mission3 誤情報収集
「それにしても、昨日はなんか意外だったな」
この国に嫁いで二日目。朝はきっちり早起きができたので気分がいい。
朝食前にせっせと世話をやきにきてくれたメイさんを揶揄う。
「何がですか?殿下の身長差?意外とありましたか?ちなみに私は予想の範囲内でしたよ」
「誰がチビだって、そうじゃなくてだな」
普段冷静なメイさんに少しからかうように言ってやる。
「メイさんって意外と面食い?カズキさんもレオン様にもポーッとしてたよな」
正直お二人の顔面から揶揄うほど物もではなかったが、故郷では常に「私は壁!薔薇に挟まるメスは極刑!」と叫んでいた彼女が殿方に反応を示すのを初めて見たので。
「ふふふっ。気づかれましたか?」
「ま、まさか……」
それに対して何処か余裕な彼女に悟る。もしかして彼女、何も変わってない?
彼女は力強く自らの拳を握りしめると、キラキラした目で床に向かって叫んだ。
「顔の良い主従関係からの禁断の恋!本当に!いい!」
「なっカズキはともかくレオン様は俺の結婚相手だぞ⁈」
「ふっ同性同士の恋愛を隠す目的の偽装結婚というのもありますのよ!本で読みました!」
「そ、そんな……結婚相手は俺なのに!男同士で愛を育みやがって…………いや違う、俺も男だな」
「そう!どう転んでもホモしか生まれないのですこの関係は!」
「地獄か」
「天国です!」
メイさんからしたらね。
まあこんなふうには言っているが所詮は冗談である。本当にそうだったら大変だ。何しろ嫁入りというのはどんなに政略的で愛が一欠片もなかろうとある程度の仲、まあ具体的にいえば子供を作れるくらいにはお互いに情がなければいけない。『結婚』と名がついているのだから必然的に。
だからこれらは全くの冗談で、本気なわけがなかった。
「ねえ聞いた?殿下の偽装結婚!」
「もちろん!」
出た!王城名物、謎に質の低い侍女!
これは王城の廊下での会話である。いくらなんでもとは思うが、現在日が昇ってすぐという(イーリオ国的には)早起きした朝のことなので流石にこの時間にお姫様が起きているとは思わなかったというのが真相っぽいが。
それにしても偽装結婚って。メイさんでもあるまいしそんなこと言う人がいるんだ。
…………偽装結婚って言った??殿下の??
ま、まあこれも殿下のお相手を狙う人の考えかもしれないのでそれこそカズキさんとって言うような男性同士の恋愛を連想するのは早計というものだ。
偽装結婚の裏には男性同士の恋愛があるものだなんて考えは普通ない。
「みーんな言っているもの!」
……みんな言ってるんだ…………。
「男色の殿下が女の人と急に結婚なんて、おかしいって」
…………なんて?
「いいですか、ここで侍女から不確かな情報を聞き、その情報に一喜一憂するのは三流ですよ。僅かな情報から妄想に発展させてやっと二流ですの」
「なんの三流二流だよ」
「男性同士の恋愛に熱を上げる乙女としてのです。あと口調」
「ランク付けするほど大勢いますの⁈」
「まあランクは置いておきまして、今大事なのは事実関係を明白にすることです。そして私は個人的にはカズキ様とレオン殿下の恋を応援したいところですがイーリオ国王の名の下アナ様と殿下をくっつけなければいけません。職務上」
「親父も自分の名前こんな所に使われたくないと思うけどな」
「口調。そのためまず必要なのは事実確認でしょう。それも本人から。そして本人と言うと殿下とカズキさんなので、前者をアナ様、後者をアナ様がお願いします」
「どっちも俺⁈メイさんは?」
「口調。私は新たな情報を処理するのに忙しいので。それが終わっても新たな情報をもとに妄想するので忙しいので」
「暇じゃん。二人しかいないんだから分担しようよ。ていうかそれ新たな情報に左右される三流の所業では?」
「私は!三流では!ない!そしてく・ちょ・う!」
「すみませんでした顔を掴むのをやめてください」
「まあ、いいでしょう。つまりアナ様は私と協力して情報を取ってきたいと、そう言うわけですね」
「まあそうですね。他に何か?」
「いや、アナ様を主従コンビに積極的に絡めて新たな萌えを生み出そうとしていたことは気づかれてはいない?」
「そんなこと考えていたんですの⁈」
「アナ様。言いそびれましたが、一流というのは自ら恋愛要素を生み出しますの」
「最悪だ」
「というわけでどちらにもアナ様が行っていただけますか?」
「嫌ですが??」
おや?とカズキは思った。
現在朝、と言うにもただ日が昇っただけのただの夜中である。そんな時間に起きているのは朝番の従業員や単に寝ていない人間だけであるが、その少女たちはどちらにも当てはまらないように見える。それなのにこの時間に廊下をうろつく姿はどうも不思議なものに見えた。
「アナ様、メイさん、どうされましたか?」
そう声をかけると少女たち、まあこの度嫁いできた二人なのだが、二人は一斉にこちらを振り返った。仲がよろしくて結構。自らが長身なこともありなんかミーアキャットみたいだなと密かに思った。
二人は顔を見合わせるとそのアイコンタクトで何を感じ取ったのか、アナ様が口を開いた。
「その、レオン様にお会いしたくて」
可憐に指を組んでおっしゃる姿は大変可愛らしく、カズキはつい逸れそうになる恋愛趣向をその喉仏を見ることで堪えた。
「ああ、殿下ですね。それなら今……」
あれ。……レオは今執務室にいる。こんな時間だけれど。まぁそれはレオが寝ていない人間であるからこそなのだが。かくいう俺も少し仮眠をとったのみなので普通に寝不足だ。
しかし普通はこんな時間に起きているとは思わない。この少女はどうしてレオが起きていると思っているのか。
誰かに見張らせている?それとも何か俺が知らないツテがあるのか?それとも侍女たちと早くも仲を深めたのか?
