お猿さんだよ、石川さん!
「駐在さん! 頼みあるねんけど!」
朝一番、中岡さんが駐在所に乗り込んできた。
俺はまだ閉じようとする目を擦りながら、応じる。
「なんだよ? また鈴村か?」
「違うわだら! 佐々岡さんのことや!」
……またか。
正直言って、佐々岡さんに関する相談が多すぎて参っている。
三輪車に乗ってる姿が不気味すぎるだの、鈴村と喧嘩して大暴れしているだの、やりたい放題なじいさんで困っている。
「……また三輪車の件?」
「だら! 佐々岡さんが家に勝手に入ってきて、部屋を荒らし回っとるんやって!」
「はぁ⁉︎ とうとうこの村にも重大犯罪が⁉︎」
俺はすぐさま駐在所を飛び出してチャリに跨り、中岡さん宅へと急ぐ。
着いてみると、ちょうど佐々岡さんが家から出てきたところだった。
俺はすぐさま手錠を取り出し、筋骨隆々の老人に飛びかかる。
「強盗確保ぉ!」
「な、なんやあ⁉︎」
突然の襲撃に、佐々岡さんは怯んでいるようだ。
俺は通行人達にも呼びかける。
「男は手伝って!」
「よ、よし来た!」
「任せろ駐在さん!」
周りにいた男達が、一斉に佐々岡さんに覆い被さる。
8人がかりで、なんとか大男を取り押さえたかと思いきや。
「こんのだらどもぉぉ!」
「どわぁぁぁ⁉︎」
全員が一度に投げ飛ばされた。
「猿?」
「ああ。儂の朝食を奪って逃げてったんや! とっちめてやろうと思って追いかけて行ったら、中岡さんの家に入ったんでな」
ボコボコにされた俺達は、正座したまま佐々岡さんの話を聞いていた。
どうやら、この村に猿が出没したらしい。
山奥の村なので、猿が現れるのは仕方のないことだが、子供達に危害を加えられてはたまらない。
「猿が出たのはわかったが、勝手に侵入して荒らすのは見過ごせないから逮捕な」
「きかんやっちゃな。やれるもんならやってみい」
「あーっ! 公務執行妨害ぃ!」
激しい言い争いが始まり、加勢に応じた男達は、やれやれと言わんばかりに頭を振った。
その時。
「どわっ⁉︎」
俺の頭の上に何かが飛び乗ってきた。
あまりの重さに、俺はバランスを崩して倒れかける。
「猿じゃ!」
佐々岡さんが叫ぶ。
途端に俺の頭が軽くなり、男達から悲鳴が上がる。
「うわーっ!」
「猿だぁ!」
そして、俺はそいつと目が合ってしまう。
赤ら顔に、茶色い体毛。
小坊のように小柄な体。
猿だ。
「おのれーっ!」
佐々岡さんの巨体が、猿に向かって飛びかかる。
しかし、猿は簡単にそれをかわす。
佐々岡さんは男達に激突し、もつれあって倒れる。
猿は、そんな彼らを嘲笑うかのように鳴くと、塀の上を走ってどこかに消えて行った。
「おのれー! あのクソ猿が! ただじゃおかんぞ!」
「たしかに、あれはほっとくわけにはいかないな」
俺は、助けを借りて起き上がる男達を見る。
猿を追いかけて暴走した佐々岡さんによる被害が出る前に、あの猿を止めるべきだ。
こうして結成された猿討伐隊は、リーダーの佐々岡さんとサブリーダーの俺、そして8人の男達で構成された。
虫取り網やスコップ、フライパンなどで武装した男達は、群れをなして村を歩き回った。
当然、村人達は驚いて遠巻きに見つめるばかりだった。
俺は警棒に盾といった完全武装である。
聞き込みを行い、少しずつではあるが猿に迫っている……と思う。
学校の宮坂校長とのやり取りはこんな感じだ。
「猿を見なかったか?」
「あっちだ。畑の瓜を食われたって、樫本さんがキレてたよ」
そして、樫本さんの畑へ直行。
「猿の奴なら向こうの駐車場に行ったよ。さっさと捕まえなよ」
だいぶ怒りは収まったようだったが、それでも怒りは十分伝わってきた。
そして……。
「うわーっ! なんだよこいつ!」
聞き覚えのある悲鳴。
見れば、鈴村のグループが猿に襲われていた。
鉄パイプで応戦しているようだったが、猿は華麗な身のこなしで暴走族を蹂躙する。
「ほう。すごい運動能力だな」
「やな」
他の男達もうんうんと頷く。
「ちったぁこっちの心配をしろ!」
暴走族達に怒鳴られるが、気にしない。
「鈴村さん! そっちいった!」
「う、うわーっ!」
「兄貴ーっ!」
顔面をバリバリ引っ掻かれる鈴村。
俺達は思わず顔を背ける。
俺が視線を戻したときには、猿は倒れた鈴村を飛び越えて走り出していた。
「追いかけるぞ!」
「おう!」
俺達は武器を手に、猿を追いかけていく。
猿はやはりすばしっこく、着いていくだけで精一杯だった。
そこら中を走り回る猿を、討伐隊は懸命に追っていく。
そして……。
とある物置小屋の中に飛び込んだ。
「猿はあそこだ! 行くぞ!」
一斉に突入する10人の男達。
だが、薄暗い物置小屋の中を見た俺達は、絶句した。
小屋の中には、床が見えなくなるほどの猿がおり、俺達を殺気立った目で睨みつけてきていたのだ。
猿の大群が、小屋の中にいた。
「嘘だろ……」
「ヤバくね?」
思わず尻込みする男達だったが、俺と佐々岡さんは怯まなかった。
「向こうは全面戦争がお望みのようだぞ。猿の星にしたいようだから、とっちめてやらねえと」
「儂も同意見や。ぶっ潰す」
それを見た男達も、勇気をふりしぼって武器を構える。
猿と討伐隊。
約30対10。
全面戦争が、幕を開ける。
「行くぞォ!」
飛びかかってくる猿達に、俺達は雄叫びを上げながら突っ込んでいった。
激しい戦いは、真夜中まで続いた。
三日月が頭上に登る頃には、討伐隊も猿もボロボロになり、皆で床に倒れている。
窓から差し込む月光が、俺と元凶の猿を照らす。
「……なかなか、やるじゃねえか」
「ウキキ……(お前もな……)」
手を取り合う、俺と猿。
奇妙な友情が芽生えた日であった。