三輪車爺だよ、石川さん!
チャリで巡回中の出来事だった。
「おお、駐在。巡回か?」
三輪車に乗ったムキムキ老人、佐々岡さんが現れた。
正直無視したかったが、人目も多かったので仕方なく返事をする。
「こんにちは佐々岡さん。あと、その三輪車まだ乗ってんの?」
「おう。儂の相棒や」
自慢げに笑う佐々岡さん。
うん。ダサい。怖い。
「前も言ったけど、事情を知らない人が見たら完全に不審者だぞ? 佐々岡さんよことでこれまでに観光客が8人駐在所に駆け込んできた」
「ハッハッハ。儂も人気やな」
「違えよ!」
駐在所に来る相談や通報で、1番多いのは佐々岡さんと鈴村に関することだ。
正直、この2人が村1番の問題児である。
うんざりしながら、俺は立ち去ろうとするが。
「なあ、駐在。儂は今ものすごく暇なんやけど……」
「……何にも付き合わんからな」
「儂とレースせんけ?」
「……は?」
俺の脳は、このジジイが何を言っているのか理解できなかった。
「三輪車とチャリ、どっちが速いか勝負や」
「はぁ⁉︎ やらねえよ!」
すると、佐々岡さんは……。
「儂に勝ったら小宮のとこのラーメン奢ってやろう」
「よしやろう」
その瞬間、俺のチャリはロケットスタート。
落ちていた葉っぱやゴミが空高く舞い上がるほどの速さであった。
だが、佐々岡さんも負けてはいなかった。
「フライングとは卑怯じゃぞ!」
気づけば、すぐ横に三輪車に乗った老人がいた。
「ば、馬鹿速い……!」
「ジジイを舐めんな、だら! ほらほら、もっと飛ばすぞ! それぇい!」
さらに加速する佐々岡さん。
俺のチャリと三輪車はどんどん離されていく。
「……完敗だ」
猛スピードで走り去っていく老人の背中を見つめながら、俺は素直に負けを認めたのだった。
翌日。
何気なくニュースを見ていた俺だったが、あるニュースの見出しを見て、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
アナウンサーは、淡々と告げる。
「昨夜、高速道路に侵入し、トラックや自動車を次々に追い越していった三輪車でしたが、今朝、警察が三輪車に乗っていた老人を、道路交通法違反で逮捕しました」
その後、前科持ちになって帰ってきた佐々岡さんだったが、尚もレースを挑んでくるため、懲りてはいないようであった。