1. 奇跡
木漏れ日が差し掛かる部屋の中。大きな木の椅子に座った老婆の隣に男の子が座っている。外には色々な種類の花が植えられていて、そこに虫たちが蜜を吸いにくる。ふと、老婆が昔を思い出したように喋り出した。
「昔ね、それはそれは大きな戦争があったんだよ。戦争ってわかる?…そう。とってもひどいこと。その戦争は、この地球に残されたわずかな資源を取り合う戦いだった。昔は今みたいにあちこちに木なんて生えてないし、森も、草原も、花もなかった。みんな人間が取っちゃったからね。…え?そんなこと知ってる?授業で習った?…そうかそうか。学校で習ったんだね。じゃあ、この戦争が色んな戦争の中でも一番不思議な終わり方をしたのは知ってるかな?…そうだね…じゃあ今日はその話をしてあげよう…」
絶えず、壊れる音が聞こえる。飛んできた灰色の砲弾によって、灰色の建物が壊される。飛んできた灰色の砲弾によって、灰色の命が壊される。転がる瓦礫や死体や戦車、すべてが灰色の世界で、走り回る少女がいた。
「はぁっ…はぁっ…」
その少女はこのような状況で食べるものもない人のために物資を配達する仕事をしていた。戦場を走り回るからには、その少女の近くに爆弾が落ちる。落ちた瞬間に大きな音を立て、煙が周囲を巻き込む。地面が揺れてうまく立てない中、生きて帰るために走り出す。
「はぁっ…こんなとこまで来るなんて…攻撃…止まったかしら…早く帰らないと…!」
早く帰らねばならないが、足が限界に近づいてきていた。攻撃の音も聞こえなくなってきていたので、近くにあった瓦礫の山の後ろに隠れ、一度休憩することにした。腰を下ろし、呼吸を整えていると、急に視界が歪んだ。一瞬だったのでよくわからないが、何者かに強く腕を引っ張られている。敵だ。自分を殺すつもりだ。恐怖で助けを呼んだ。
「えっ…!?きゃあああああああ!!!誰か!!助けて!!死にたくない!!嫌!!離して!!嫌ああ!!」
腕に痛みが走る。だが次の瞬間、
「不味い。」
という声がした。
「殺さないで!!誰か!たすけ…あれ…?生きてる…?なんで…?」
たしかにさっき腕を引っ張られたはずだ。でも今生きている。これは夢だろうか。自分の頬をつねってみるが痛みを感じる。夢ではない。
「はぁーったく。最近の人間まずすぎるだろ!ほんとやってけねーわ!」
「へ…だ、誰…?」
そこには白い髪に赤い目の同い年ぐらいの少年が立っていた。この少年が自分の腕を引っ張ったのだろうか。
「あー、もういいぞ。どっか行け。」
その少年は私に興味がないような雰囲気で言葉を放った。
「どっかいけって…あなた、みたことない髪してるわね…どこの国の人…?」
「あ?別にどこの国でもいいだろ。」
どこの国でもいいはずがない。全世界が戦争中の今、自国の人間以外は全て敵だ。もしこの少年が他国の人間だったら殺さなくてはいけない。
「よくないわ!ほかの国の人だったら通報しないと!」
「はぁ?つうほう?なんだそりゃ。」
この少年はまだすっとぼけるつもりらしい。なんのために私を殺そうとしたのかも聞きたいところだ。
「兵隊にあなたのことをいいつけるのよ!それで捕まえてもらうの!」
「なんで異国人ってだけでそんなしなきゃなんねーんだよ。」
「当たり前でしょ!?さっきわたしを引きずり込んだし、敵だもの!」
「敵ぃ?」
こいつは本当に何を言っているのだ。こんな常識を知らないなんて、目が見えないのか本当に頭が悪いのか、とにかくどこか悪いのだろう。話していても埒が明かないので、さっさと兵に連れて行ってもらうことにした。
「もういい!さっさと連れていかなきゃ!何か手を縛れるものは…」
兵隊に差し出す前に逃げられないように手を縛れるものを探すが、縛れそうなものは落ちていない。こんな瓦礫じゃ手は縛れない。
「わかったわかった!本当のこと教えてやっから!」
「犯罪者は黙ってなさい!あーもう。これでいいや!!」
少し遠くに落ちていた千切れた布を拾って前を見ると、そこに何かが積みあがっていた。最初は瓦礫かと思ったが、瓦礫ほど角ばっていない。色々な色が見えたので服の山かと思ったが丸みを帯びている。よく目を凝らしてみると、死体の山であることが分かった。
「…え…何…あれ…死体…?」
今まで散々死体を見たが、あれほどひどい扱いを受けているものは見たことがない。驚きと恐怖で息が細くなる。
「ん?あーあれはー…俺の飯だな。」
