ラスト ミステリー またはb
「何をしてるんですか?」
そんな私の問いに、あわててナニカを隠したのは、元さんの弟だ。
「い、いや。ほ、ほら」
ほら、なんだ。
なんとも言えない沈黙。
「・・・」
がんばれ! あとちょっとだ! ファイト !!
そんな私の応援が届いたのか、元さんの弟の顔が、ぱっ! と明るくなった。
「に、日中。修理した箇所が。きききき、ちきんと、くっついているか気になってね! いやああ、ちゃんとくっついているようでよかった」
「そうですか! よかったですね!」
何をちきんとくっ付けたんですか? とか聞いてはいけない。
ここは二人そろって、乾いた笑い声を発するシーンだ。
いや、よかったホントに。言い訳を思い付いてくれて。
極希によくあるのが、上手い言い訳を思い付かなかったり、トリックを指摘されて自暴自棄になった犯人の暴発である。
一応の備え。
ポケットに積めた砂と。
後ろに隠した右手に握りしめた石(大きめ)。
・・・手加減、むづかしいんだよ、ね。
> 妻子がいる場合の兄弟の遺産の取り分は?
< 遺言状とかなければ四分の一。
つまり、後で母親をころころすればいい娘と息子と違い、元さんの弟は順番通り、正確に事を進めなければ、遺産全額は手に入らないわけだ。
< 今回は諦めたかな?
> どうだろう。親父がいるのがな・・・。
捕まえたら捕まえたで面倒だしな。
なぜ犯人は名探偵がいるところで犯行に及ぶのか。
けれども、順番が大事であるからして、妻と子供たちの毒牙から、元さんを守らなくてはいけない、まであるのが、弟の立ち位置である。
ここは様子見が正解だろう。
○ー ○ー ○ー
「ちょっと席を外すな」
「レーコーディングあそばすのことよ」
「・・・」
兄貴こと、メッセージ探偵 Zの調べた内容は当然、両親にも送られているわけで。
自分も含め、入れ替わり立ち替わり、目まぐるしいことこの上ない。
こっちの家族全員で、犯行を防いでいる以上、元さん関係者は犯罪者ではなく、その上で(偶然を装ったり、適当に)拘束すると、ころころする人物もいるので、楽するわけにもいかない。
「もう、上がったのかね !?」
折角の源泉掛け流しを、誰も彼もが、烏の行水を越える早さで堪能するのに元さんが目丸くしているが、邪魔をするこちらにも、次々と殺害計画を立てるあちらにも、温泉を楽しむ余裕がないのだ。
「おかしい。疲れを取るはずだったのに、おかしい」
再び、井草のかほりを堪能しているが、今回は現実逃避ではない。
畳表に鼻をくっ付けているのは、現実的に、むっちゃ疲れて起き上がれないからである。
> がんばれ。あと少しだ。
< ・・・急いでよ。
複数のモニターに囲まれ、メガネにロウソク足を反射させ、キーボードを打ち、マウスをカチカチあい続ける兄の姿は夢か幻か。
なんにせよ、決着の時は近い。
○ー ○ー ○ー
偶然を装って犯行を止めるのにも限界はある。
もう、諦めちゃえよ、と六人全員がそろって思う時が。
それでも、天秤は釣り合わず、片側に落ちる時は必ずやってくる。
何しろ片側には、“もう、あとがない” なんて重い思いが乗っているのだ。
「・・・どけ」
そう言う元さんの弟の手には、薪割り用の斧が握られており、となりの息子の手には鉈、が握られており、妻の両手にはチェンソーが握られている。
木を切る道具多くね?
とか考えている場合ではない。
破れかぶれになった犯人は、もう後先考える余裕がないのだ。
~♪
知らぬが仏。曇りガラスの向こうから元さんの鼻歌が聞こえてくる。
脱衣場に六人集まって、私たち何してるんだろ?
とか考えている場合ではない。
疲れていても、犯人と対峙するのは探偵の、探偵の助手の、探偵の妻の宿命なのだ。
「・・・もう一度だけ言うぞ。どけ」
いや、どいて困るのはあんたでしょ、とか言いたいけど言えない。
そこに気づいた瞬間、斧が左右に振り下ろされるかも知れないからだ。
口を閉じていれば惨劇その一は防げるが、その二は全田一家の誰かか、元さんか。
それとも、返り討ちか。
緊張が否でも応でも高まる。
ざばぁ! と湯船のお湯があふれだす音が聞こえる。
パンパンとタオルが叩くのはどこだろう?
曇りガラスの向こうのシルエットが、がに股なのは気にするべき所だろうか?
ガラリ! と浴場と脱衣場をつなぐ大きめの、曇りガラスの扉を開き───
「・・・気のせいだったか?」
───短い着信音が聞こえたにも関わらず、脱衣場唯一のスマホには、なんのメッセージも届いていなかった。
○ー ○ー ○ー
すっかり元さんの腰も治り、帰りはマイクロバスで送られている。
「じゃ、また来てくれよな」
元さんの別れ際の挨拶は誰に、いや、もちろん全員に宛てられたものだろう。
今回も、メッセージ探偵 Zの事件解決数は増えなかった。
彼に言わせると、物語に登場するほとんどの探偵は自分以下なのだそうだ。
そして付け足すと、たまに主役を張るブルジョアで大金持ちのキャラクターは、お金の使いどころを間違っているそうだ。
そんな、自称名探偵である兄の事件解決実績は0である。今後も増える事は無いだろう。
しかし、私は。
メッセージ探偵 Zが、名探偵以外の何者でも無いことを知っている。
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