勤務 5 わい田のレクチャーは続くよ、どこまでも
私、馬場朝海は、純喫茶・うららのメンバーで、高原に遊びに行く事が決まった。
そこでも、わい田ワールドは全開だった。
私、馬場朝海は、純喫茶・うららに勤め始めて、四か月が過ぎた夏の暑いある日、避暑地で有名な高原地にいる。
何故なら……。
「ねえねえ馬場さん」
「はい、武庫川山」
「あのさ、今度、遊びに行かない?」
「えっ⁉ 行きたいです! 是非‼」
「そんなに喜んでくれるとは……」
この様に、私は、一週間前、武庫川に誘われたのだ!
私は、いた事はないが、恋人にデートに誘われた気分になり、テンションが、かなり上がった。
武庫川は、私と、十歳歳が離れている。
武庫川は、時には、頼りあるお姉さん、時には、友達の様に接してくれるが、私生活は謎多き女性である。
「じゃあ、何所に、行きたいとかある?」
「武庫川さんとなら、何所でも!」
「馬場さんって、おもしろいね」
「そ、そうですか?」
私と、武庫川が、女子トークで盛り上がっていたその時、やはり、奴が現れた。
「馬場さんや、何、話してますぅ?」
「い、いえ、別に……」
「なんや、今度、何処かに遊びに行くって、聞こえましたけどぉ?」
「そ、そうですか……」
馬場さんや、何所に行くんか決まったんですかぁ?」
「まだですけど?」
「そんなら、わいに任せて屋! こない熱い時にピッタリな場所があるで!」
「ですから、その……」
「ほな、生石君にも声、掛ときますわぁ!」
「いや、だから……」
そして、わい田は、生石の所へと行った。
私は、肩を落としてしまった。
すると、武庫川が、私の右肩に手を置いてきた。
「まあ、また今度、誘うわ」
「是非、お願いします。わい田さんが休みの時に!」
「了解」
こうやって、私達は店の定休日である木曜日、わい田お薦めスポットである、この高原へと遊びに行く事が決まった。
ここは、純喫茶・うららから車で二時間以上は離れた処にある。
だから……。
「ほな、わいの運転で行きますか!」
「いえ、それだけは結構です」
「そないに遠慮はせんで、ええんやで?」
「本当に、大丈夫ですから!」
想像通り、わい田は、皆を自身の運転で、ここまで連れて来ようと思ったらしい。
この後、仕事が終わるまで、暇を見つけては、わいが連れてこか?と言い続け、何とかそれを掻い潜り、私は、レオに報告した。
「レオ、何とか、あれだけは阻止したよ」
「キューン?」
「あんなのに乗ったら、命が、幾つあっても足りないよね?」
「ワン、ワン!」
「そうだよ! レオと、いられなくなっちゃう‼」
「フゥーン……」
「心配しないで、レオ。ずっと一緒だから!」
「キャワーーン!」
そして、私は、レオとの至福の夜を過ごした。
皆で、遊びに行く事を決められ、その日まで一週間近くあったが、その間も、わい田は、隙あらば、電車という決めた交通機関ではなく、自身の運転を薦めてきた。
だが、私達は何とか、それをかわし、当初の予定通り、駅に集合した。
「何とか、電車で行けそうですね」
「そうだね。でも、まだ甘い」
「何がですか?」
武庫川のこの言葉の意味は、この後すぐに、分かった。
電車に乗るや否や、わい田は、天井を見上げた。
「あぁ……」
「どうかなされましたか、田中店長?」
「いやぁ、わいな、貧血でして……」
「そ、そうだったんですか⁉ 気分が悪いんですか?」
「いやぁ、鉄分補給してんねん」
「鉄分補給?」
「せやで。わい等のような乗り鉄からしたら、電車に乗る事を鉄分補給って言うねん。馬場さんは知らへんのか?」
「知らなかったです」
「それは、あかん‼ わいがレクチャーしたるで‼」
「いえ、結構です」
「そないに遠慮はせんで、ええんやで? ほんまに馬場さんは遠慮がちやな!」
「はは……」
そうやって、電車での移動時間、一時間は、わい田ワールド全開の、電車蘊蓄話だけが続いた。
それを乗り越え、私は、目的地へと到着したのだった。
「とても涼しいですね。一時間前と同じ県とは思えない!」
「せやろ? 来て良かったでっしゃろ?」
