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勤務 1 わい田と出会う

 私、馬場朝海は、働きたかった純喫茶・うららで採用された。

 期待に胸を膨らませ、純喫茶・うららに出勤したが、そこの店長は、かなりの変わり者だった……。

 私の名前は、馬場朝海ばばともみ

 短大を出て、地元の小さな純喫茶で働こうとしている、二〇歳の女性である。

 この純喫茶・うららは、私の憧れの店で、可愛いメイド服や地元の食材を使ったメニューが人気で、県内に四店舗存在する。

 私は、辛い時や、楽しい時を、この純喫茶・うららで過ごした。

 だから、私を、ここまで成長させてくれたと言っても過言ではないくらい、この純喫茶・うららに感謝している。

 そして、私の就職活動中に、この純喫茶・うららが求人を募集していて、私に、その純喫茶・うららで働けるという、千載一遇のチャンスが訪れた。

 勿論、私は応募し、そして、勝ち取ったのである。


 少し肌寒さが残る春の日のある朝。私は、期待に胸を膨らませ、純喫茶・うららの前に立った。

 私が通った行き付けの店舗ではないが、それがまた新鮮さを生み、さらに私の胸を高まらせてくれた。

 一歩一歩店に近づき、緊張で硬くなった体を何とか動かし、ドアを開けると、カラランと、聞き覚えのある鐘の音がした。

(あっ! この音は、同じだ……)

 私は、聞き覚えのあるドアに付いている鐘の音で体が少しだけ、解れ、ドアを開ける事が出来、おはようございます、という挨拶と共に、純喫茶・うららに入った。

 すると、それと同じ言葉と、

「あら、馬場さん。よく来たね」

という、言葉が返ってきた。

 それは、面接官で、この純喫茶・うららの社長、蒲英美うらともみだった。

 英美は、見た目年齢、五〇代前半、耳下までの黒髪に、ふわっとパーマをかけ、穏やかな顔をしているが、テキパキと行動しそうな顔をしている。

 そして、中肉中背体型だった。

 英美は、夫である公正きみまさと、この純喫茶を経営している。

 主に、英美は、日替わりで店を回り、店で客対応を行っているらしい。

「馬場さん、こっちに来て」

と、英美から、私は、控室に案内された。

 控室はロッカーが全部で五つ並べられていて、一つだけは他のロッカーの二倍の大きさがあり、そのロッカーは、ドア側にあって、そこから他のロッカーが並べられていた。

「このロッカーを使ってね」

と、英美から言われたロッカーは、その大きなロッカーの隣だった。

「ありがとうございます」

 私がロッカーを開けると、当然だが、中は空で、ガランとしていた。

(ここが、私のロッカー……)

 私がロッカーをまじまじと見ていると、カラランと、あの鐘の音がして、

「おはようございます」

という、可愛らしい女性の声がした。

 そして、その声の主の女性が、控室に入って来た。

「おはよう、穴水さん。今日から働いてくれる、馬場さんよ。馬場さん、こちらが店の接客と、メニューを考案する総責任者の、穴水さんよ」

 英美が紹介した穴水は、見た目年齢、四〇代半ば、黒髪を背中まで伸ばし、おっとりとした顔つきをしていた。

 そして、英美よりは、身長は低く、中肉中背体型だった。

「あら、あなたが馬場さんね。私は、穴水鈴珠あなみずすず。今日から、よろしくね」

「は、はい。私は馬場朝海です。よろしくお願いします!」

「あら、馬場さんも、ともみって言うのね。社長と同じ!」

「字は違うけどね」

 英美曰く、私を採用した理由の一つが、これだった。

 それを聴いて、私の胸は、くすぐったくなり、ドキドキしてきた。

「じゃあ、馬場さん。今日から一週間、私が始動するので、よろしくね」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 穴水と話していると、またカラランと鐘の音がして、今度は男の声がした。

「おはようございます」

「おはよう、生石君。今日から働いてもらう、馬場さん。馬場さん、こちらが生石君。この店の料理長よ」

 英美から紹介された生石は、見た目年齢、二〇代後半、茶髪で短髪。

 眼鏡を掛けて、今どきの丹誠な顔をしていて、身長は、一八〇センチメートル程はある、痩せ型だった。

(うぶいし? 随分、変わった名前だ……。それに、いかにも今どきって顔だし、話しにくいな……)

