田植えだよ、石川さん!
「待て馬鹿野郎! 違法駐車は罰金だぁ!」
「待つかよ、タコ!」
猛スピードで村を走り回る鈴村のバイクを、俺はチャリを漕いで全力で追跡する。
鈴村の馬鹿は、今日も人様の敷地内にバイクを止めやがったのだ。
制裁を加えるべく待ち構え、ノコノコやってきた鈴村と取っ組みあったが、不覚にも逃げられてしまった。
それで、今に至る。
色々改造された鈴村のバイクは恐ろしく速く、俺のチャリでも追いつけないぐらいだ。
暴走族と駐在さんの追いかけっこは、この村の名物になりつつある。
村人達、特にガキ共は面白がって見ているが、俺や鈴村からすればそういうわけにはいかない。
これは見せ物じゃない。
悪を成敗するための戦いなのだ。
バイクは正面の家の玄関を破り、中を荒らしながら直進。
俺のチャリも、鈴村を追って家に突入し、ぶっ壊された内部に追い討ちをかける。
「何しとんねん! このだらがぁ!」
家主のおっちゃんに怒鳴られたが、今は気にしている暇はない。
壁を突き破って外に出た鈴村を、俺は必死に追っていく。
「そこのバイク、止まれぇ! 違法駐車とノーヘル、その他諸々の罪で逮捕するぅ! 駐在所の飯はもちろん、俺の手作りだぁ!」
「絶対嫌だ! つーかしつけーぞテメー!」
「村の安全と平和を脅かす存在は、駐在さんである俺が排除せねばならんのだよ! フハハハ!」
「テメーも十分安全脅かしてんぞ!」
「何⁉︎」
俺も安全を脅かしているだと?
心外だ!
俺が村の平和にどれだけ貢献してきたと思ってるんだ。
それで安全を脅かしてるとか笑。
俺も報われない男だ。
鈴村との追いかけっこでボロボロになった住宅街を、俺は走った。
「やっぱりとんでもないね、あの駐在さん」
「鈴村を追っかける度に村をぶっ壊すんだもん」
護身のために鍋を頭に被った中岡さんと瀬尾のおっちゃんが、道端でそんなことを話していたが、俺は気にせずに鈴村を追った。
「御用だぁ! お縄につけぇ!」
「とっつぁん、またな〜!」
自然と変な会話が飛び出すが、2人の追いかけっこは熾烈を極めている。
逃げるバイク。
追うチャリ。
逃走する暴走族。
追跡する警官。
激しい鬼ごっこは、突如として終わりを迎える。
「あ?」
「げっ」
熱中しすぎて、前方を見ていなかった。
気づけば目の前には田んぼがあり、帽子を被った女が、稲を植えていた。
「うわぁぁぁっ!」
「どわぁぁぁっ⁉︎」
急なことで曲がれず、バイクとチャリは田んぼに向かって突っ込む。
そして、ちょっとした坂道に乗り上げ、そのまま跳躍。
「んあ?」
稲を植えていた女は、田んぼの水面上に現れた影に気づき、上を見上げ……。
「ぎゃーっ!」
バイクとチャリともつれ合うようにして、田んぼの水の中に消えた。
俺と鈴村は、お互いの乗り物から放り出され、田んぼの中にドボン。
すぐに逃走を図った鈴村だったが、俺の警棒が許さなかった。
「神妙にせいっ!」
「ぐえ〜っ……!」
警棒で鈴村の首を絞め、確保。
もがく鈴村は、泥水を周囲に撒き散らし、俺もそれを被った。
だが、鈴村は俺から逃げられない。
俺は勝利を確信して、高らかに笑った。
……が。
急に周囲が陰り、俺と鈴村は同時に上を見上げる。
そこには、先程バイクとチャリに巻き込まれた女が、鬼神の表情を浮かべて立っていた。
「あ……樫本さん。お元気そうで何より……」
「あたしの田んぼに何するんだい! このボンクラ共!」
「ひぃっ!」
思わず縮み上がる俺達。
樫本さんは尚も怒鳴り続ける。
「今は大事な田植えの時期なんだよ⁉︎ それをよくもあんたら……!」
「こ、この件は全て鈴村が悪いんです」
「ま、マッポ?」
こっちを見つめる鈴村を無視し、俺は続ける。
「こいつが暴走してたら事故ったというわけで……つまり、裁くならこの暴走族だけにしといてください!」
「マッポぉ!」
半泣きになってこっちを見つめてくる鈴村。
しかし、俺はそれを無視して鈴村を突き出す。
樫本さんは彼を受け取ると、ぐいっと顔を近づける。
「さあ、どうしてやろうかね?」
「い、命だけはご勘弁を!」
冥福を祈るぜ、鈴村。
「そ、それでは本官は公務がありますので……」
