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駐在さんだよ、石川さん!  作者: エンタープライズ窪
3/10

バズ厨だよ、石川さん!

 ある日の巡回中のことだった。


 口笛を吹きながらチャリを飛ばしていると、俺の名を呼ぶ者があった。

 見れば、下校中と思われるJK2人組がこっちに手を振っていた。


 坂尾美久と駒居凛である。


「イシカワー。ちょっと来てー」


「……」


 俺の返答は、沈黙だった。

 あのJK2人組には、以前に何かと痛い目に遭わされた。


 例えば、世界1マズいと言われている飴玉を食わされ、その様子をツイッターに上げられてしまった。


『世界1マズい飴玉を舐める警察官w


 #ゲロロロドロップ

 #警察

 #ウケる』


 そして、これがまさかのトレンド入りしてしまう事態に。

 上の方から結構怒られた。


 他にも、泥棒猫を追いかけている動画もアップされた。


『猫相手にムキになる警察がおもろすぎるw


 #警察

 #猫

 #鬼ごっこ

 #ウケる』


 これもまたバズってしまい、俺は上の方からお叱りの電話を貰うことになってしまった。


 つまり、関わるとろくなことがないのだ。


 世間から見れば彼女達はバズりツイートメーカーなのだろうが、俺からすれば説教という地獄への切符を渡してくる、異界駅の駅員だ。


 まじで関わると酷い目に遭う。


 そのまま無視して通ろうとすると。


「……警察に無視された。サイテー。#警さ……」


「まてぇい!」


 危うくツイートされそうになるのを、俺は叫び声で防いだ。


 彼女達に言葉を投げてしまった以上、話を聞かないわけにはいかない。

 俺は渋々チャリを彼女達に近づけた。


「……で、何の用だ?」

「あたしらね、イシカワにお願いがあんの〜」

「お願い?」


 ぶりっ子2人は、キラキラした目線を送ってくる。

 目を細めてそれを防いでいると、駒居が言葉を繋ぐ。


「あたしらね、もっとバズりたいんだよね〜」


「もう十分バズってんだろ! 俺で!」


「そうそう。だから、手伝って欲しいの」


 こいつら、俺に何をさせるつもりだ……。


 訝しげな目線で見つめる俺に、坂尾が言う。


「題して、『密着! 駐在さんの生活24時』!」


「……何だって?」


「題名の通り! イシカワの生活を24時間観察して……」


「却下だ」


 JKの言葉を遮り、俺はキッパリ言った。


「お前らに1日中付き纏わられるなんてゴメンだ! 断固として拒否する!」


「えー? いーじゃん」


「よくねえわ! だったら坂尾、駒居! お前らの生活も晒してやろうか⁉︎」


「それだと、イシカワがストーカー警官ってことで逮捕されるだけからね」


「ぬうぅ……!」


 ぐうの音も出ない。


 しかし、拒否の意思は変わらない。


「でも、断固拒否だからな! 絶対にお断り!」


「……」


 スマホが、俺の顔の前に掲げられた。


「……なんかヤバいことしようとしてるのはわかる」


「OKしないとツイッターに悪徳警官ってことで顔晒すから」


「そしたら炎上だね〜。ぷーっ! まじウケる!」


「汚ねえな! 女子怖え!」


 仕方なく、2人に観察されながら過ごすことを承諾した。

 明日は学校が創立記念日で休みということで、早速明日の朝から撮影されることになった。


 坂尾と駒居と別れ、俺はチャリを漕ぎながらため息をつく。


「……マジで嫌だ」


 沈みかけて顔をほてらせた太陽が、俺の体を赤く照らした。




 翌朝。


 俺はパシャパシャという乾いた音で目を覚ます。


「……んぁ?」

「起床、9:00。朝寝坊ワロタ」


 坂尾と駒居が、俺の顔を覗き込んでいた。

 もちろん、スマホを構えて。


「うわぁぁぁっ⁉︎」


 布団を跳ね飛ばし、数メートル後退する俺。

 私服の女子高生2人組は、ケラケラ笑った。


