勤務 4 わい田宛の荷物が届く
私、馬場朝海は純喫茶・うららに正式に働ける事が決まった。すると、わい田宛の、公私混同の荷物が、次々と送られてきて……。
私、馬場朝海は、純喫茶・うららで働き始めて三か月が経った。
純喫茶・うららでは、三か月間は研修期間となっていて、実は今日、私が純喫茶・うららで働き続けられるかがわかるのだ。
「お疲れさまです」
「しゃ、社長、お疲れ様です!」
「馬場さん、どうしたの? 裏声になってるけど……」
「い、いえ、そ、その……」
「ま、まさか……、辞めるとか言うの!?」
「そうじゃないです!! 私は、ここで働けるのでしょうか?」
「何を言ってるの?」
「ですから、今日で三か月になるんですよ! 研修期間とかが終わって、正社員として、雇ってもらえるかなって……」
「そういう事! 気にするまでもなく、あなたには今後とも働いてもらうわ! お願いね」
「はい! こちらこそ、お願いします!!」
朗報だ。
私は、ここで認められた。
私の心はレオでいっぱいになった。
「レオ、明日ね、私が仕事を続けられるのかが、決まるんだ……」
「クーン?」
「そうなの……。もしかしたら、明日までで、仕事に来ないでいいって言われちゃうかもしれないの……」
「ワウフン、ワウフン!!」
「レオ、励ましてくれてる?」
「ワン、ワン!」
「明日、良い返事をもらえるかな?」
「ワン、ワン、ワン!」
「うん、絶対、良い返事をもらってくるね!」
昨日の夜、そうやって、私はレオとの至福の時間を過ごしたのだった。
これで、レオに良い報告が出来る!と、私がわくわくしていると、やはりまたあいつが出現した。
「お疲れ様ですぅ、社長ぅ」
「お疲れ様、田中さん。報告があるんだけど……」
「ほいほい、何でっしゃろ?」
「馬場さんが正式にここで働いてもらう事が決まったの。よろしくね」
「それは良かったですわぁ! 馬場さんやぁ、今後とも、よろしゅうに!」
「よろしくお願いします」
そうして、私は、その日の夜、レオに吉報を伝える事は出来た。
しかし、次の日、また、わい田ワールドが発動した。
「こんにちは。宅配です」
「こんにちは」
「田中承太郎さんは、こちらで宜しいでしょうか?」
「はい、そうです」
私が受け取った純喫茶・うららに来たこの荷物は、わい田宛だった。
「これって……」
「あぁ、やっと来ましたかぁ!」
「田中店長?」
「わいは、これを待っとったんやで!」
「これ、何ですか?」
「うぅ~ん? 馬場さんや、見たいかね?」
「い、いえ、別に……」
「そないに、遠慮はいらへんでぇ!」
そして、わい田は、送られてきた荷物を乱暴に開封し、中身を見せつけてきた。
「どや!」
「どやって、言われましても……」
「何や⁉ 馬場さんは、このアニメ知らんのかいな?」
「何となく見た事がある気はするんですけど……」
「これは大人気漫画のアニメのdvdやで!! わいは、この漫画の主人公と同じ名前でな。親しみが沸くねん!」
「そうですか……」
わい田が取り寄せたのは、確かに人気のある漫画のアニメのDVDだった。
その漫画の主人公は、その漫画を読んだ事のない私でも、知っているくらい有名だった。
「この漫画を知らんとは! わいがレクチャーしたるで‼」
「え……、だ、大丈夫です……」」
「そないに、遠慮せんでええで! まずな、わいのお薦めの台詞は、てめえは俺を……」
そうやって、聞いてもいないのに、わい田は、その漫画についての蘊蓄を永遠に語るという、わい田ワールドを発動させた。
揚げ句の果てに、名前からして、自分がモデルかもしれないと、妄想までも言い出した。
ちなみに、その漫画の主人公は、身長一九五センチメートルの長身で、イケ面で、女性にモテて、仲間思いらしい。
ともあれ、それから一五分以上経った頃、偶々、お客さんが入店し、私は、わい田ワールドから解放された。
「はあ……」
「どした?」
「あっ、武庫川山。わい田さんがですね……」
私は武庫川に、わい田のDVDについて話した。
すると、
「ああ、それね。いつもの事! でね、恐らく、今秋だけで三回以上は全く同じ事を聞かされるはず!」
「嘘だぁ……」
そして、武庫川の言う通りになった。
一週間で三回は、わい田から全く同じ事を聞かされ、どうやら、それは私以外の人も聞かされている様だった。
そして、ある日の私の至福の時間の事。
「ねえ、レオ。また聴かされちゃった……」
「キューン?」
「何か、その漫画に、犬が出てくるらしいんだけど、喋るんだって」
「キューン!?」
「いいいな! 私も、レオと話してみたい!」
「ワン、ワン、ワン!」
「そうだよね! そんな事がなくても、私とレオは心が通じてるよね!」
「キューン……」
「ありがとう、レオ! 大好き!」
そうして、また私はレオとの至福の夜を過ごした。
だが、それから間もなく、純喫茶・うららに、またわい田宛の荷物が届いていた。
「おはようございます」
「おはようさん。ちょっと、馬場さんや、ええですかぁ?」
「何でしょう?」
「見てや、これ!」
わい田が、此れ見よがしに見せてきたものは、黄昏た少女が月の下で佇んでいるイラストが描かれたアニメのDVDだった。
「これは?」
「うぅ~ん? 馬場さん、知らへんのか?」