敬礼してその場を去ろうとする俺だったが。
「待ちな」
「はい」
背後から呼び止められ、俺は定規のように背筋を伸ばす。
「あんたもだよ」
「え……」
「駐在さんだろうが容赦しないからね! さあ、こっちに来な!」
首根っこを掴まれて泥の中を引きずられる。
あ、これ俺死ぬわ。
俺は鈴村の隣に正座させられた。
冷たい泥の感覚を下半身で味わっていると。
「さあ、あたしの田んぼをめちゃくちゃにしてくれたんだ。どう落とし前つけてもらおうかね?」
「命だけは……」
「ご容赦を……」
泥水に顔を突っ込んで、土下座する俺達。
「命なんか取らんよ。あんた達の命なんかほしくもないね」
「それはそれで傷つくぞ」
顔を顰める俺達を、樫本さんは睨みつける。
「じゃあ、こうしようか」
と、言うわけで。
「しっかり頼むよ! あたしゃ出かけてくる」
去っていく樫本さんを、俺達は手を振って見送る。
俺と鈴村の足は田んぼの泥水に浸かったままであり、両手には稲が握られている。
「……さて、どうする」
「どうするって、やるしかねえだろ。お前やっとけよ、マッポ」
しれーっと稲を手渡してくる鈴村。
その手を払い除け、俺は大人しく田植えを始める。
「サボったら、それこそ鎌で斬られるぞ?」
「……やろーと思ってたんだよ。うん」
2人で、黙々と作業に打ち込む。
鈴村の家は農家であり、奴の植えた稲の列は、そこそこ丁寧な出来だった。
そして、鈴村の奴は何かと俺を注意してくる。
「そこ、ずれてんぞ。丁寧にやれ」
「馬鹿か? 適当に植えとけばいいってわけじゃねえんだ。そんな稲じゃ、米にして食う奴が哀れだぜ」
鬱陶しいったりゃありゃしない!
そもそも、こんなことになったのは鈴村のせいだ。
あいつがバイクで暴走して、この田んぼをめちゃくちゃにしなければ……。
許すまじ、鈴村。
泥だらけになり、大声で怒鳴り合いながらも、田植えは順調に進んでいく。
そして、田んぼには稲による綺麗な列が幾つも完成したのだった。
「終わったぁ!」
「よっしゃぁぁ!」
思わず2人でハイタッチ。
互いに顔を見合わせ、顔を逸らし、自分の服で手を拭う。
「さあ、終わった終わった。樫本さんに報告に行こう」
「そーだな」
俺達は田んぼから出ると、樫本さんを探すべく歩き出す。
2人で道を歩き、樫本さんの姿を探す。
「……いないな」
「どこだよ、あのババア」
苛立つ鈴村を抑え、俺は再び捜索を開始する。
その時。
「おいマッポ! あれ!」
鈴村が叫ぶ。
俺は反射的に振り向いた。
樫本さんが、そこにいた。
しかも、若い男と一緒に。
「……」
「……」
互いに見つめ合う俺達。
樫本さんは若い男と、こんなことを話していた。
「その服、お似合いですね」
「そうですか。よかった……。僕、ファッションセンスないですから」
「あらあら、謙遜しちゃって」
「あはは」
「うふふ」
俺達の目つきが、汚物を見るものに変わった。
「あいつ、俺達に田んぼの仕事押し付けてデートってか?」
「で、デートは許せねえ……!」
そして、再び視線を通わせる。
「……これは」
「……やるしかねえな」
翌日。
予想通り、樫本さんが駐在所に怒鳴り込んできた。
「あんた、何てことしてくれたんだい! あたしの田んぼによくも……!」
顔を真っ赤にして怒鳴る樫本さんに、俺は余裕の笑みを返す。
「あれ、ご存じない? 流行りの田んぼアートってやつですよ」
「ふざけんじゃないよ! あの人はあたしの彼氏さ! 浮気なんかしてない!」
「どーだか。歳の差ありすぎて疑っちまいますよ」
男と一緒の樫本さんを目撃した俺と鈴村は、復讐を決意した。
頑張って植えた稲を並べ替え、文字を作ってやったのだ。
『ウチは樫本っ! 若い男、奪っちゃった♡』
当然、他の人の目に留まり、大勢の村人達が樫本さんの家に押し寄せてきたらしい。
それで、犯人である俺をとっちめにきたと。
「仕事サボってデートなんかする方が悪いんですよ。俺なんて47年間彼女がいたこともないんだ。リア充爆ぜるべし」
「なっ……あんたって人は!」
「一名様、お帰りでーす」
盾を持ち出し、樫本さんを駐在所の外へ押し出すと、俺はピシャリと入口を閉めてしまった。