「ぷーっ! マジウケる! 反応おもろ!」


「これは傑作! ツイートしとこ!」


「お、お前ら! 何で勝手に入ってんだよ! 駐在所だぞここ!」


「知ってるよ〜。言ったじゃん。24時間」


「……まさかとは思うが、深夜0時から待機してたとか言うんじゃねえだろうな?」


「……ご名答! 大正解!」


「ふざけんなお前ら! つーか鍵開けのプロかお前ら!」


 たしかに昨晩、駐在所の戸には鍵をかけた。

 それなのに、こいつら……。


「ほらほら、普通に生活しなよ。あたしらはいないと思って」


「いないと思うのはかなりきついと思うんだが⁉︎」




「朝食、9:30。納豆ご飯かぁ。くっさ」


「オムライスとかにしないの〜?」


 朝食中も、坂尾と駒居は俺の写真を撮り続ける。

 おまけに、朝食のメニューにまでケチをつけ始めた。


「あのな、お前らが食うわけじゃねえんだからいいだろ」


「だって映えないもん」


「知るか!」


 少女達の愚痴を無視しながら、俺は納豆ご飯を食べる。

 食べにくいったりゃありゃしない。


 飯を終えると、俺は朝の巡回へ向かうため、外に出る。


 当然、2人のJKもついてくる。


「巡回?」

「そーだよ」


 外に出ると、俺のチャリの横に坂尾と駒居のチャリが置かれていた。


「……念入りだこと」


「これくらい普通だって」


 でっかい胸を張る坂尾。


 今すぐに張り倒してやりたいぐらいムカつくが、やったら晒されるだけじゃ済まないだろう。


 なんとか衝動を抑え、俺はチャリに跨って走り出した。


 2人も、自分のチャリに乗ってついてくる。


「プライベートを撮られ続けるのがこんなにも苦だとは。どうりで週刊誌が嫌われるわけだ……」


「変なこと言わない! 映えないから!」


「独り言ぐらい好きに言わせろ!」


 女子高生2人組を引き連れて巡回する俺を見た通行人は、「え?」とでも言いたげな顔でこっちを見てくる。


 仕方ないのだ。

 付き纏わられてるんだから。


「おお、駐在。巡回か?」


 前方から老人がやってくる。


 毎度のことだが、俺は顔を顰めずにはいられなかった。


 佐々岡さんは、ちっこい三輪車に乗って向かってきていた。


「今日もご苦労様じゃな」


「……どちら様ですか?」


「何を言うか! 儂じゃよ!」


「……儂儂詐欺ってやつですか?」


「ふざけるのも大概にせい若造!」


 本気でキレ始めた佐々岡さん。


 しかし、筋肉ムキムキの巨大な老人が小さな三輪車に乗っている光景は、まさしく不審者としか言えない。


「冗談はさておき、佐々岡さん。いい加減三輪車はやめときなよ。怪しいから」


「馬鹿もん。儂の愛車じゃぞ? 簡単に捨てられるか」


 キッパリ言う佐々岡さん。


 愛車って、三輪車じゃねーか。

 どう見ても、5歳児とかが乗ってるようなやつじゃん。

 それを愛車って……。


「お?」


 名案が浮かんだ。


 俺とこの鬱陶しいバズ厨を引き離すいい作戦を。


 俺は坂尾と駒居を振り返ると、嬉々した口調で言った。


「ほ、ほら! このじいちゃんを撮ってた方がバズるぞ! 三輪車じいちゃんなんて珍しいだろ? な? バズると言え!」


「なぬ⁉︎ 儂を撮るのか?」


 急に嬉しそうになった佐々岡さんは、既に毛が消失した頭を丁寧に撫でて、服を整える。

 そして、満面の笑みを浮かべて女子高生達にピースした。


 だが、坂尾と駒居の表情はとても冷たいもので、


「……マジ無理」


「毎回思うけど、いい歳して三輪車とか引くんですけど」


「マジで入院してきたら? いいとこ教えてあげる」


「鷹野はヤブ医者だから、街まで出ないとね」


 容赦ない言葉の爆撃。


「や、やめてあげて! もうやめたげて! 老人をいじめるな! こら! あぁっ、佐々岡さん泣かないで!」




 昼の巡回を終え、俺は駐在所に戻った。

