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ミステリー 1 またはn50

 兄に言わせると、物語に登場するほとんどの探偵は自分以下なのだそうだ。


 そんな、自称、名探偵である兄の事件解決実績は。


 (ゼロ)である。


 ただ、私は。

 彼が、自身を過大評価したり、大袈裟な嘘をついているとは思わない。


 ○ー ○ー ○ー


「今週末、家族で隠れ家的温泉宿に泊まりがけで行こうと思うんだ」

 父がそんな事を言い出したのは、水曜日の夕飯を食べ終える頃だった。


「えっ、えっ、え?! 泊まりがけ? 金曜から? それとも土日?」

 突然の家事からの解放宣言に、ぱあっと顔を輝かせる母。

 こういう表現をすると「女が家事を担当するのは・・・」云々(うんぬん)、「性差による決めつけ」云々など、一家言ありそうで、その実背骨でもの言う人が湧いてくるが、ウチはサザエさんスタイル+(プラス)マメな夫世帯であるので悪しからず。


 いや、そんなことよりも聞かなくてはならない事がある。


「お父さん、正気?」

 ・・・うん。そんな目で見ないでいただきたい。

 これは、一般的に反抗期とされる年頃の娘の「お父さん、キライ!」的な発言ではなく。

 ちゃんと理由も根拠もある問い掛けなのだ。


 ○ー ○ー ○ー


 全田ー(ウチの名字)家は、探偵の家系である。

 遡りにさかのぼれば、その端は平安貴族の文を覗いていたと伝わるのだから、かれこれ千年以上は、何かしら探っている。

 平安時代は、いと尊きお方に仕え貴族の動向を探り、鎌倉、室町、江戸時代には黒装束をまとったり、まとわなかったしてその時々の最高権力者の為に働いていた御先祖様に、一大転機が訪れたのは、幕末が終わり、御一新が始まった頃。


「皿が代わるなら飛び移るだけで済むが、皿、自体が無くなるとは・・・」

 そう。例えば、伊賀ものから御庭番に代わるように組織が入れ代わるなら、下っ端からやり直すなり、婚姻を結んだりして、徐々に移れば済む話であるが、明治政府は発足当初、諜報機関を置かなかったのだ。


 御先祖、失職。

 公務員からの脱落である。


 “草” として各地に紛れこんでいた者はまだよかった。

 隠れ蓑にしていた職の前に “本” をつければいいのだから。

 困ったのは本職、命じられて探りを入れる役目の者、つまり本家筋であり、ウチの御先祖もここに含まれていた。


「あの~。私、幕府で諜報活動をしていた者なんですけど・・・」

 ・・・だめだめである。

 こんな自己紹介をし、履歴書に “忍びの者” とか書いてくる人物を雇いたいと思うだろうか?


 いや、思わない。


 斯くして、御先祖は個人事業主となり、我が家の職業は探偵となり、様々な不文律が生まれることとなり、「探偵の前に “名” がついたら、宿泊施設には近づかない」も、そんな決まりの一つである。


 ○ー ○ー ○ー


 探偵、特に名探偵の泊まる宿では必ず事件が起こる。

 そんな都市伝説を御存知だろうか?


 普通、身近に名探偵がいないので、某番組でも検証不能なこの説は事実であることを私は知っている。

 主に目の前の人の経験から。


「小学校の修学旅行で病院送りになったのは?」

「教頭先生だったかな?」

 先生同士の確執により起きた事件を解決したのは、小学生だった父である。


「中学校の修学旅行で緊急搬送されたのは?」

「B組全員だったかな?」

 いじめに端を発した事件の犯人、一番中毒症状が軽かった一人を諭したのは、中学生だった父である。


「高校の修学旅行は中止だったっけ?」

「ああ。運転手さんが、な」

 パーキングで席を外した運転手が入れ代わったのに気づいたのも父だった。

 クラスメートの一人が、途方もないお金持ちの孫だったとしても、バス一台まるごと誘拐して犯人はどうするつもりだったのだろうか?


「新婚旅行は、いや、いい」

 目を輝かせた母がぐぐっと身を乗り出したのを、視界の端にとらえて、この話は止めた。

 この話はそれこそ、子守唄代わりに聞いており、再生時間が長いのは身に染みている。


 つまり何が言いたいのかと言えば。


「今週末、家族で隠れ家的温泉宿に泊まりがけで行こうと思うんだ」(イコール)「父さん、人をころすことにしたんだ(キリッ!)」と宣言されたのと変わらないという事実である。


「いや、そこはちゃんと考えている。まずは話を聞いてくれ」


 よかった。父がサツジンを起こそう、とか考えてなくて。


 なら、聞きましょう、と。


 姿勢を改めた瞬間、この場にいる全員のポケットから着信音が響いた。

 鳴り続けない、わりには、注意を引くこの音は、メッセージ。


 取り出したスマホには


> 少しは、自分で考えたらどうだ? 和兎。

  人に聞いてばかりいないで。


 そんな、余計なこと(お世話)が表示されていた。

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