mission1 嫁入り
何が悪かったのだろう。
この、一時は傾国とも言われながらも無事一国のあるじの妻の座を射止めた母に似た流れるようなブロンドだろうか。
それとも老若男女の初恋を強奪しようとその気の強さで誰にも靡かない一番上の姉によく似た高い鼻か。
それともほとんど引きこもりの癖に国中にファンを持つ二番目の姉に似た大きな瞳か。
それともお転婆が過ぎるせいで三ヶ月にいっぺんはどこかの骨を折る末の妹によく似た小さくぷっくりとした唇か。
そしてそれらがバランスよく配置されたこの造形か。
いいや違う。これはただ単にうちの尊き伝統と偶然と親父の外交下手が引き起こしただけの出来事だ。
こんな、国の一人息子が隣の国に嫁入りなんて冗談みたいな事態になるなんてさ。
よくあるだろう?大事な大事な息子をあらゆる厄災から守るために女の子として育てるってやつ。
特にうちの国では百年ほど前に男子にしかかからない病気が大流行。まあ最近の子はやってないらしいけどうちにみたいに一応建国当時からある家はその文化が当たり前に残っていた。だから王家の世継ぎは最初のお披露目の際にやっと性別を知る、なんていうふうに緩い国だった。お婆さまの時が女王が統治していたこともあるしね。
そのため俺の名前はアナ。アナ・イーリオ。対外的にはイーリオ王国の三人目の姫である。
まあそれでうまくいっていたからこの体制で続いていたのだけど、俺の場合に少し問題が起こった。それは俺のお披露目の年の大災害。一昨年のことになるのだけどお披露目にパーティーひとつやっている暇はなく。戦争でもないのに訓練兵からそこらで暇をしていた近衛兵まで被災地に駆り出されるほどだった。
つまりとうの昔に成人を終えた十六歳の今もなお、俺はアナのままである。名前(男名)はまだ無い。
そしてついこの間、隣の大国から嫁入りの打診があったのだ。
そして持ち帰り検討すればいいものの、親父はその場で快諾してしまったのだ。
「ありえなくない⁈俺男なのに!男なのに隣の大国の王太子妃に⁈お姫様じゃん、お姫様になっちゃってんじゃん!」
「その愚痴もう聞き飽きたのでいい加減口と脚閉じてもらっても?」
現在、馬車の中である。もう後戻りはできない。
この馬車はお察しの通り婚姻のために隣国へのものである。
一緒に馬車に乗るのは俺担当の侍女、メイさん。メイドではない。侍女だ。
一応姫として嫁ぐので女性を伴わねばならず、期待の新星と話題の彼女に来てもらった。
「なんで、なんで俺なんだ。ウチは俺を除いても三人も姫がいるのに!」
「この話も散々した気がしますけど……。ちなみにポリアフ様はなんておっしゃっていたんですか?」
「……『ふん、私はこの国の女王になるのだ。婿にもらうならともかく嫁に行くだなんて、しかも他国。ありえん』」
長女のプライドの高い仕草そのまま真似してやると、メイさんはさすが似てますね、と感心したように笑った。
「まあ、ポリアフ様以外に国王になれる方はいらっしゃいませんしね。そしたらリリー様は?」
「『え、え、私?え、絶対無理無理。え?このままだと無理やり嫁がされるってこと?え、無理なんだけど。キャッ、部屋から出そうとしないで!あ、ちょ、アナちゃん!カーテン開けないで!!』」
次女のテンパり、ネガティブ具合からの少しの八つ当たりを思い出して溜飲を下げる。
「まあそうでしょうね。……一応聞いておきますがカーネ様は?」
「…………『あ、アナねえ様、安心してください。お姉様たちの都合がつかないのであれば!イーリオの姫の一人としてわたくしが役目を果たして参りますわ!早速準備を……キャア!こんなところに階段が!』って言って階段から落ちて骨折してた」
末妹を見ているともしかしてうちの階段は定期的に場所を移動しているのかと思ってくる。
「そうですね、カーナ様の住む家にはスロープや手すりが必須なんでしょうね。では旦那様は?」
「『悪い!最初っからアナが嫁げばいいと思って了承しちまった!』」
分け隔てなく()姉妹と一緒に育てられました。
「奥様は?」
「『…………がんば!』」
彼女は割と常識人な一面もあるので、この言葉は多分僕を含め四姉妹の行く末を懸念しすぎて思考を放棄した言葉だ。
「なるほど、お二人らしい言葉ですね」
ちなみにメイさんの家は代々うちに仕えていていわば幼馴染のようなものだ、遠慮がない。
隣国といっても馬車で半日。そろそろ城に着きそうだと御者から伝達があった。
「では今後とも異国の地で一緒に頑張って行くメイからも、一言よろしいでしょうか」
そうか、状況によってはこの城で俺たちはたった二人きりの味方。病める時も、健やかなる時も、男子だとバレた時も味方でいてくれる相棒に、俺は笑顔を向けた。
「ああ、頼む。とっておきの、やる気が出るやつを頼む」
メイさんはグッと拳を握って激励するように言った。
「隣国の王子に嫁ぐ女装男子ネタ、すごく美味しいです!恋バナいっぱいしましょうね!」
そうだ、メイさんは男性同士の恋愛にお熱を上げる人だった。
味方だったと思っていた人が実は一番の敵だったというのもある種定石だよなとぼんやり思った。
嫁ぎ先は、城でした。
いや分かっていたことではあるけど。予想以上に城だった。
僅かな領土しか持たない自分のところとは比べ物にならない。見上げても天辺の見えない塀、真っ白な外壁、色とりどりの花々。というか普通に城がでかい。俺はポカン開けた口を頻繁にメイさんに閉じてもらうほどだった。
とうとう城に入る直前に脇腹を肘で刺された。
「アナ様、その呆けた顔をやめてください。舐められます」