「はい。空気もとても良いですし」
わい田は御機嫌で、高原を案内し始めた。
わい田のテンションは兎も角、夏のじとじとした熱さから解放されたこの場所は快適だった。
まず、わい田が案内した場所は、乗馬体験が出来る所だった。
「乗馬か……。初めてだけど、大丈夫かな?」
「馬場さんや、わいがレクチャーしたるで!」
「田中店長、乗馬出来るんですか⁉」
「せやで。何て言っても、わいは乗馬クラブに通ってますから」
「そうだったんですか⁉」
「せやで。しかも、わいはセンスが良いって、褒められてますから!」
「凄いんですね!」
「乗馬の先生からな、田中さんは他の人より飲み込みが早いから、ライセンスをすぐ取れたんやって、褒められたねん!」
「えぇ⁉ 凄いんだ……」
「わいはな、動物に好かれとんねん。学生の時もな、とある教授の所のハツカネズミが、わいの手の中で、眠ったんねんな。他の人には、懐かんやったらしいんやけど」
「へぇ、動物に好かれるんですね」
「せやで。だから、馬の奴も、すぐに、わいに懐いたんやな」
この後も、わい田は乗馬が始まるまで、自慢話を続けた。
そして、いざ、乗馬体験となったが……。
「お願いします」
「では、このコに乗ってください」
「は、はい」
その馬は、真っ白で、優しい瞳を持っていた。
「このお馬さん、まつ毛が長くて、可愛いですね!」
「そうですよ。このコは、真っ白な毛から、ユキちゃんって言います。性格もとても大人しくて、優しいんですよ」
「そうなんだ。ユキちゃん、よろしくね!」
「ブルル!」
そして、私がユキに乗ると、ユキは大人しく乗せてくれた。
それから、軽く手綱の使い方の説明を受け、乗馬体験がスタートした。
「うわぁ! 何か、楽しい!」
「乗り心地はどうですか?」
「とても、気持ちいいです!」
そして、私はインストラクターの方が乗った馬の後を続き、暫くユキと楽しい時間を過ごしたのだが、静かな高原が、騒がしくなった。
「どうしたんでしょう? あっちで何か騒いでますね」
私がそう言って、その方を見ると、わい田だった。
「ハ、ハルちゃん⁉ お客様の服を離して‼」
「いやぁ~、かまへんよ!」
「すみません、お客様! こら、ハルちゃん、やめなさいって‼」
わい田は、ハルちゃんと呼ばれた馬に乗ってはいたが、どう見ても、ハルちゃんは、わい田に降りる様に、わい田の服の袖を噛んでいる様に見えた。
「め、珍しいんですよ! あのコは、五月に生まれたから、ハルって名前なんですけど、ユキちゃんと同じく、大人しいはずなんだけど……」
「何か、嫌がってませんか?」
「普段、あんな事はしない馬なんですが……」
インストラクターの方は、苦笑いしっぱなしだった。
ちなみに、わい田以外のメンバーは、無事に乗馬体験を終える事が出来たのだった。
そして、昼食タイム。
この高原では、ここで飼育されているジャージー牛からいただける牛乳を使った料理が出される。
「馬場さん、何にする?」
「武庫川さんは?」
「私は、カルボナーラかな?」
「じゃあ、私もそれで!」
「本当に、馬場さんって、面白いね」
そして、私達は、朝とり野菜サラダと、ジャージーちゃんのカルボナーラパスタを注文した。
それから、私達が注文した料理が、最初に運ばれて来た。
「うわ、美味しそう!」
「そだね。何か、このサラダも拘ってるらしいよ」
「拘ってる?」
「うん、今朝、収穫した野菜だけを使うとかで」
「へぇ、そうなんですね」
私は、その拘りサラダを食べた。
「本当、何か、シャキシャキしてて、甘い⁉」
「うん、ドレッシングとか、いらないね」
そうやって私達が食事を進めていると、やっぱり、わい田が話に割り込んできた。
「おやぁ? 女性陣は健康に気を使ってますなぁ」
「田中店長は何を注文したんですか?」
「うぅ~ん? わいはな……」
すると、わい田が注文した料理が、ジュージューと音を立てながら運ばれて来た。
「わいはな、ジャージちゃんのチーズたっぷりのせwハンバーグやで! 見てみ? この肉汁を‼ さっき、馬に乗って、筋肉使ったから、補給せなあかんからな。」ガッツリ食べなあかんねん‼」
