」
「だって、言っても無駄だし」
「けど、大変じゃないんですか?」
「うーん、まあ、大変ちゃ、大変だけど……。
こんなの、前、勤めてた所よか、全然、気にならないし、
ある意味、わい田の無謀を阻止する事って、やりがいがあるんだよね」
「武庫川山って、以前、どんな所に勤めてたんですか……」
「そうね、かなりのブラック?」
二人で話しながら、あと少しで、棚卸が終わろうとした時、やはり、わい田は現れた。
「ふぅ~、いやいやいや~。棚卸は疲れますなぁ! 何や、わいが手伝う事、ありますかぁ?」
「田中店長、もう、馬場さんと、ほとんど終わらせました」
「ほうでっか。まあ、後は、わいがやるから、帰って、ええで!」
「そうですか。お疲れ様です。じゃあ、馬場さん、帰ろっか?」
「は、はい。お疲れ様でした」
そして、私が何か腑に落ちない気分で帰ろうとすると、調理場に、まだ生石が残っている様だった。
「生石さん、お疲れ様です」
「……」
生石は私が話し掛けても、中々反応しなかった。
「生石さん?」。
「えっ⁉ な、何だ、武庫川さんに馬場さんか!」
「生石さん、棚卸が終わりましたよ」
「そう。悪かったな、全然、手伝わなくって」
「大丈夫です。武庫川山と終わらせましたから」
「ところで、生石君。上手くいきそうなの?」
「それが、その……」
「何が、上手くいくんですか?」
苦笑いをしている生石に私は聞いた。
「いやね、来月、純喫茶・うららではハロウィン限定メニューがあるんだけど……」
「知ってます! ハロウィンの一週間だけやるやつで、各店によって、違うんですよね!」
「そうそう。で、食事部門とデザート部門を一つずつ、考えなくちゃいけなくってさ」
「えーーー!! それって、生石さんが考えるんですか?」
「そうだよ。毎年、考えてはいるんだけど……」
「だけど?」
「だけど、代わり映えがないって言うか、変えたくないって言うか……」
「生石君。だけど、来月まで、時間ないよ?」
「そうなんだよ……」
生石は、武庫川の言葉を聴いて、へこたれた。
「生石さん!! しっかりしてください!!」
「ところで生石君。大体、何を作るのかぐらいは決まってる?」
「ああ、それなら……」
生石は、私達に、ホットパイ包みと、二つのモンブランを見せてきた。
「うわ! 美味しそう!」
「そだね。ところで、このパイ包みの中身は?」
「かぼちゃスープだ」
「食べたい!!」
「どうぞ、馬場さん」
「いいんですか? いただきます!」
私は、ホットパイ包みに匙をザクっと入れ、中を覗いた。
すると、きつね色のパイの中は、鶏肉、にんじん、マッシュルーム、それに玉ねぎが、
かぼちゃスープの具の様だった。
そして、私は、崩したパイを絡める様にそのスープを掬い、食べた。
「美味しい!! やっぱり、生石さんは料理が上手!!」
「それはどうも」
「で、何が納得いかないの? これって、毎年、大人気でしょ?」
「そこなんだ。味は変えたくないけど、何か変えたいんだ!!」
「何を?」
「だからですね……」
武庫川と生石は、話し合ったが、解決には至らなかった。
だが、その時、私は閃いた。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「何、馬場さん?」
「これって、ハロウィンのですよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、こんなのはどうですか?」
私は、匙で開けた穴を下に向け、生石にそのホットパイ包みを見せた。
「どうです?」
「どうですって、言われても……。何が?」
「ですから、こうやって、お客様自身が穴を開けて、
ジャック・オー・ランタンを完成させるんですよ! そしたら、お客様は写真を撮る!
そして、食べる! ね! 楽しみが増えるじゃないですか!!
これなら、味は飼えないで、変えれるでしょ?」
私の説明を聴いた生石は、黙った。
「駄目ですか……」
「そうだよ、その通り!! もっと、形をかぼちゃらしくして、種で目を付けて焼いてみる!!
ありがとう、馬場さん!!」
「お役に立てて、良かった!」
「良かったね、生石君。で、デザートはどした?」
「それがですね、今年は栗とさつまいもが良すぎて、どっちにしようか迷ってるんですよ!」
生石は、二つのモンブランケーキを用意していた。
その二つ共、タルト生地に、モンブランクリームがのっていた。
「どっちも美味しそう!」
「そうなんだよ。でも、店の方針としては、一種類だし。どっちかなんて、選べないんだ‼」
「ですよね……。でも、どっちも食べたいな!」
「馬場さん、欲張りだね」
武庫川がそう言うと、生石は何かを思いついた。
「生石さん?」
「武庫川さん、そうですよ!! 欲張ればいいんですよ!!」
「生石君……。遂に壊れたか?」
「そうじゃなくって‼ 二種類共、クリームを使うんです!
名付けて、うららの欲張りモンブランです!! 武庫川さん、ありがとうございました!!」
「そりゃ、良かったね」
そうやって、私達が、ハロウィンメニューを完成させつつしていると、
やはり、汗を拭くふりをしながら、あいつが出現した。
「ふぅ~、ヤレヤレ。棚卸は、疲れますなぁ。
おやぁ? 生石君や、棚卸もせんといて、何しとったんや?」
「田中店長、完成しそうです!」
「何が矢?」
「ですから、ハロウィンメニューですよ! モンブランに関しては名前まで、思いついたんです!」
「おお、それは良かったですわぁ!
わいは子供の時分、車の中で、チョコを食べて吐いたせいで、
甘いもんは食べへんから、分からんけど!」
「そうでしたっけ? 田中店長、この前、チョコレート、食べてましたよね?」
私が話に入ると、わい田は一瞬、黙ったが、話し出した。
「せやから、克服したんねん」
「じゃあ、食べます?」
生石は、わい田にモンブランを差し出した。
「生石君、ごっつあんです!」
それから、わい田は、モンブランを二つとも食べた。
そして、武庫川が、こそっと、教えてきた。
「わい田はね、恐らく、バレンタインデーに一度もチョコをもらった事がないんだ。
だから、強がっていつも、ああいう言い訳してる」
こうして、私は、また、わい田の謎行為、わい田ワールドを目の当たりにし、帰宅した。
そして、レオに報告した。
「ねえ、レオ。今日、こんな事があったんだ」
「クーン?」
「生石さんのメニュー、上手くいくといいね!」
「ワン、ワン、ワン!」
「ありがとう、レオ! 生石さんのは絶対、上手くいくね!」
「ワン!!」
そうして、私は、またレオとの至福の夜を過ごした。
ちなみに、言うまでもなく、生石のメニューは二つとも大好評で、
生石は純喫茶・うららから表彰され、金一封をもらった。
そして、私は、生石の嬉しそうな顔を見て、また、純喫茶・うららで勤務するのだった。
いかがでしたか? 今回の【わい田さん】は。
でも、こんな事ぐらいで、驚かないでください……。
高が、面倒臭い仕事になると、何処かに消えるぐらいで。
高が、バレンタインデーのチョコを食べた事がない事に、見栄を張るぐらいで……。