バズ厨だよ、石川さん!
ある日の巡回中のことだった。
口笛を吹きながらチャリを飛ばしていると、俺の名を呼ぶ者があった。
見れば、下校中と思われるJK2人組がこっちに手を振っていた。
坂尾美久と駒居凛である。
「イシカワー。ちょっと来てー」
「……」
俺の返答は、沈黙だった。
あのJK2人組には、以前に何かと痛い目に遭わされた。
例えば、世界1マズいと言われている飴玉を食わされ、その様子をツイッターに上げられてしまった。
『世界1マズい飴玉を舐める警察官w
#ゲロロロドロップ
#警察
#ウケる』
そして、これがまさかのトレンド入りしてしまう事態に。
上の方から結構怒られた。
他にも、泥棒猫を追いかけている動画もアップされた。
『猫相手にムキになる警察がおもろすぎるw
#警察
#猫
#鬼ごっこ
#ウケる』
これもまたバズってしまい、俺は上の方からお叱りの電話を貰うことになってしまった。
つまり、関わるとろくなことがないのだ。
世間から見れば彼女達はバズりツイートメーカーなのだろうが、俺からすれば説教という地獄への切符を渡してくる、異界駅の駅員だ。
まじで関わると酷い目に遭う。
そのまま無視して通ろうとすると。
「……警察に無視された。サイテー。#警さ……」
「まてぇい!」
危うくツイートされそうになるのを、俺は叫び声で防いだ。
彼女達に言葉を投げてしまった以上、話を聞かないわけにはいかない。
俺は渋々チャリを彼女達に近づけた。
「……で、何の用だ?」
「あたしらね、イシカワにお願いがあんの〜」
「お願い?」
ぶりっ子2人は、キラキラした目線を送ってくる。
目を細めてそれを防いでいると、駒居が言葉を繋ぐ。
「あたしらね、もっとバズりたいんだよね〜」
「もう十分バズってんだろ! 俺で!」
「そうそう。だから、手伝って欲しいの」
こいつら、俺に何をさせるつもりだ……。
訝しげな目線で見つめる俺に、坂尾が言う。
「題して、『密着! 駐在さんの生活24時』!」
「……何だって?」
「題名の通り! イシカワの生活を24時間観察して……」
「却下だ」
JKの言葉を遮り、俺はキッパリ言った。
「お前らに1日中付き纏わられるなんてゴメンだ! 断固として拒否する!」
「えー? いーじゃん」
「よくねえわ! だったら坂尾、駒居! お前らの生活も晒してやろうか⁉︎」
「それだと、イシカワがストーカー警官ってことで逮捕されるだけからね」
「ぬうぅ……!」
ぐうの音も出ない。
しかし、拒否の意思は変わらない。
「でも、断固拒否だからな! 絶対にお断り!」
「……」
スマホが、俺の顔の前に掲げられた。
「……なんかヤバいことしようとしてるのはわかる」
「OKしないとツイッターに悪徳警官ってことで顔晒すから」
「そしたら炎上だね〜。ぷーっ! まじウケる!」
「汚ねえな! 女子怖え!」
仕方なく、2人に観察されながら過ごすことを承諾した。
明日は学校が創立記念日で休みということで、早速明日の朝から撮影されることになった。
坂尾と駒居と別れ、俺はチャリを漕ぎながらため息をつく。
「……マジで嫌だ」
沈みかけて顔をほてらせた太陽が、俺の体を赤く照らした。
翌朝。
俺はパシャパシャという乾いた音で目を覚ます。
「……んぁ?」
「起床、9:00。朝寝坊ワロタ」
坂尾と駒居が、俺の顔を覗き込んでいた。
もちろん、スマホを構えて。
「うわぁぁぁっ⁉︎」
布団を跳ね飛ばし、数メートル後退する俺。
私服の女子高生2人組は、ケラケラ笑った。
「ぷーっ! マジウケる! 反応おもろ!」
「これは傑作! ツイートしとこ!」
「お、お前ら! 何で勝手に入ってんだよ! 駐在所だぞここ!」
「知ってるよ〜。言ったじゃん。24時間」
「……まさかとは思うが、深夜0時から待機してたとか言うんじゃねえだろうな?」
「……ご名答! 大正解!」
「ふざけんなお前ら! つーか鍵開けのプロかお前ら!」
たしかに昨晩、駐在所の戸には鍵をかけた。