 私が、生石を見て、一言も喋れずにいると、

「馬場さんね。今日からよろしく」

と、生石から気軽に話し掛けられ、

「よろしくお願いします」

と、私は、言えたのだった。

 それから、英美は他の店に行き、穴水と生石から、私が指導されていると、またカラランと鐘の音がした。

「おはようございますぅ」

 私が出勤してから、二〇分は過ぎた頃、そいつは現れた。

「田中さん、遅刻ですよ?」

「いやいや~。えろう、すんまへんな」

 この関西訛りがある、穴水から田中と呼ばれた男は、見た目年齢、五〇代半ばで、小太り。

 はっきり言って、禿ていて、身長は、一六〇センチメートル前後の、おっさんだった。

「ぅん? こちらの方は?」

「昨日言ったと思うけど、新人の馬場さん。馬場さん、こちらが田中さんで、この店の店長よ」

 穴水の言葉を聴いて、私は一瞬、時が止まった。

(うわぁ……。こんなおじさんが店長なんだ……。何か、近寄りにくい……)

 私が心で引いていると、

「あぁ、わいが田中承太郎たなかじょうたろうぇですぅ。この店の管理を任されておる店長ですぅ。馬場さんでしたっけ? 今後とも、宜しゅうニ」

「よ、よろしくお願いします……」

「そないに、畏まらんでも。ああ、若井から仕方ないんかな?」

「田中さん、馬場さんは、二十歳だから、あまり変な事を言わないでね」

「そうでしたか……。わいは、この間、三十路を迎えましてな、若いって言うのは、ええもんですわぁ!」

(はっ⁉ この人が、三〇歳?)

 私は信じられなかったが、田中は、三〇歳らしい。

 兎に角、私は憧れのメイド服を着て、エプロンを着け、店員サイドとして、純喫茶・うららに立つ事が出来た。

 初日は、穴水の横で、一日の流れを見学する事となったが、ある程度の接客は行った。

 しかし、午前一一時半を回ると、どんどん、お客さんが入って来て、私は天手古舞いとなってしまった。

 その時だった。

「お客様、こちらへ」

「あ、あなたは?」

 私に助け舟を出したのは、三〇代前半の眼鏡を掛けた、黒髪のショートヘアーの、クールな顔立ちをした、身長、一六〇センチメートル程の、痩せ型の女性だった。

「新人さん、こっちは私に任せて、奥の手伝いをお願い出来る?」

「はい、分かりました」

 そして、私が裏方に回ると、穴水が話し掛けてきた。

「馬場さん、さっきの人は、武庫川むこがわさんよ。今日は遅番だから、今出勤したの。あなたも慣れたら、こういう出勤時間もある事を覚えててね」

「分かりました」

 穴水と武庫川のおかげで、忙しい時間を乗り越え、ゆっくりとした三時のおやつタイムが過ぎると、私に、休息の時が訪れた。

「つ、疲れた……。緊張したし、足が棒みたい!」

 私が足を延ばしていると、

「馬場さん、お疲れ様」

と、生石が入ってきた。

「お疲れ様です」

「ほい、馬場さん。社長からの差し入れ」

「えっ⁉ こ、これは‼」

 生石が差し入れてくれたのは、純喫茶・うらら一押しのメニュー、夕日に染まる海たまごのオムライス・デミグラスソース添えだった。

 このオムライスは、地元のブランド卵を使用したオムライスで、卵黄が夕日の様なオレンジ色をしている。

 そして、中のライスは、和風だしを使い、優しい味となっていて、ちょっとこってりとした卵黄に良く合い、さらに、デミグラスソースと混ぜれば、疲れも何処かに飛んでいく味へと変わるのだ。

「いいんですか?」

「ああ、社長がな、君が良く働いている事を嗅ぎつけて、連絡してきたんだ。それで、君がこれが好きだって言ってさ、好きな味と違ったら悪いんだけど、俺が作ったので我慢して食べてくれよ」