「飯…?死体を…食べるの…?そういえばあなたさっき人間はまずい!とかいってたわよね…?もしかして…カニバリズム…?」
「ちげーわ!!そんな弱っちぃやつらと比べんな!」
弱っちぃ?人間を食べている時点で弱いとかそうゆう問題ではない気がするが、それが余計にその少年について知りたいという欲求を駆り立てる。
「じゃあ…あなたは何者…?」
「あー…俺は…悪魔だ。」
「悪魔…?」
「まぁもうちょっとわかりやすくいえば…吸血鬼的な?」
「吸血鬼…?」
急に厨二病のようなことを言われて混乱した。悪魔?吸血鬼?どの世界戦の話をしているのだ。そんなことありるはずがない。
「ほら、お前のその腕の噛み跡も、さっき俺が味見した跡だ。」
たしかに腕に噛み跡がある。もし彼が人間だとしたのなら、人間を食べると死ぬはずだ。しかし彼は生きていて、私の腕で味見をしたり、あのような死体の山を食べるというのなら…
「え…え!?あ、あああ、悪魔!?嘘!?私を食べようとしたの!?いやっ!食べないで!!」
そうなると必然的に彼は悪魔ということになる。私を食べようとしている。そう思って必死に抵抗したが、
「食うわけねぇだろまずいんだから!!」
と言われてようやく落ち着きを取り戻した。そうだ。こいつは私は不味いから今生きているんだ。
「よかった…悪魔って本当にいるのね。初めて見たわ。…あ、じゃあ通報しても意味ないわね。どこの国の人でもないし。よかった!私ほんとは通報なんてしたくなかったの!」
「なんでだ?」
「だって、私が通報したら私のせいで捕まって殺されちゃうのよ?私が殺したのと同じじゃない!」
「人間界ってそんなに厳しいのか?大変だな。」
悪魔から厳しいと言われてしまうほどの状況だと今気づいた。たしかに、ちょっと前までは捕まったら殺されるなんて普通ではなかった。いつからこんな世界になってしまったのだろうと考え始めるときりがないので、せっかくならもう二度と悪魔と会う機会はないので色々聞いてみることにした。
「ねぇ!私悪魔と話すの初めてだから、色々聞いていい?」
そう言うと彼は私の隣に腰を下ろして、ため息でもつくような感じで返事をした。
「別に…でもお前、俺が怖くないのか?」
人間を食べるという点では怖いと感じるが、悪魔というのはもっと悪そうなやつだと思っていたから、正直拍子抜けだった。
「全然?だって、あなた私の話を聞いてくれるじゃない!悪魔ってもっと怖い存在だと思ってたから…なんか安心したのよ!
「変なやつだな。」
私からしたら彼も変なやつだ。それはそうと、悪魔は人間を食べるというのは初めて聞いた。確かに悪魔は何を食べているのかは知らなかったかもしれない。
「あなたも人のこと言えないでしょ!あ、そういえばさっきもびっくりしたけど、悪魔って人間を食べるのね。人間ってまずいの?」
「今はな。昔は美味かった。人間の美味さはその人間の幸せ度で変わるらしい。まぁ…ここ3年ぐらいは不幸せな奴が多いんだろうな。」
ということは彼は3年前からここにいたのだろうか。3年前から幸せな人が減ったなんて何か世界的な事件が起きないとそう簡単に起きない。
「3年前…戦争が始まった年だわ。」
「戦争?そんなの始まってたのか?」
そうだ。丁度3年前くらいから戦争が始まったんだ。この悪魔はそんなことも知らずにのうのうと生きていたのか。まぁ悪魔なら人間の生活に興味なんて湧かないだろうし、戦争が始まったことを知らないのであれば、彼が悪魔だということがわかる前の話も通じる。
「ええ。きっと、今の世界に幸せな人なんていないわ。全世界を巻き込む戦争だもの。
「そうだったのかぁ…いやーどうするかなぁ…しばらく飯ねぇし…」
彼の食料問題を解決するには、幸せな人間を増やす必要がある。幸せな人間を増やすには戦争を終わらせる必要があって、戦争を終わらせることは…いい考えが思いついた。私は彼に悪魔のささやきをするように声をかける。
「…ねぇ。また美味しい人間を食べれる方法を教えてあげましょうか?」
「…?」
「戦争を終わらせればいいのよ!そうすれば幸せな人が増えて、美味しい人間を食べれるわ!」
そう。手っ取り早く戦争を終わらせればいいのだ。戦争というのは国同士の戦いだから、どちらの国の人も戦争に協力的で絶対に勝ってやるという士気を持っていると思われがちだが、私のように戦争の結果なんてどうでもいいから早く終わらせたいと思っている人も山ほどいる。そう思うだけじゃ戦争は終わらない。行動に移さないといつまで経っても続いたまま。とにかく戦争を終わらせるために何かしたかったのだ。