それなのに、こいつら……。
「ほらほら、普通に生活しなよ。あたしらはいないと思って」
「いないと思うのはかなりきついと思うんだが⁉︎」
「朝食、9:30。納豆ご飯かぁ。くっさ」
「オムライスとかにしないの〜?」
朝食中も、坂尾と駒居は俺の写真を撮り続ける。
おまけに、朝食のメニューにまでケチをつけ始めた。
「あのな、お前らが食うわけじゃねえんだからいいだろ」
「だって映えないもん」
「知るか!」
少女達の愚痴を無視しながら、俺は納豆ご飯を食べる。
食べにくいったりゃありゃしない。
飯を終えると、俺は朝の巡回へ向かうため、外に出る。
当然、2人のJKもついてくる。
「巡回?」
「そーだよ」
外に出ると、俺のチャリの横に坂尾と駒居のチャリが置かれていた。
「……念入りだこと」
「これくらい普通だって」
でっかい胸を張る坂尾。
今すぐに張り倒してやりたいぐらいムカつくが、やったら晒されるだけじゃ済まないだろう。
なんとか衝動を抑え、俺はチャリに跨って走り出した。
2人も、自分のチャリに乗ってついてくる。
「プライベートを撮られ続けるのがこんなにも苦だとは。どうりで週刊誌が嫌われるわけだ……」
「変なこと言わない! 映えないから!」
「独り言ぐらい好きに言わせろ!」
女子高生2人組を引き連れて巡回する俺を見た通行人は、「え?」とでも言いたげな顔でこっちを見てくる。
仕方ないのだ。
付き纏わられてるんだから。
「おお、駐在。巡回か?」
前方から老人がやってくる。
毎度のことだが、俺は顔を顰めずにはいられなかった。
佐々岡さんは、ちっこい三輪車に乗って向かってきていた。
「今日もご苦労様じゃな」
「……どちら様ですか?」
「何を言うか! 儂じゃよ!」
「……儂儂詐欺ってやつですか?」
「ふざけるのも大概にせい若造!」
本気でキレ始めた佐々岡さん。
しかし、筋肉ムキムキの巨大な老人が小さな三輪車に乗っている光景は、まさしく不審者としか言えない。
「冗談はさておき、佐々岡さん。いい加減三輪車はやめときなよ。怪しいから」
「馬鹿もん。儂の愛車じゃぞ? 簡単に捨てられるか」
キッパリ言う佐々岡さん。
愛車って、三輪車じゃねーか。
どう見ても、5歳児とかが乗ってるようなやつじゃん。
それを愛車って……。
「お?」
名案が浮かんだ。
俺とこの鬱陶しいバズ厨を引き離すいい作戦を。
俺は坂尾と駒居を振り返ると、嬉々した口調で言った。
「ほ、ほら! このじいちゃんを撮ってた方がバズるぞ! 三輪車じいちゃんなんて珍しいだろ? な? バズると言え!」
「なぬ⁉︎ 儂を撮るのか?」
急に嬉しそうになった佐々岡さんは、既に毛が消失した頭を丁寧に撫でて、服を整える。
そして、満面の笑みを浮かべて女子高生達にピースした。
だが、坂尾と駒居の表情はとても冷たいもので、
「……マジ無理」
「毎回思うけど、いい歳して三輪車とか引くんですけど」
「マジで入院してきたら? いいとこ教えてあげる」
「鷹野はヤブ医者だから、街まで出ないとね」
容赦ない言葉の爆撃。
「や、やめてあげて! もうやめたげて! 老人をいじめるな! こら! あぁっ、佐々岡さん泣かないで!」
昼の巡回を終え、俺は駐在所に戻った。
軽くカップラーメンを食べてから、ラジオを聞く。
「さーて、今日も始まったぞ! 黒子の演歌!」
黒子とは、俺が推している演歌歌手である。
あの力強い歌声と、力強さの中にある美しさがたまらないのだ。
演歌を堪能しようと、目を閉じる。
しかし、耳に入ってきたのは黒子の力強い歌声ではなく、ねちっこい若い男の声だった。
すぐに目を開け、ラジオをいじっていた駒居を怒鳴りつける。
「駒居お前! KPOPに変えやがったな⁉︎」
「コマちゃん! KPOPは邪道だよ! そこはアニソンでしょ!」
「坂尾! お前もダメだ! 演歌だ演歌! 俺の生活なんだから、音楽くらい好きに聴かせろ!」
しかし、坂尾と駒居は俺の言葉などお構いなしに大喧嘩。
……鬱陶しすぎる!
