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駐在さんだよ、石川さん!  作者: エンタープライズ窪
5/10

田植えだよ、石川さん!

「待て馬鹿野郎! 違法駐車は罰金だぁ!」


「待つかよ、タコ!」


 猛スピードで村を走り回る鈴村のバイクを、俺はチャリを漕いで全力で追跡する。


 鈴村の馬鹿は、今日も人様の敷地内にバイクを止めやがったのだ。


 制裁を加えるべく待ち構え、ノコノコやってきた鈴村と取っ組みあったが、不覚にも逃げられてしまった。


 それで、今に至る。


 色々改造された鈴村のバイクは恐ろしく速く、俺のチャリでも追いつけないぐらいだ。


 暴走族と駐在さんの追いかけっこは、この村の名物になりつつある。


 村人達、特にガキ共は面白がって見ているが、俺や鈴村からすればそういうわけにはいかない。


 これは見せ物じゃない。

 悪を成敗するための戦いなのだ。


 バイクは正面の家の玄関を破り、中を荒らしながら直進。

 俺のチャリも、鈴村を追って家に突入し、ぶっ壊された内部に追い討ちをかける。


「何しとんねん! このだらがぁ!」


 家主のおっちゃんに怒鳴られたが、今は気にしている暇はない。

 壁を突き破って外に出た鈴村を、俺は必死に追っていく。


「そこのバイク、止まれぇ! 違法駐車とノーヘル、その他諸々の罪で逮捕するぅ! 駐在所の飯はもちろん、俺の手作りだぁ!」


「絶対嫌だ! つーかしつけーぞテメー!」


「村の安全と平和を脅かす存在は、駐在さんである俺が排除せねばならんのだよ! フハハハ!」


「テメーも十分安全脅かしてんぞ!」


「何⁉︎」


 俺も安全を脅かしているだと?

 心外だ!