「どうして、私がこのメニューを好きな事を知ってるんですか?」

「さあ? 何か、君が他の店で、幸せそうに食べているのを見たとか言ってたけど……」

 英美は、私を覚えていてくれたのだった。

 私は、その気持ちが、とても嬉しくて、夕日に染まる海たまごのオムライスを一口食べると、涙が溢れてきた。

「いぃっ⁉ 美味しくなかったか? 他の店と変わらないはずなんだが……」

「違います。私の思い出の味と全く、同じです。美味しいです」

「そ、それは良かった……」

 生石に少し惹かれたが、私は、夕日に染まる海たまごのオムライス・デミグラスソース添えを完食し、そして、また仕事へと戻って行き、一日を無事に過ごすことが出来た。

 家に帰ると、両親から心配されたが、無事に過ごせた事を報告すると、両親は安心してくれ、私は癒しの時間へ向かった。

 それは、私の大好きな犬の、レオと過ごす時間の事だ。

 レオは、シーズー犬で、もう一五歳になる、おじいさん犬だ。

 おっとりとした性格の彼だが、大好きなおやつを見せると、豹変し、若返る。

「レオ! 今日がんばったよ!」

「きゃわわん!」

「おお、褒めて、褒めて!」

「きゃわわわん!」

「レオ、これ、食べる?」

「きゅううーん!」

「よしよし、いいよ!」

 レオが、おやつを食べていると、ある事に気付いた。

「あれ? もう、このおやつなくなっちゃった……」

「きゅうう……」

「そんな顔しないで。明日、買ってくるから!」

「きゃわわわあーーん!」

 そして、私はレオとの至福の時間を過ごし、レオとの至福の夜を過ごし、また純喫茶・うららへと出勤した。

 慣れないが、皆の助けを借りて、無事に一日を乗り越えると、あの田中が話し掛けてきた。

「馬場さんや、ちょっと、いいですかぁ?」

「あ、はい。何でしょう?」

「生石君のオムライスもええけど、今日は、わいが美味しいカレー屋に連れてきまひょ!」

「えっ⁉ いいんですか?」

「かまへん、かまへん。わいのランクルに乗って。ほな、行くで!」

 そして、私は、田中の車、ランクルらしき乗り物に乗った。

 らしきと言うのは、どう見ても、手入れをしていない、古めかしいランクルだったからである。

 一度は誘いに乗った立て前、断れなかったので、そのランクルらしき乗り物に乗り、田中行き付けのカレーやと向かったが……。

(ひええぇーーっ‼ 運転が荒くて、怖いっ‼)

と、さらに後悔しながら、カレー屋に着いた。

 そのカレー屋はレトロ感がある素敵な雰囲気が漂う店で、大きな古時計が飾ってあった。

「何か、素敵な所ですね」

「せやろ? ここの一押しはな、おじいさんの古時計カレーなんやで。わいはいつもこれにすんねん。馬場さんは、何にしますぅ?」

「じゃあ、同じので」

 そして、カレーが運ばれてきた。

 田中の言う通り、カレーは、何所か懐かしい味がして、とても美味しかったのだが……、

「どうでしたかぁ?」

「美味しかったです。御馳走様でした」「ほな、帰りまひょうか?」

 そして、会計。

「お会計は五千八百円です」

「あっ、会計は別々で!」

「は、はい?」

 そして、田中は、自分の会計だけを済ませ、私が会計をするのを待っていた。

(えっ? おごりじゃないの?)

 私は、しぶしぶ財布から三千円を出し、会計をした。

 だが、

「ああ、ポイントを、わいがもらっても、かまへんか?」

「あ、どうぞ……」

 そして、またランクルらしき乗り物に乗って、生きた心地がしないまま、純喫茶・うららへと帰り着き、私の車に乗った。

 そこで、私は気付いた。

「嘘⁉ 今日は、あの三千円しかなかった‼」

私は、純喫茶・うららに就職が決まった時、マイカーを購入した。

 前金一〇万円に、短大の時にバイトで貯めた全てを使っていて、通帳どころか、財布にお金の余裕など、なかった。

「あれが、なかったら、レオに、あれを買ってあげれたのに……。お父さんに相談しなきゃ……」

 今日、私は、レオの悲しい顔を見ながら、心を痛め、眠った。

 そして、次の日は、田中は休みだった。

「馬場さん、おはよう」

「おはようございます……」

「どした? 元気ないね?」

「はぁ、まあ……」

「昨日、わい田に何か言われたの?」

「わい田?」

「そう、田中の事よ」

「何で、わい田なんですか?」

「それは、あいつがすぐに、わいは~とか、わいの場合は~とかって、言うからさ」

「確かに……」

「まあ、あいつは変わってるから、気にしちゃ駄目だよ」

 そして、この武庫川の言葉の意味は、この後、どんどん私の見に染みて来るのであった。


 いかがでしたか? 【わい田さん】は……。

 でも、このぐらいで驚かないでくださいね……。

 高が、古めかしいランクルで荒い運転するぐらいで。

 高が、他人と張り合うくらいで。

 高が、ポイントを、くれくれ言うくらいで……。


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