「そ、そうですね……。そう言えば田中店長、さっき、馬に噛まれてましたけど、大丈夫ですか?」
「おやぁ~、見られてましたか……」
「はい、偶然ですけど……」
「いやぁ、ハルちゃんに、わい好かれてもうてな。中々、離してくれへんかったんですわぁ!」
「そうでしたか……」
私と、わい田が話していると、生石の注文した料理が運ばれて来た。
だが、それを見て、私は、驚いてしまった。
「えっ⁉ 生石さん、そんなもので足りるんですか?」
生石が注文した料理は、ジャージーちゃんの搾りたて牛乳と、ジャージーちゃん特製ヨーグルト、それに、朝とれ野菜サラダだった。
「まあ、足りるとか、足りないとかじゃないんだ」
「どういう意味ですか?」
「俺さ、新しいメニュー考えてんだけど、イマイイチ、満足出来る素材がなくってさ。で、ここの乳製品と、野菜を食べてみようかと……」
「生石さんって、職人肌なんですね!」
「まだまだ、そんな者じゃないけど、お客様に美味しいって言ってもらいたい訳よ!」
「そうですね。生石さんの料理、美味しかったですよ」
「それは、どうも!」
偶に、わい田の邪魔は入ったが、私達は、楽しく昼食タイムを過ごせた。
だが、この後、まだ、わい田ワールドは終わらなかった。
「これからわいは、トレッキングシューズを買いに行こうと思ってんねん。皆さん、行きましょか?」
「そんな物、何所に売ってるんですか?」
「うぅ~ん? それはな、ここから二時間程鉄分補給をしてですな……」
要するに、かなり離れた処にある、アウトレットで、それを購入したいらしい。
しかし、そんな事をしていたら、帰宅が何時になるのかが、さっぱり分からなかった。
(どうしよう……。何で、それに付き合わなきゃいけないのかな?)
私が悩んでいると、生石が、助け舟を出した。
「店長、それは俺が付き合いますから。女性陣は、他に用があるみたいですし」
「ほうか……。ほな、しゃーないな。女性陣とは、ここで、お別れですなぁ」
「そうですね。じゃあ、田中店長、生石君、また明日ね」
「武庫川さん、馬場さん、お疲れ様!」
「また、今度、わいが色々とレクチャーしたるからな!」
「え、えっと、田中店長、生石さん、お疲れ様でした!」
そして、わい田と、生石と、私達は別れた。
男性陣と別れた後、武庫川が、私に話し掛けてきた。
「さて、邪魔者はいなくなったし、散策にでも行こうか?」
「武庫川山、どういう事なんですか?」
「ちょっと、生石君に犠牲になってもらったの。馬場さんが私とデートしたがってたから」
「武庫川さん……」
そして、私は、ドキドキしながら、大人の女性である武庫川と、爽やかな風が吹く中、歩いた。
「でも、生石さんには、迷惑かけちゃったな……」
「まあ、彼なら、美味く逃げてるよ」
「だと、いいんですけど……」
「人生、上手く逃げなきゃ」
「そうですね! でも、生石さんって、凄いんですね!」
「まあ、彼も変わってるから」
「そこが、職人肌なんですよ!」
「そだね」
それから、女子トークを続け、武庫川から、昼食をとった店に誘われた。
「最後に、ここのジャージーちゃんの天使のソフトを食べよう!」
「いいですね!」
そして、注文し、会計となったが……。
「お会計はどうなされますか?」
「一緒で」
「む、武庫川山⁉」
「このぐらい、おごらせて」
「武庫川さぁん……」
私は、二人で食べた、ジャージーちゃんの天使の牛乳ソフトの味を、決して忘れないと誓った。
それから、二人で電車に乗って帰る途中、武庫川はうとうとと眠りかけていた。
(へぇ、武庫川さんでも、こんな子供っぽい顔して、寝るんだ……)
何だかんだあったが、私にとって、今日は、とても良い経験が出来た日だった。
いかがでしたか?
今回の【わい田さん】は。
でも、これぐらいで驚かないでくださいね……。
高が、乗り鉄ぐらいで。
高が、動物に、好かれていると思い込んでいるぐらいで。
高が、自分のトレッキングシューズを買うのに、他の人を巻き込むぐらいで……。