「わ、分かってるけど!いや、なんか全部が大きく見えて……」
心細くそう漏らすと、メイさんは鼻で笑った。
「確かにアナ様の身長的には大きく見えるかもしれませんね」
「誰がチビだ」
「口調」
「!うす」
「口調」
「はい」
力関係は明白。これでも姫()なので言葉遣いが乱暴だと指導が飛んでくる。
ちなみに俺の身長は160センチ。まだまだ成長期だ。
そんな軽口を囁き合っていると、玄関で待っていてくれた人が堪えきれないとでもいうように吹き出した。聞こえていたらしい。思わず俺たちは顔を見合わし、メイさんはきつめに俺の腹を刺した(肘で)。
侍従だろうか。きっちりと服を着こなした長身の男だ。薄いフレームの眼鏡がその奥の冷たい目つきを演出していた。
「失礼……その、随分と、仲がいいようで」
「えっと、その、はい、えー……」
「差し出がましいことをいたしました。申し訳ありません」
「いえいえ。その、うちも主君とは幼い頃からの仲なので人の目がない時は同じようなものですよ。それにお隣さんとはいえこれからは新天地での生活になりますし。仲の良い方と一緒に来られる方がよろしいでしょう」
「……!ありがとうございます!!」
メイさんが感激したように頭を下げた。なんというか、見た目と違って随分いい人そうで安心した。
「紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私は殿下に仕えさせていただいております、カズキです。今後ともよろしくお願いいたします」
「アナ・イーリオです。こちらはメイ。よろしくお願いします」
とりあえず挨拶をする。メイさんはなんだかポーッとカズキさんを見ながらもきっちり頭を下げていた。さすがである。
「どうされますか?長旅でお疲れでしょうからまず部屋にご案内しますね。……それとも先に主君にお目通りいただけますか?」
「えー。そうですね……」
別に俺は馬車に乗っていただけなのでそう疲れてはいない。メイさんも俺より体力があるので大丈夫だろう。ただまあなんかさっきメイさんポーッと?ぼーっと?していたし休憩を挟んだ方がいいかな?
「アナ様、アナ様」
迷っていると後ろから肩を叩かれた。
「疲れてませんよね疲れてませんね私たち。もしよろしければご挨拶伺ったらどうですかアナ様もどんな人と結婚するのか気になりますよね?」
「え、まあ、うん」
いつになく押しの強い様子に戸惑うがメイさんがこうして自分の意見を通す時は男性同士の恋愛模様が見れそうな時を除いて俺のためになる時のみである。
「じゃあ、お願いします」
「承知いたしました。……こちらから提案しておいて申し訳ありませんが、今殿下は婚礼式の準備で執務室にいますので、近くの部屋を準備させます」
「ありがとうございます」
お気遣いなく、とも思ったが嫁いで来た初日の嫁に国の書類が揃っている執務室をそのまま案内させるわけにはいかないのだろう。黙ってついていく。
いざ城内を歩くと、外観に違わず豪奢な作りだった。もうこんなのを知ってしまったら実家を城とは言えなくなりそうだ。もうあんなん館だ館。ちょっと防犯に力を入れてるぐらい。
まあ育ちが育ちなので圧倒されはするが一応王族として浮き足立つことはない。それよりもチラホラ見えるメイドがコソコソと噂しているのを遠目に見つけ、そればかりに気が向いてしまう。
「…………」
ほんの一部であるだろうが、使用人の質が低いな。正直がっかりしてしまった。
多分王妃になったらそこらへんの改革もしなくてはいけないのだろうか。今から面倒臭い。
チラリとカズキさんを見ても特に気がついていないようでこちらに目を向けることがない。まあこの女性特有の微妙な感じ悪さは男子どもには分かりにくいのかもしれない。自分は女性に囲まれているから分かったけど。
「こちらでございます」
そう歩かずにこれまた豪奢な扉を見つける。他と比べても結構いいお部屋なので女性使用人はともかく殿下やそのお付きからは歓迎されているらしい。
促されるままに入ると、これもまた品のいい部屋に品のいい麗人がいた。
柔らかい雰囲気と大きな瞳が特徴的な方で、背は俺より高いくらい。綺麗に伸ばされている金髪も綺麗で絵本に出てくる王子様みたいな、これはモテるなって感じ。
美女は見慣れているが美男は見慣れていないので正直感想というより分析みたいになってしまったが、やはり美人さんなのだろう。後ろでメイさんが息を呑んだような気がした。
「初めまして。イーリオ王国から参りました。アナ・イーリオです」
嫁入りの際の挨拶なんてわからないので家族に対するのとも初対面の自国よりも国力のある王族相手とも違う中地半端なものになる。
「レオン・ハーヴィーだ。ぜひレオンと呼んでくれ。……君に出逢えて嬉しい。私は幸せ者だ」
そんな間抜けな挨拶に彼は微笑むと、握手を求める手を差し出された。
「今後とも、よろしく頼むよ。私のお姫様」
他国の王族に1姫が握手を求められることがなかったので、少し驚く。
少し感動しながらその手を握るとと皮の硬い掌で驚く。
親父の手にあるようなペンダコ、騎士にあるような剣ダコ、細かい傷。その全てが柔和なだけの王子でないと訴えている。
俺はまだこの人のことを何も知らない。この人だけではなく、この国も、城も、自分の現状も。
でもこの手は信用できる手だ。
働き者で、努力家な手だ。
正直急な結婚だったし、急に外国に行くことが決まったし、しかも女装したままだし、なんか歓迎されてないっぽいし。
まだよく分からない嫁ぎ先で、この手だけは信じられると、何となく思った。