 俺が村の平和にどれだけ貢献してきたと思ってるんだ。

 それで安全を脅かしてるとか笑。


 俺も報われない男だ。


 鈴村との追いかけっこでボロボロになった住宅街を、俺は走った。


「やっぱりとんでもないね、あの駐在さん」


「鈴村を追っかける度に村をぶっ壊すんだもん」


 護身のために鍋を頭に被った中岡さんと瀬尾のおっちゃんが、道端でそんなことを話していたが、俺は気にせずに鈴村を追った。


「御用だぁ! お縄につけぇ!」


「とっつぁん、またな〜!」


 自然と変な会話が飛び出すが、2人の追いかけっこは熾烈を極めている。


 逃げるバイク。

 追うチャリ。


 逃走する暴走族。

 追跡する警官。


 激しい鬼ごっこは、突如として終わりを迎える。


「あ?」


「げっ」


 熱中しすぎて、前方を見ていなかった。

 気づけば目の前には田んぼがあり、帽子を被った女が、稲を植えていた。


「うわぁぁぁっ!」


「どわぁぁぁっ⁉︎」


 急なことで曲がれず、バイクとチャリは田んぼに向かって突っ込む。

 そして、ちょっとした坂道に乗り上げ、そのまま跳躍。


「んあ?」


 稲を植えていた女は、田んぼの水面上に現れた影に気づき、上を見上げ……。


「ぎゃーっ!」


 バイクとチャリともつれ合うようにして、田んぼの水の中に消えた。


 俺と鈴村は、お互いの乗り物から放り出され、田んぼの中にドボン。

 すぐに逃走を図った鈴村だったが、俺の警棒が許さなかった。


「神妙にせいっ!」


「ぐえ〜っ……!」


 警棒で鈴村の首を絞め、確保。

 もがく鈴村は、泥水を周囲に撒き散らし、俺もそれを被った。


 だが、鈴村は俺から逃げられない。


 俺は勝利を確信して、高らかに笑った。


 ……が。


 急に周囲が陰り、俺と鈴村は同時に上を見上げる。


 そこには、先程バイクとチャリに巻き込まれた女が、鬼神の表情を浮かべて立っていた。


「あ……樫本さん。お元気そうで何より……」


「あたしの田んぼに何するんだい! このボンクラ共!」


「ひぃっ!」


 思わず縮み上がる俺達。

 樫本さんは尚も怒鳴り続ける。


「今は大事な田植えの時期なんだよ⁉︎ それをよくもあんたら……!」


「こ、この件は全て鈴村が悪いんです」


「ま、マッポ?」


 こっちを見つめる鈴村を無視し、俺は続ける。


「こいつが暴走してたら事故ったというわけで……つまり、裁くならこの暴走族だけにしといてください!」


「マッポぉ!」


 半泣きになってこっちを見つめてくる鈴村。


 しかし、俺はそれを無視して鈴村を突き出す。

 樫本さんは彼を受け取ると、ぐいっと顔を近づける。


「さあ、どうしてやろうかね?」


「い、命だけはご勘弁を!」


 冥福を祈るぜ、鈴村。


「そ、それでは本官は公務がありますので……」


 敬礼してその場を去ろうとする俺だったが。


「待ちな」


「はい」


 背後から呼び止められ、俺は定規のように背筋を伸ばす。


「あんたもだよ」


「え……」


「駐在さんだろうが容赦しないからね! さあ、こっちに来な!」


 首根っこを掴まれて泥の中を引きずられる。


 あ、これ俺死ぬわ。


 俺は鈴村の隣に正座させられた。

 冷たい泥の感覚を下半身で味わっていると。


「さあ、あたしの田んぼをめちゃくちゃにしてくれたんだ。どう落とし前つけてもらおうかね?」


「命だけは……」


「ご容赦を……」


 泥水に顔を突っ込んで、土下座する俺達。


「命なんか取らんよ。あんた達の命なんかほしくもないね」


「それはそれで傷つくぞ」


 顔を顰める俺達を、樫本さんは睨みつける。


「じゃあ、こうしようか」




 と、言うわけで。


「しっかり頼むよ! あたしゃ出かけてくる」


 去っていく樫本さんを、俺達は手を振って見送る。

 俺と鈴村の足は田んぼの泥水に浸かったままであり、両手には稲が握られている。


「……さて、どうする」

「どうするって、やるしかねえだろ。お前やっとけよ、マッポ」


 しれーっと稲を手渡してくる鈴村。

 その手を払い除け、俺は大人しく田植えを始める。


「サボったら、それこそ鎌で斬られるぞ?」


「……やろーと思ってたんだよ。うん」


 2人で、黙々と作業に打ち込む。


 鈴村の家は農家であり、奴の植えた稲の列は、そこそこ丁寧な出来だった。


 そして、鈴村の奴は何かと俺を注意してくる。


「そこ、ずれてんぞ。丁寧にやれ」


「馬鹿か? 適当に植えとけばいいってわけじゃねえんだ。そんな稲じゃ、米にして食う奴が哀れだぜ」


 鬱陶しいったりゃありゃしない!


 そもそも、こんなことになったのは鈴村のせいだ。

 あいつがバイクで暴走して、この田んぼをめちゃくちゃにしなければ……。


 許すまじ、鈴村。


 泥だらけになり、大声で怒鳴り合いながらも、田植えは順調に進んでいく。


 そして、田んぼには稲による綺麗な列が幾つも完成したのだった。


「終わったぁ!」

「よっしゃぁぁ!」


 思わず2人でハイタッチ。


 互いに顔を見合わせ、顔を逸らし、自分の服で手を拭う。


「さあ、終わった終わった。樫本さんに報告に行こう」

「そーだな」


 俺達は田んぼから出ると、樫本さんを探すべく歩き出す。

 2人で道を歩き、樫本さんの姿を探す。


「……いないな」

「どこだよ、あのババア」


 苛立つ鈴村を抑え、俺は再び捜索を開始する。


 その時。


「おいマッポ! あれ!」


 鈴村が叫ぶ。

 俺は反射的に振り向いた。


 樫本さんが、そこにいた。

 しかも、若い男と一緒に。


「……」

「……」


 互いに見つめ合う俺達。


 樫本さんは若い男と、こんなことを話していた。


「その服、お似合いですね」


「そうですか。よかった……。僕、ファッションセンスないですから」


「あらあら、謙遜しちゃって」


「あはは」


「うふふ」


 俺達の目つきが、汚物を見るものに変わった。


「あいつ、俺達に田んぼの仕事押し付けてデートってか?」

「で、デートは許せねえ……!」


 そして、再び視線を通わせる。


「……これは」


「……やるしかねえな」




 翌日。


 予想通り、樫本さんが駐在所に怒鳴り込んできた。


「あんた、何てことしてくれたんだい! あたしの田んぼによくも……!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る樫本さんに、俺は余裕の笑みを返す。


「あれ、ご存じない? 流行りの田んぼアートってやつですよ」


「ふざけんじゃないよ! あの人はあたしの彼氏さ! 浮気なんかしてない!」


「どーだか。歳の差ありすぎて疑っちまいますよ」


 男と一緒の樫本さんを目撃した俺と鈴村は、復讐を決意した。

 頑張って植えた稲を並べ替え、文字を作ってやったのだ。


『ウチは樫本っ! 若い男、奪っちゃった♡』


 当然、他の人の目に留まり、大勢の村人達が樫本さんの家に押し寄せてきたらしい。

 それで、犯人である俺をとっちめにきたと。


「仕事サボってデートなんかする方が悪いんですよ。俺なんて47年間彼女がいたこともないんだ。リア充爆ぜるべし」


「なっ……あんたって人は!」


「一名様、お帰りでーす」


 盾を持ち出し、樫本さんを駐在所の外へ押し出すと、俺はピシャリと入口を閉めてしまった。

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