勤務 2 わい田を観察する
私、馬場朝海は、純喫茶・うららに勤め始め、田中こと、【わい田】を観察する事にした。
すると、武庫川の言った意味が、少しずつ理解出来る、【わい田】の謎行為、【わい田ワールド】が次々と明らかになっていく。
私、馬場朝海は、純喫茶・うららに勤め始めて、二日が経った。
仕事を覚えるがてら、田中こと、わい田を観察している。
そして、わい田を観察していると、気になる事が多々、出て来た。
わい田は、武庫川の言う通り、変わっている奴である。
一見、人当たりが良く、優しそうに見えるが、翌々見ていると、そうではない。
例えば、自分好みのお客さんが来たら、私を退け、お客さんの対応を始めるのだ。
「いらっしゃいませ! お一人様ですね?」
「ああ、馬場さんや。後は、わいがやりますわ」
「えっ⁉ あ、はい」
「いやいや~、お客様、お一人ですね? カウンターとテーブル、どちらにしますか?」
しかし、好みではないお客さんが来ると、
「ああ、馬場さんや。お客が来たで。わいは忙しいから、対応してや。何事も慣れが肝心屋で!」
「はい、わかりました……」
この様に、対応が変わるのである。
私は、どんなお客さんにも差をつけなく、心を込めて対応する事を心がけているのに、わい田は、そうではなかった。
さらに、私が新人だからもあるが、お客さんから褒められると……。
「この店は雰囲気がいいね。あなたがんばってね」
「は、はい! ありがとうございます!」
「いやぁ~、お客様にそう言ってもらえて幸いですぅわ」
何処からともなく出現し、愛想を振りまく。
そして……。
「ちょっと、お水下さい!」
「すみません。只今、お持ち致します」
「すみません、砂糖をもらえる?」
「はい、少々、お待ちください」
忙しくなり、お客さんがピリピリしてくると、消えるのだ。
「田中店長は?」
「さあ、わい田なら、冷蔵庫の影じゃない?」
「はあ……」
そして、ある程度、落ち着いてくると、わい田は、何所からともなく、両手を真直ぐ下し、手を体と直角に置き、手を広げ、ペンギンの様に、ピョコピョコ歩きをしながら出現する。
まるで、この純喫茶・うららのマスコットであるかの様に。
「あの、武庫川さん」
「どした?」
「あれって、何のつもりなんですか?」
「恐らく、自分が、かわいいと思ってる」
「えっと、どの辺が、かわいいんでしょうか?」
「考えたら負けヨ」
さらに、私と武庫川が、最近流行っているスポーツの話で盛り上がっている時。
「やっぱり、スポーツ選手は、運動量が違うんですね」
「馬場さんは、何か運動とか、やってた?」
「いいえ。私は、部活も美術部でしたし」
「私は、吹奏楽部だったよ」
「えっ、武庫川さん。何を演奏してたんですか?」
「秘密」
「教えてくださいよ」
「わいは、サックスやで!」
この様に、人の話に勝手に割り込んできて、
「田中店長、サックスを演奏していたんですか?」
「せやで。こう、腹に力を入れましてな。ぷぅっと、吹くんですわぁ!」
「へえ、そんな感じなんですね」
「せやで。下手なスポーツ選手より、腹筋が出来るねん」
自分の自慢話へと、変えてしまうのである。
ちなみに、私と、わい田が話している間、武庫川は、無言で空気の様に振る舞い、わい田が消えた後、ある事を教えてきた。
「わい田には、腹筋はない。TGの塊だよ」
TG、つまり、中性脂肪の塊。
見ての通りだが……。
この様に、わい田を理解出来ない所は多いが、私は、武庫川のおかげで、少しだけ、わい田の行為を無視出来る様になった。
そして、働き始めて、一週間が過ぎた頃、私は武庫川から、ある事を依頼されたのだが……。
「馬場さん、ちょっといいかな?」
「はい、武庫川さん」
「あのね、この店で購入した物を帳簿につけてるんだけど」
「はい」
「馬場さんにも、やってほしいんだ。エクセル、使える?」
「ちょっとなら出来ますよ」
「簡単な作業だけだから、お願い出来る?」
「わかりました」
そうやって、私が武庫川から始動されていると、わい田が話に割り込んできた。
「おやぁ? エクセルですかぁ?」
「はい。武庫川山に教えてもらってるんです」
「そうでっかぁ。でも、わいの方が得嫌で?」
「そうなんですか?」
「せやで。何て言っても、わいはエクセル使い輩」
「はあ、そうですか」
「田中店長。こっちは私に任せてください」
「いや、でも、わいのやり方もありますし……。わいの方が、色々知ってますし……。わいのやり方の方が、上手くいくと思いますわぁ」
「田中店長。そんな難しい事をやる訳じゃないんです」
