mission4 誤情報開示
「それで、お話というのはなんですか」
実はこの時、俺は少し不審に思いながら彼女をみていた。
毎度アナ様に付き従う表情のほとんどない侍女。優秀であるとは聞き及んで入るがあちらで誰々の姫に仕えてと言うのを聞いたことがない。つまりアナ様に仕えていたという形跡がないのだ。
それに加えて隙のない身のこなし、一国の姫への遠慮のない態度。このように声をかけられずとも一度腰を据えて話さなければいけない人物であると分かっていた。
立ち話で良いと言うことなのでお言葉に甘えて執務室に異常があればすぐに駆けつけられるところで陣取る。
「その、私は現在この城に従事してはおりますが、書類上はアナ様に直接従事しております。そのため、婚姻前の現在はなおのことアナ様が名実ともにこの国の人間になるまでは私もイーリオ国の国王にお仕えしている身分です」
そう話し出したのは随分とよく分からない話だった。というかそれは当たり前の話であり、わざわざ話題に登ることこそ戸惑うものだった。
つまり直訳すると「私はこの城で仕えているがアナ様に仕えているためアナ様の味方をする」と言ったところだが。
「え、ええ。それで、殿下も承知していますよ」
「ええ。そして私はイーリオ国王の名の下この婚姻を成功させるという使命もございます。そのため、殿下と結婚をいたしましてよろしいものか、いや、結婚自体行うことができるのかという確認をさせていただく必要がございます。そしてもし、婚姻を阻害する要素があるのならば然るべき処置を」
……婚姻を阻害する要素…………もしかして殿下が女性であることか⁈いやでもそれを言ったらそちらの姫君っだって男性じゃないか。むしろこっちが女性じゃなかったら成り立っていないぞ。
いや、それならば性別という観点は婚姻を阻害する要素とは違うか?そもそも殿下の男装は完璧だ。これまで誰にも気が付かれたことがない。それこそレオの父親の陛下にも。
でも、条件で言うならばあちらも同じだ。アナ様も随分と高い女装技術をお持ちだった。きっと俺に前世の知識やレオがいなかったら気がつけなかっただろう。
そしてもしメイさんがアナ様の性別を隠し通せていると思っているのならば、婚姻の障害というのも頷ける。
「……いつから気がついていたのですか?」
「まあ、本当なんですね」
カマをかけられたのか……!大した確信はなかったというわけか。
「…………」
「いえ、意地悪を言ったつもりはないんです。ごめんなさいね。どんなに情報が集まっても、まさかそんなことがという思いが先行してしまって。で、気がついた時、ですね。実を言うと初めてお会いした時、カズキさんが殿下の話をしていただいた時からもしかして、と」
「……そんな失言をした覚えはなかったのですが」
「…………えっと、その少しだけそう言うのには敏感なんです」
そんな前からか。俺は少し敗北感を覚えた。まさかレオに会う前からとは。随分優秀な方だ。
「それで、その。メイさんはこれからどうされるんですか?その、あなたはアナ様のお付きであるしその……」
もしかして祖国へ報告をするのだろうか。まああちらの性別もあるし結婚自体見送りというのは回避できそうであるが、あちらの偽りに比べてこちらは性別以外にも次期王にはなれないと言う事実も露呈することになる。そしてアナ様のあちらでの扱いはわからないが、この国でレオの性別を偽っていたことが発覚した場合には上へ下への大騒動になるだろう。
俺は沙汰を待つ気持ちでその次の言葉を待った。
「……いえ、私はその、事実確認を行たかっただけなんです」
対する彼女は、少し気まずげに言った。
「そんなに、その、悲しい顔をされるとは思っていなくて。そ、それに私はイーリオ国としては障害を取り除かなければいけないのですが、それ以上に私個人としては応援しているんです」
「応援?ですか?」
「はい、私は、カズキさんとレオン殿下のことを」
まさかの展開に開いた口が塞がらない。つまりこの方はこの件を黙っていてくれると言うのだ。
それはありがたい、ありがたいのだが。
「その、あなたの立場が悪くなりませんか?」
俺にできるのは微かな気遣いだけだけれど、それを聞かずにはいられなかった。
そうすると彼女はあざとく笑って、「だから、気づかなかったことにしますね」と笑った。
俺は、随分ほっとして、少し泣きそうにもなった。
レオ、君の周りには割と君に都合よく回っているようだ。
だから安心してさっさと幸せになりなよ。
ガシャン!ドタン!バサバサバサバサ
「え?」
「い、今の執務室からですよね」
「とりあえず行ってみましょうか」
ひと段落したと思ったら。新たなトラブルの種の予感に顔を見合わせて舞い戻る。
「え、なんですかこれ……」
まあ音から多少の予測はついていたが。
椅子から崩れ落ちたであろうレオ、倒れる椅子、その上で崩れる書類の山。
立ち尽くすアナ様。
「アナ様、どうされたのですか?」
一見冷静そうな彼女に聞くが彼女は「あ、その、」などと話にならない。そこで一見も冷静じゃなさそうなレオが声を上げた。
「私は!断じて!カズキと付き合っていない!」
あー、その噂も確かに侍女の中で流行っているらしいな。ビーがエルしている界隈にはあまり詳しくはないのでよく分からないが。
大方どこかで仕入れてきた噂を興味本位か何かでレオにふったのだろうか。
彼女にしてみれば冗談のつもりだろうがレオにしてみれば現在片想い中の相手から別の男との仲を勘ぐられたのだから冷静ではいれまい。
メイさんも呆れたようにため息をついた。
「まあ、冗談はそれぐらいにして。で、ちなみにそんな話はどちらから聞いたんですか?」
「あ、廊下で、侍女が」
あー。うち名物、皇后に気に入られた質の低めの侍女!
いつの間に復活したのか鬼の形相でレオがその関連の書類を探し始めた。
「とりあえず、それはデマです。全くの。安心してください」
「は、はあ」
「そして多分レオもこれから仕事が忙しくなると思いますので朝食の時にあらためてでもよろしいですか?」
「はい、わかりました」
無事にアナ様を部屋から出す。送ろうかと言ったが遠慮されたのでそのままだ。
「……」
「…………」
別れる直前、メイさんと目があった。
強く頷いてくれたその姿に胸が熱くなり、そのままアナ様に気づかれないように軽く頭を下げた。
戻った執務室は地獄だったが。
「お前、外では私の近くに寄るな」
「俺だって用もなければ行きませんよ」
「あとさっき『レオ』呼びだったぞ。気をつけろ。そう言うところから噂が流れるんだ」
「あ、マジですか?まあそんな耳敏い人そうそういないとは思いますけど、執務中ですし気をつけます」
「アナ様」
「なあに、メイさん」
「片想いでした」
「……は?」
「確認が取れました、片想いでした」
「た、確かなの?」
「ええ。本人から聞きましたし応援するって言っちゃいました。それにアナ様も聞きましたでしょう?『レオ』呼び」
「え、覚えてない。いつ?」
「私たちを追い出す直前ですよ。きっといつも二人きりの時は呼んでいるんですよ『レオ』って」
「メイさんってそう言う時に限って耳敏いよな」
「口調」