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駐在さんだよ、石川さん!  作者: エンタープライズ窪
4/10

バカップルだよ、石川さん!

「カフェができたって知っとるか?」


 駐在所のカウンターに入ってくるなり、佐々岡さんはそう言った。


 ラジオで黒子の演歌を聴いていた俺は、顔を顰めながら、


「カフェだぁ?」


 と言い返した。


 筋肉モリモリマッチョマンの変態は、こくりと頷く。


「儂もようわからんねんけど、なんかジジイとババアがやっとるらしい。村のリーダーとして、違法なことをやってないか気になるんや。そんで、お前さんにもついてきて欲しい」


「違法って……考えすぎじゃねえの? 悪いが、俺は黒子の演歌を聴いてるんでな。また今度」


「…………」


 黙り込む佐々岡さん。


 かと思えば、無言のまま駐在所の中に踏み込んできて、ラジオを手に取る。

 俺は、そのままの体勢で尋ねる。


「……何する気だ? まさか、俺の黒子への愛をぶっ壊そうって気じゃないだろうな」


「……そのまさかや。ラジオぶっ壊されて泣かされたくなかったら来ぃや」


「行くよ! 行くから! 本当に勘弁して!」




 チャリに跨った俺と、三輪車に跨った佐々岡さんは、静かな道路を爆走する。

 爆走するチャリにぴったりついてくる三輪車には、いつも驚かされる。


 下手すると、こんなチャリくらい簡単に追い抜いてしまうだろう。


 それだけ、この佐々岡さんという老人は未知の存在であり、最早人間を辞めているとしか思えなかった。


 以前、佐々岡さんにそう言ってみた。

 すると、老人は訝しげな表情で、こう言った。


「バイクより速くチャリを漕げるお前さんも中々だと思うぞ?」


 考えてみればそうだった。


「そんで、問題のカフェってのはどこにあるんだ?」


「学校ん近くや。あそこにオープンすれば、小僧共が金ヅルになってくれるやろ?」


「言い方だろ……」


 チャリを漕ぎながら、俺は呆れてため息をつく。


 まあ、学校の近くなら学生が帰りに寄って行くだろうし、儲けに繋がるだろう。


 そんな事を考えていると。


「オラァ! 今日こそシメんぞマッポぉ!」


 進行方向に、暴走族の一団が現れる。

 率いているのはもちろん鈴村。


 しかし、俺も佐々岡さんも話すことに夢中で前を見ておらず……。


「へ? ……ぐぎゃぁぁぁ」


 鈴村を轢いた。


 それにさえ気づかず、俺達はその場を去っていった。


「お前は本当に現職のマッポかよ!」


 暴走族達の声が背中に飛んできたが、耳に入ることはなかった。




 そして、俺達は問題のカフェに着いた。


 廃校にしか見えないボロボロな学校の真横に、カフェはポツンと佇んでいた。

 廃校のような背景に見事に溶け込む程、見てくれはぼろっちく、貧相だった。


 ガラスはところどころ割れており、残ったガラスも埃を被っているようで、中の様子は見えない。


「……これ、ホントにカフェか?」


「カフェや。ほれ、見ぃま」


 佐々岡さんの指さす先には、これまたボロボロな看板。


『カフェ・ジジーババー』


 いや、ネーミングセンス。


 そんなツッコミを抑え、俺は佐々岡さんと共にカフェの入り口を開けた。


「警察だ。ちょっと用事が……」


「おお、婆さんや!」


 老人の声が突然、俺の声を遮った。


 見れば、カウンターで老夫婦が互いの手を取り合っている。

 その目つきは、若い連中が心をときめかせるときに見せるそれだった。


「じいさんや、声が大きいですよ」


「いや、声を大きくせんとけばいいねん、婆さんや。儂らが毎日頑張って貯金したお金で、ようやく自分の店を開けたんや」


 じいさんは、にかっと笑う。


「婆さんが、働いてくれたおかげや。マイフォーエバーワイフ」


「あらやだ! じいさんったら、そんなこと……私もね、言いたいんですよ」


 柔らかい笑みを、婆さんは浮かべる。


「私、じいさんがいてくれたから毎日頑張れたんですよ。愛しています、我が運命の人よ」


 しばらくキラキラした目で見つめあった後。

 突然2人は互いに抱き合った。


「ああ、婆さん!」


「おお、じいさん!」


 ……何を見せられてるんだ、俺達は。


 佐々岡さんも同じだろうと思って隣を見たが。


「ほーん、これは愛情やな」


 腕を組んで、しみじみとした様子で首を縦に何度も振っていた。


 やべえ、俺完全に孤立してる。


 げんなりして帰ろうとする俺だったが、老夫婦と目が合ってしまう。


「おやおや婆さん。お客さんやぞ」


「あらあらじいさん。しかも2人ですよ。開店早々、ついてますね、私達!」