「そうでっかぁ」
この後、わい田は特に喋る事もなく、ただ、私達の後ろにいたのだった。
そして、私が武庫川から依頼された仕事を、やり始めて、一週間が過ぎた頃、ある事件が起きた。
「あ、あれ? ログイン出来ない⁉ どうして?」
「おかしいね」
私が武庫川と話していると、わい田が近くを通ったが、私達が困っていても、スルーした。
「何でかな? ちょっと穴水さんに電話してみよう」
「はい、お願いします」
そして、武庫川が電話をした。
「どうでしたか?」
「恐らく、わい田がログインIDを変えたみたい……」
「な、何でそんな事をするんですか?」
「それが、わい田だよ」
そして、武庫川がわい田に聞く事となった。
「すみません、田中店長」
「何でしょぉ? 武庫川山や」
「パソコン、いじりましたよね?」
「いやぁ~、わいは、そんな事、してへんけど?」
「でも、ログイン出来なくなってるんですよ!」
それから、武庫川によって、わい田は追及された。
その結果。
「じゃあ、田中店長が入力したのを見られた李、いじられたくないって事ですか?」
「それはぁ、そうですなぁ」
「わかりました」
結局、わい田が会社のパソコンをいじっていたのだった。
気にしたら負けと言われたが、どうしても、こういった謎行為、わい田ワールドを気にしてしまう、私だった。
そして、その日、私が車で帰っていると、大きなディーゼル車から幅寄せをされた揚句、黒煙をかけられた。
「な、何て乱暴な運転をするの? て、あれって、わい田さんの車じゃない!」
私は、運転は左程、上手いとは言えないが、安全運転を心掛けている。
私からしたら、わい田の運転の粗さは話にならなかった。
そんなわい田について、私は、レオに相談した。
「ねえ、レオ。あんな運転しちゃ駄目だよね」
「くうーん!」
「そうだよね! さすがレオ!」
そして、私は、またレオとの至福の睡眠の時間へと入ったのである。
それから、次の日、気持ちを切り替えて、出勤した。
「おはようございます」
「馬場さんや。おはようさん」
「おはよう、馬場さん」
私が出勤すると、珍しくわい田が出勤していて、楽しそうに生石と話していた。
そこで、わい田は、一週間に一度、宅配される、乳酸菌飲料を、謎の言葉、かもすぞを連呼しながら、ゴキュ、ゴキュと、喉飲みしていた。
「二人で、何を話してたんですか?」
「うぅ~ん。馬場さんや、それがですな、昨日、わいが帰る時、へったくそな運転をする軽がおりましてな。世間の厳しさを教えてやるがてら、ちょっと、幅寄せをしてやったんですわぁ! そして、わいのランクルの黒煙を、見せたったんですわぁ!」
「はは……」
わい田、それは私だ!と、もう少しで言ってしまうところだったが、何とか言わずにいれた。
「田中店長、あんまり、そんな事をしない方がいいですよ。事故でも起こしたら大変ですし……」
「何言ってんの、生石君! わいは運転が上手いから、自己何て、起こさへんわぁ! 今度、わいのランクルツアーに連れて行きまっせ!」
「まあ、機会があれば……」
生石は嫌そうだったが、わい田は有頂天に話し続けていた。
(うぅ……。やっぱり、わい田さんは変わってる。運転が上手いかもしれないけど、あれは私だったのに、気付いてない‼ それで、本当に運転が上手いいって言えるの?)
その日、武庫川の言葉を忘れ、私は、わい田の事を考えてしまった。
そして、次の日は、出来るだけ、わい田の事を考えずに出勤すると、また事件が起きた。
「おはよう、馬場さん」
「おはようございます……。あれ? 武庫川山、今日って、遅番じゃなかったですか?」
「それがね、わい田が事故ったみたいで。代理で、出勤になった」
「やっぱり!」
「ん? 何かあった?」
「それがですね……」
私は武庫川に、一昨日、ランクルらしき車から幅寄せを受けた事から、昨日、わい田達が話していた事を話した。すると、
「あいつは、しょっちゅうぶつけてるよ。この前も、板金修理に出してたし」
「ですよね!」
「うん、だから、あいつの車には近づかない方がいいよ」
「わかりました!」
そうして、私は、何となくすっきりとした気持ちで、また純喫茶・うららで働いたのだった。
「
いかがでしたか? あなたの職場にも、【わい田さん】は、いらっしゃいますか?
でも、このぐらいで驚かないでくださいね……。
高が、人によって、対応を変えるぐらいで。
高が、人の話を、自分の話に帰るぐらいで。
高が、会社のIDを勝手に変えるぐらいで。
高が、古めかしい、ランクルで、煽るくらいで……。