「………………ま、いっか」
「え?」
「い、いえ。殿下ですね、ご案内しますよ」
何も分からないがなにぶんこの侍従、寝不足だったのでそれ以上深く考えることはできずにそのまま案内することにした。
執務室のドアを開ける。いつもの癖でノックはしなかったが、一応客人がいたので予告ぐらいしてあげればよかっただろうか。書類の束に溺れる主人を見て思う。
「あ、……ど、あ、え」
そしてだめだ、徹夜で馬鹿になっている。多分今のは「アナ様、どうしてここに。あ、もう朝か。え、どうしてここに?」てところか。まあ某アニメ映画に出演した顔しかないくせに顔がないみたいな名前のキャラクターよりかは話せているかなってところか。
「すみません、殿下は徹夜明けでして。その、よろしければまた時間を改めていただけませんか?」
「あ、お忙しいのにすみません……お仕事大変なんですね」
「え、あー、まぁ……」
普段はそう大変ではないのだが、現在レオが取り掛かっているのは全てアナ様やアナ様との結婚関係のものである。これをそう少なくはない通常業務と一緒に行なっているのでそれは忙しいだろう。
ただ一番の問題は、つい昨日初対面でアナ様に恋に落ちてしまったレオにとってはこのお仕事が推しごとに変わっていることか。
簡単に言えばいつまででもできてしまう。そのため俺は見捨てて仮眠をとりに行ったのだが。
「すみませんでした。実はその……出会って間もない中での結婚ですし、一緒の時間を取れればと……朝食を一緒に食べないかな、なんて」
「い゛っゴホゴホゴホ」
これは多分「行く」と答えたかったのだろうな。ただ寝食忘れて座りっぱなしだったために喉が声に追いつかなかっただけで。
「えっと……?」
ほらもう戸惑ってんじゃん。流石に主人が哀れになり「行くらしいですよ」とフォローを入れると、戸惑いながらも嬉しそうに微笑んだ。
「やった!じゃあ、その時に!」
「あ、はい」
「…………」
本当にそれだけだったのか、レオの修羅場具合にひいたのかは分からないがそれで話は終わりらしい。微笑んで部屋を出ようとするアナ様を、レオは少し寂しそうに見ていた。
あーもー、少しでもお話ししたいのね⁈それならそう言って引き止めればいいのに!
「……えーと、よろしければ、このまま殿下とお話ししていきませんか?」
「え、いいんですか?お忙しいでしょうに」
「はい。息抜きも必要ですので」
「あ、じゃあ、ぜひ。あ、じゃあメイさん」
「え、今ですか?」
「う、うん。だめかな?」
「……まあいいですけど。……やっぱりちょっと今の『言葉が足りなくても意思の疎通ができる主従』を味わってからでもいいですか?」
「だめですけど???」
「カズキさん」
何か分からないが二人の中では完結したらしい。諦めたように目を伏せたメイさんがしっとりと俺の腕をひいた。
「その、少し話しませんか?」
なるほど、レオと二人きりにしたいと言うのか。まあ結婚前と言ってもほとんど交流がなかったし、二人で色々話したいと言うのもうなづける。
(ただな……)
うちの限界オタク・レオは俺がいなくなったらもう限界なのだろう、縋るような目で見てくる。どう断れるかと考えていると。
「あの、レオン様。少し二人きりになりたいんですけど」
「かず……ゴホン。カズキ、席を外してもらえるか」
俺はお前のことを気遣おうとしてるの!!!陥落されやがって。婚姻前から脱がされないように気をつけろよ!