そろそろ俺も我慢の限界だ。
彼女達に歩み寄り、つまみ出そうと手を伸ばしたその時。
「ちゅ、駐在さん! 大変だよ!」
中岡さんが、駐在所に飛び込んできた。
「鈴村達が佐々岡さんと喧嘩始めたんだ! しかもあたしの家の真ん前で!」
「はぁ⁉︎ 鈴村め! こんな時に!」
すぐに駐在所を飛び出し、チャリに跨って現場へ急行する。
「あっ! 待ってよイシカワ〜!」
坂尾と駒居も俺に続いてチャリを飛ばした。
現場についてみると、それはもう酷い有様だった。
佐々岡さんが鈴村の仲間の暴走族を片手で持ち上げ、中岡さんの敷地内に放り込む。
ガシャーンとガラスが割れる音。
鈴村率いる暴走族達は、罵声を浴びせながら巨漢の老人に飛びかかっていく。
ただし、足がめちゃくちゃ震えていた。
俺は佐々岡さんと暴走族達の間に割って入った。
「待て待て待てぇい! 何があったか説明しろ!」
佐々岡さんが、鈴村達を睨みつけながら答えた。
「此奴ら、儂の愛車を笑いおったんじゃ! 生かしちゃおけん!」
「あのね、仕方ないから!」
「クソダセェ三輪車乗ってんのが悪いんだろクソジジイ!」
「鈴村テメーは黙ってろ! お前に発言権はない!」
俺は、この喧嘩の現場を見渡し、互いに引く気は全くないことを悟った。
俺が制裁を加えてもいいが、今は坂尾と駒居にカメラを向けられている。
制裁の様子を撮られたりしたら、悪徳警官に思われかねない。
よし、ここは……!
「鈴村くーん」
「あ?」
「倉本先生」
「なっ⁉︎」
辺りをキョロキョロして、倉本先生の姿を探す鈴村。
当然、この場に先生はいない。
一瞬の隙をつき、俺は鈴村に近づいた。
そして、こっそり耳打ち。
「……連絡してもいいんだぞ?」
「帰りますっ!」
即答。
そして、鈴村は見物人や老人に向かって、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! ごめんなさい! 帰りますので、ごめんなさい!」
ペコペコしながら、この場を去っていった。
「さて、解決じゃな。儂はこれで……」
「待て」
俺は佐々岡さんを呼び止め、中岡さんの家を指さす。
「散らかしたもん、片付けてから帰れ」
「……ごめんなさい」
「めっちゃカッケェじゃん!」
「見直したよイシカワ!」
駐在所に着くなり、2人にそう言われた。
多少面食らってしまったが、2人は言葉を止めない。
「喧嘩なんて、あたし絶対止められないもん! でもイシカワ、自分から真っ先に飛び込んでいったじゃん! マジ尊敬!」
「これはバズるよ、きっと!」
結局はバズるのが目的か……。
俺は苦笑するしかなかった。
翌朝。
巡回していると、登校中だった坂尾と駒居がこっちに走ってきた。
「イシカワ〜! またバズった〜!」
「⁉︎」
嘘だろ……。
ひったくるようにスマホを受け取り、文面を見てみる。
『うちの村の駐在さん、ダサいけどカッケェ
#駐在さん
#警察
#カッケェ
#暴走族
#喧嘩』
俺の私生活の動画を添えて投稿されたそれには、5.6万のいいねと3万のリツイートがされていた。
と、いうことは……。
俺は急いで駐在所に戻る。
玄関についた瞬間から、その音は耳に入っていた。
固定電話の、着信音。
「……終わった」