「ああ、奇跡や! 全て婆さんが運んできてくれた奇跡や! ああ、婆さん!」


「おお、報いです! 全てじいさんとの愛の報いです! おお、じいさん!」


 俺は思わず怒鳴る。


「やめてくんね⁉︎ 鳥肌立ってるから!」


「ほーん、愛情やな」


「あんたちょっと黙っててくれる⁉︎」




 結局コーヒーを飲んで行くことになり、俺達は席に着く。

 老夫婦は坂崎と名乗った。


 じいさんが坂崎一義、婆さんが坂崎志保子というらしい。


 お互いに80を越えているらしいが、まだまだ元気そうな老夫婦である。


 毛がふさふさの一義さんの頭を見つめる佐々岡さんの目つきが、なんだか怖かった。


 志保子さんが、コーヒーを持ってきてくれた。

 しかし、俺は飲まずに2人を見つめる。


「ここはカフェなんだろ? コーヒーの他に何を出してるんだ?」


「ハッ! 婆さん、駐在さんが儂らを疑っとるみたいや!」


「ヒッ! じいさん、駐在さんが私達を逮捕しようとしていますよ!」


「い、いや……」


 なんか変な勘違いをされているみたいなので、俺は慌てて訂正を試みた。

 しかし、坂崎夫婦は俺を遮って騒ぎ立てる。


「駐在さん! 逮捕するなら儂を! 婆さんは何もしてないんや! 全て儂が責任を取る!」


「何を言いますか! 駐在さん! 私を逮捕してください! じいさんは何もしていません! 私が悪いんです!」


「ああ、婆さん! 儂なんぞ庇うな! 儂はじゃまない! 婆さんが無事なら、儂はじゃまない!」


「おお、じいさん! 早まらないでくださいな! 店を出そうとしたのは私ですし、逮捕されるべきは私なんです! じいさんが罪を被ることないんですよ!」


 泣きながら抱き合うじいさんと婆さん。


「ああ、婆さん!」


「おお、じいさん!」


「話進まねえーっ!」


「愛やな」


「だからあんた黙っててくれる⁉︎」




 なんとか誤解を解き、先程の質問に答えてもらった。


「パフェとかクレープも売っていますよ。じいさんの手作りです。めちゃくちゃ美味しいんですよ?」


「やだもう、婆さんったら。このだら♡」


「頼むからそのノリやめて。それで、何で店を開いたんだ?」


 すると、2人は沈黙し、互いに見つめ合う。


 その顔から、何やら只事ではないオーラが発せられていた。

 何か深刻な理由でもあるのだろうか。


 思わず急かそうとした俺だったが、ギリギリのところで言葉を止め、飲み込む。


 深刻な理由なら、深入りするのは人間としておかしいと思う。

 よって、俺は敢えて聞かないことにした。


「……そんな深刻な理由なら、聞かないでおくよ。俺は、人の秘密を掘り起こしに来たわけじゃないんだ」


 決まった。

 今の俺、最高にカッコいい。


 しかし、老夫婦はきょとんとした顔つきだった。


「いや、深刻ってほどじゃ……」


「へ? じゃあさっきの沈黙は?」


「あれですか? じいさんがちゃんと隣にいてくれているのか確認したんですよ」


「儂もや」


「…………」


 もう2度と信用しない。


「理由でしたっけ。それは……」


「……どうせ、『フタリノアイノチカラヲセカイニトドロカセルタメ』とか言うんだろ?」


「凄い。大当たりや……!」


「こんなに嬉しくない大当たりは生まれて初めてだ」


 ため息をつく俺に構わず、老夫婦は言う。


「そう、儂らの愛をこの店を通じて、全世界に轟かせるんや! そうやろ、婆さん!」


「ええ、私達の愛をこの店を利用して、全宇宙に響かせるんです! そうですよね、じいさん!」


 そして、互いに抱擁。


「ああ、婆さん!」


「おお、じいさん!」


「うんうん。素晴らしい愛やな」


「お前ら全員、1回黙ってくんないかな⁉︎」




 コーヒーの勘定を払った後、俺はすぐに駐在所へ帰った。

 もうあんなところ居られない。


 80過ぎたじいちゃんとばあちゃんが、若いバカップルみたいなノリで話して、泣いて、笑って、抱き合っている。


 無理だ。


 気がおかしくなりそうである。


「あの店使って愛を轟かすとか言ってたが、到底無理だろうな……」


 そう呟くと、俺は仮眠をとるため横になる。


 意識は、案外簡単に夢の中に引き摺り込まれた。




 俺は知らなかったが、寝ている間に村中の人々にカフェのことが広まったらしい。


 下校中に立ち寄った小中高の学生達が親に伝え、一気に広まったとのこと。


 坂崎夫婦の愛は、瞬く間に村中で有名になり、あちこちから応援の声が寄せられた。


 カフェに立ち寄った人々は、ラブラブな2人を見て口を揃えてこう言ったという。


「うんうん。愛、だな」

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