「でもどうやって終わらせるんだよ。」
そう聞かれてギクっとする。口先だけ先走って、中身は全く考えていない。
「それは…まだ考えてないけど、私も戦争を終わらせたいの。みんなが苦しんでるのを見るのはもう散々なのよ。だから…手を組みましょう!」
「はぁ!?」
「私一人じゃ心細かったの!理由は違うけど目的が同じ人にやっと会えたんだもの!これを逃すチャンスはないわ!」
こんな世の中じゃ、勝敗なんてどうでもいいなんて口がもげても言えない。でも唯一、国なんて関係ない人間…と言えるかは怪しいが、そうゆう存在が目の前にいて、しかも目的が一緒だなんて、もう二度と巡り合えないかもしれない。絶対に逃さないという気持ちが表情に出る。
「おいちょっと…」
「ほら!美味しい人間が食べたいなら私に協力して!私たちで平和な世界をつくるのよ!」
そういうと彼は少し右を向いて考えてから、なんとなく納得したような雰囲気で
「…まぁ、また美味い人間を食えるなら…いいぜ。のった。」
と協力してくれることになった。ついにずっと考えていたことが行動になると思うと、嬉しさでつい口角が上がる。
「よし!じゃあ早速方法を考えましょう!」
「なぁ。そもそもなんで戦争が起きたんだ?」
そういえば、その説明をしていなかった。話せば色々と長くなる。まず最初にあの国が…と長々と話し始めるとこの悪魔は飽きてきそうなので、簡潔に話そう。
「あなたも周りを見ればわかると思うけど、この世界にはもう資源がないの。木も、森も、草原も、花も、全部人間が取っちゃったから。だから残りの資源を自分たちのものにするために戦争をしてるのよ。」
我ながらうまく説明することができたと思う。彼はふんと鼻を鳴らして、
「はっ。くだんねぇ。ただの自業自得じゃねぇか。」
と、私が思っていたことを代弁してくれた。
「私もそう思う。本当にくだらない。だからこそ戦争を終わらせたいのよ。」
そこから戦争をどう終わらせるかの作戦会議が始まった。
「じゃあ世界中に木とか植えればいいじゃねぇか。」
「木が育つには何十年もかかるのよ?それまで仲良く戦争をやめられると思う?」
「俺にとっちゃあ短いんだけどな。」
何十年が短いという感覚ということは、この悪魔は今何歳なのだろう。少なくとも100は超えているのだろうか。
「…じゃあどっかの国が勝てばいいんじゃねぇか?」
「それじゃあたくさんの人が死んじゃうでしょ。平和には程遠いし、元も子もないわ。」
「はぁ?もーめんどくせぇなぁ。何事にも犠牲はいるだろ。」
それから何個か話し合ったが、段々話が詰まってきて新しい案が出てこなくなったので、気分転換に町に戻ることにした。
「じゃあ情報を集めに行きましょ。あっちに私が住んでる町があるの。一緒にきて!」
「はぁ!?なんで俺が人間の町なんかに行かなきゃなんねーんだよ!」
悪魔は人間の町に行くのを渋るようだ。確かに私だって鶏の町にたった一人の人間として行きたくない。
「しょうがないでしょ!戦争を終わらせるためには必要なことよ!ほら、来て!」
私に協力すると言った以上、もう町に入ることは確定している。行き渋っている彼をなんとか引っ張っていきながら街に向かって歩き始める。その時、ふと気づいた。私は彼の名前をまだ聞いていない。名前も知らない人とよくあんなに話せたものだ。
「…そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ。私はリリィ。あなたは?」
「メアだ。」
メア。メアには悪魔という意味があるが、人間には不吉過ぎて絶対につけない名前だ。とっさに、
「まぁ!なんてひどい名前。」
と言ってしまった。
「なんだと?悪魔の中じゃ立派な名前なんだぞ!」
そういえばこいつは悪魔だった。悪魔に悪魔という意味の名前をつけるのであれば普通だと気付く。
「はいはい。じゃあ行きましょ。」
そんなたわいもない会話をしながら遠くに見える町に向かって歩き進める。ここから私たちの戦争を終わらせる旅が始まるんだ。
「ナイトメア」エピソード1を読んでくださりありがとうございました!いかがでしたでしょうか。私自身初めてこのような長い小説を書いているので、やや不自然なところがあるかもしれませんが暖かく見守っていただきたいです!エピソード2もお楽しみに!