「これは、全く知りません」
「ほうか……。それはレクチャーしたらなあかんな!」
「い、いえ、その、結構です」
「そないに、遠慮はせんでも、ええんやで! この主人公の決め台詞はな、月が……」
そうやって、わい田は、どう見てもオタクアニメの話を永遠淡々とし、自身のスマホで、そのアニメの動画を見せつけてきた。
それから三〇分程で、わい田は満足し、私は、わい田ワールドから解放された。
そして、生石が出勤してきた。
「はぁ……」
「馬場さん、どうかしました?」
「あっ、生石さん。おはようございます」
「おはよう。で、どうしたの? 朝から、溜息なんて」
「それがですね……」
私は、生石に、先程のわい田との事を全て話した。
すると、生石から意外な言葉が返ってきた。
「だよな。わい田は、ああいうの好きだし」
「えっ!? わい田って……」
「そんなの、みんな呼んでるで!」
生石は、身振り手振りを交え、わい田の真似をした。
「ふふっ! 似てます!」
「せやろ? まあ、俺も、わい田との付き合いが長いからな!」
「でしたね」
「そうそう。でね、あんなのは年柄年中だし。以前、はまってた外国のクレイアニメの時は、もっと酷かったんだぜ?」
「そんなに酷かったんですか?」
「ああ、そうだとも。この会社の人、全員にそのアニメのDVDを無理やり押し付けてきて、内容を見せてきたんだ。しかもさ、そのアニメの訳の分からないソフトを会社のパソコンに入れて、スクリーンに流したり、矢印キーをそのアニメのキャラに変えて、パソコンの画面が、そのキャラで隠されて、パソコンが使いにくくなったり、重くなったり……。まあ、大変だったのよ」
「そんな事をしたんですか!?」
「そうそう。何回それを消しても、次の日には、入れちゃうんだよな!」
「何がしたいのかな?」
「それが、わい田だって! で、最近は会社のWi-Fiを使って、色々と見せてくる!」
「じゃあ、さっきのは……」
「勿論、会社のに決まってる! アニメだけじゃなくて、暇があれば、何かの動画を見て、ムフって、笑ってるよ!」
「そうでしたか……」
「まあ、気にしちゃ負けだよ」
「わかりました……」
それから、さらに時は流れ、また、わい田宛の荷物が、純喫茶・うららに届いた。
そして、私は、わい田にその荷物を渡す事となった。
「田中店長、荷物がまた来ましたよ」
「そうかぁ……」
「どうしたんですか? 元気ないですね」
「これは、わいのおかんからなんや」
「田中店長のお母さんからですか?」
「せやで。今日は、わいの誕生日なんや」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとな」
そう言うと、わい田は、わい田の母からの贈り物を徐に開け、中を覗いた。
「おかんな、毎年、プレゼントを送ってくんねん」
「へえ、優しいお母さんですね」
「せやで。承太郎が心配やとか言うねん」
「いいじゃないですか」
「まあ、おかんは、こうやって、毎年、プレゼントをくれんねん」
「へえ」
この時の私には、わい田の言葉の意味は、分からなかった。
だが、その後すぐに、その意味を教えてもらう事となった。
「おはよう、馬場さん」
「おはようございます、武庫川山」
「はあ……」
「どうしたんですか? 珍しいですね、溜息なんてついて」
「まあね。今日は、わい田の誕生日だから……」
「あっ、それ、聞きました!」
「でしょうね」
そう言った後、武庫川はプレゼントらしきものを鞄から出した。
「武庫川さん、これって⁉」
「そうそう。わい田のだよ」
「へえ、武庫川さん、優しい‼」
「違うよ」
「違う? でも、これって、わい田さんにあげるんでしょ?」
「そうだけど、あげないと機嫌が悪くなるだけ」
「そうなんだ……」
「うん、そう。だから、生石君と交互に各年で買ってる」
「はは……」
「ちなみに、お返しはない。欲しくもないけど」
「ですよねぇ……」
「でね、恐らく、わい田は、馬場さんにもプレゼントを要求してるはず!」
「えっ!? どうして、そうなるんですか?」
「どうしてって言われても……。それが慣わしになってるって言うか……」
武庫川は、答えに困っていた。
その訳は、何となく、私にも分かった。
だから、
「わかりました。この店の安泰の為、協力させてもらいます!」
と、私は言った。
すると、
「ありがとう。来年からよろしくね」
「はい。来年、協力させてもらいます‼」
私は純喫茶・うららの為、この店の慣わしに従う事にしたのだった。
そして、武庫川の、来年からよろしくね、という言葉は、とても私の心にしみた。
それから、私はレオとの至福の夜を迎え、その事をレオに報告し、過ごしたのであった。
いかがでしたか?
この話の【わい田さん】も、理解出来ますか?
でもこんな事ぐらいで、驚かないでください……。
高が、職場に、あんな物が送られてきたくらいで。
高が、職場のパソコンをいじったくらいで。
高が、職場のWi-Fiを勝手に利用するくらいで。
高が、あれを欲しがるぐらいで……。
でも、もしかして、あなたの傍にも、いるかもしれませんね。【わい田さん】が……。
そして、狙われてるかもしれませんよ、【わい田ワールド】に……。