ラジオから声が聞こえる
今回のこの作品は、「夏のホラー祭」の参加を目的として書いたものです。ホラーは苦手ですが、それでも頑張って書きました。どうぞ読んでみてください。
ある夏休みの中の一日。小学生のタイチは退屈していた。ゲームの充電はないし、友達は塾やら習い事やらで忙しいし、宿題なんてつまらないもの、夏休みの終わる三日前に開封するくらいがちょうどいい。
だから適当にリビングで寝っ転がり漫画を読んでいたのだが、「ピンポーン」とインターフォンが鳴り、母さんが慌ててボタンを押した。画面の向こうの訪ね人と少し話して、会話を終えると、母さんはソファーで寝ている父さんを引っ叩いて起こした。父さんは「ふがっ」と起き上がる。
「母さん? どうかしたの?」
「どうもこうもないわ、パパ。ミチコさんが来たのよ。今年は外国に行かなかったのかしら?」
「さあ、僕にはわからないなあ」
両親があわあわと玄関に行くのを見ながら、タイチはうんざりした。タイチは、父さんの妹のミチコおばさんが苦手だった。いつもやけに明るいし、舌はよく回るし、家に来たら軽く数時間は居座っているのだ。
自分の部屋で読もうと本をまとめていると、両親より一足早く、ミチコおばさんがリビングに入ってきた。ミチコおばさんは、「まあ、なんて涼しいんでしょ!」と叫ぶ。
「外は炎天下なんですよね、義姉さん。麦茶を頼んでもいいでしょうか?」
「ええ、もちろんよミチコさん。今年はどこかに行かなかったの?」
母さんが麦茶をコップを持ってきて訊くと、ミチコおばさんはコップをぐいっとあおって、ぷはあ、と息を吐いた。
「いいえ義姉さん。もちろん行きましたよ。とは言っても日帰りばかりを繰り返していますの。今年はそういう気分なんですよ、」少し目を伏せて、からっていた大きなリュックに手を突っ込む。「もちろんお土産もありますわ。どれがいいかしら? たくさん選んできたんです」
そら来た、とタイチは思った。そうなのだ。タイチはミチコおばさんのこういうところが一番嫌いだった。
おばさんは毎年夏になると、必ずどこかに旅行する。元から旅行大好き人間なのだが、やはり仕事の都合もあるため、夏にたっぷり有休を取るのだ。そして旅する。そこで手に入れたものを誰かにあげる。それが一番楽しいみたいで、変なものはことごとく断られるため、物腰穏やかなタイチの両親がその変なものの贈り相手として、ターゲットにされていたのであった。
さて、今年は一体どんなモノが出されるのやら。
タイチが横目でうかがっていると、ミチコおばさんが取り出していくものは、おおむね普通だった。よくわからない置物、よくわからない食べ物、よくわからない柄の扇子。
旅行のお土産にとって、『よくわからない』は枕詞のようなものだ。タイチが「今年はそんなに変なのはないな」と安心していると、それはリュックから出た。
それとは、古びれたラジオのことだった。少し錆びてもいるし、そもそも動くのかすら怪しい。だけどタイチはとてつもなく惹かれた。そのラジオは、小さく未熟な男の子一人を誘惑するほどの力はないと、思われたが。
「まあ、今年もたくさんあるんですね、ミチコさん」
「そうですよ、義姉さん。このラジオなんかいい形じゃありませんか? 少し古ぼけてはいますけどね。私が田舎の方に行った時に、なんともしれない雑貨屋から買ったんですよ。店番のおばあさんがいうには、『呪われているラジオ』なんだと。夏ですし、ちょうどいいじゃないですか? どうです、兄さん家族のためにと思って買ったのですが」
いつもなら「まあ、それなら貰わないわけにはいきませんねえ」と穏やかに言う母さんの表情が、ピシリと固まった。母さんは、お化けとか呪いとか、そういう類いのものに一切関わりたくないタイプの人間だった。
「……ミチコ、悪いけど、それは受け取れないよ。うちはラジオは聴かない主義なんだ」
兄の言葉に、ミチコおばさんは「まあ」と肩を落としたけれど、すぐに何も気にしていないかのように、土産物を並べた。
「それなら、土産話をしましょうかね。それと世間話もね。私は友達が少ないものですから——」
それから母さん、父さん、ミチコおばさんはテーブルを囲んで、話に花を咲かせた。タイチはそれまで黙って寝転がっていたが、すくっと立ち上がり、慎重に、床に置かれたラジオに近づくと、拾い上げて自分の部屋へと走った。タイチは、どうも好奇心を止められなかった。
「これ、動くのかな」
適当にかちゃかちゃと鳴らしてみる。ボタンを押すと、「ザーッ、ザーッ」と不快な音が流れて、タイチは顔をしかめた。もうラジオの魔力は切れかけだった。なんだつまんないの、と言ってベッドの上に投げ出す。すると、声がした。
『俺はどうなるんだ?』
男の声だった。タイチはびくりとして、あたりをキョロキョロと見渡す。誰もいない。
尚もハアハアと息を繰り返していると、声はまた聞こえた。
『ここだよ。ベッドの上さ』
ベッドの上? ま、まさか。
恐る恐るタイチがベッドの上を覗くと、ラジオから音が流れた。
『俺はどうなるんだ?』
タイチは、「うわあああああ」と悲鳴をあげて、ドアまで走った。が、ドアノブを掴もうとした手を止める。そして、ベッドの前に戻った。何が何やらわからないが、面白そうだし、ちょうど今は暇だった。やりたくもない宿題をさせられるより、こっちのがずっといい。
『なあ、坊主。俺はどうなるんだ?』
タイチはずっと訊かれていたその質問に、特に深く考えることもなく答えた。
「多分、ゴミ箱だろうな」
それは半分正解であり、半分不正解であった。
ミチコおばさんはたとえ受け取られなかったお土産でも、自分で大切に保管するし、だけれど、もしおばさんが勝ってタイチの家に押し付けられたら、それこそゴミ箱行きは確定だった。なんなら、神社で供養するかもしれない。そのくらい、タイチの家では心霊系は禁忌だった。
『ゴミ箱だと?』
「捨てられるってことさ」
そう気楽にタイチが答えると、ラジオが震え始める。それはどんどん大きな震えになっていき、ついにはベッドまで揺らすほどになった。
驚くタイチを前に、ラジオは痛切に叫ぶ。
『嫌だ!!!! 捨てられたくなんかない!!!! 出してくれ、ここから、出してくれ!!!!』
タイチの鳥肌は、足元からぶわわっと逆立った。「出してくれってなんだよ……」タイチの声が、ラジオの音声によって遮られる。
『出してくれええええ!!!!』
すると、幾千もの黒く小さな蝙蝠の群れが、ラジオから出てきた。それは「ピシャァァ」と鳴き声をあげ、その獰猛な瞳を光らせながら、タイチを包み込んだ。タイチは口の中に泥でも入ったのかと思うくらい、不快な気分になった。
……。
やがて蝙蝠の群れは、元通り、ラジオにおさまっていった。残されたタイチはまだ揺れるラジオを見て、ニタァッと笑った。耳まで裂けるくらいの笑みだった。その笑みは、タイチのものではなかった。
タイチは三人の元へと戻った。
……『出してくれ』と泣き喚くラジオを一つ残して。
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