 軽くカップラーメンを食べてから、ラジオを聞く。


「さーて、今日も始まったぞ! 黒子の演歌!」


 黒子とは、俺が推している演歌歌手である。

 あの力強い歌声と、力強さの中にある美しさがたまらないのだ。


 演歌を堪能しようと、目を閉じる。


 しかし、耳に入ってきたのは黒子の力強い歌声ではなく、ねちっこい若い男の声だった。


 すぐに目を開け、ラジオをいじっていた駒居を怒鳴りつける。


「駒居お前! KPOPに変えやがったな⁉︎」


「コマちゃん! KPOPは邪道だよ! そこはアニソンでしょ!」


「坂尾! お前もダメだ! 演歌だ演歌! 俺の生活なんだから、音楽くらい好きに聴かせろ!」


 しかし、坂尾と駒居は俺の言葉などお構いなしに大喧嘩。


 ……鬱陶しすぎる!


 そろそろ俺も我慢の限界だ。

 彼女達に歩み寄り、つまみ出そうと手を伸ばしたその時。


「ちゅ、駐在さん! 大変だよ!」


 中岡さんが、駐在所に飛び込んできた。


「鈴村達が佐々岡さんと喧嘩始めたんだ! しかもあたしの家の真ん前で!」


「はぁ⁉︎ 鈴村め! こんな時に!」


 すぐに駐在所を飛び出し、チャリに跨って現場へ急行する。


「あっ! 待ってよイシカワ〜!」


 坂尾と駒居も俺に続いてチャリを飛ばした。




 現場についてみると、それはもう酷い有様だった。


 佐々岡さんが鈴村の仲間の暴走族を片手で持ち上げ、中岡さんの敷地内に放り込む。

 ガシャーンとガラスが割れる音。


 鈴村率いる暴走族達は、罵声を浴びせながら巨漢の老人に飛びかかっていく。


 ただし、足がめちゃくちゃ震えていた。


 俺は佐々岡さんと暴走族達の間に割って入った。


「待て待て待てぇい! 何があったか説明しろ!」


 佐々岡さんが、鈴村達を睨みつけながら答えた。


「此奴ら、儂の愛車を笑いおったんじゃ! 生かしちゃおけん!」


「あのね、仕方ないから!」


「クソダセェ三輪車乗ってんのが悪いんだろクソジジイ!」


「鈴村テメーは黙ってろ! お前に発言権はない!」


 俺は、この喧嘩の現場を見渡し、互いに引く気は全くないことを悟った。


 俺が制裁を加えてもいいが、今は坂尾と駒居にカメラを向けられている。

 制裁の様子を撮られたりしたら、悪徳警官に思われかねない。


 よし、ここは……!


「鈴村くーん」


「あ?」


「倉本先生」


「なっ⁉︎」


 辺りをキョロキョロして、倉本先生の姿を探す鈴村。

 当然、この場に先生はいない。


 一瞬の隙をつき、俺は鈴村に近づいた。

 そして、こっそり耳打ち。


「……連絡してもいいんだぞ?」


「帰りますっ!」


 即答。


 そして、鈴村は見物人や老人に向かって、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません! ごめんなさい! 帰りますので、ごめんなさい!」


 ペコペコしながら、この場を去っていった。


「さて、解決じゃな。儂はこれで……」


「待て」


 俺は佐々岡さんを呼び止め、中岡さんの家を指さす。


「散らかしたもん、片付けてから帰れ」


「……ごめんなさい」




「めっちゃカッケェじゃん!」


「見直したよイシカワ!」


 駐在所に着くなり、2人にそう言われた。

 多少面食らってしまったが、2人は言葉を止めない。


「喧嘩なんて、あたし絶対止められないもん! でもイシカワ、自分から真っ先に飛び込んでいったじゃん! マジ尊敬!」


「これはバズるよ、きっと!」


 結局はバズるのが目的か……。


 俺は苦笑するしかなかった。




 翌朝。


 巡回していると、登校中だった坂尾と駒居がこっちに走ってきた。


「イシカワ〜! またバズった〜!」

「⁉︎」


 嘘だろ……。


 ひったくるようにスマホを受け取り、文面を見てみる。


『うちの村の駐在さん、ダサいけどカッケェ


 #駐在さん

 #警察

 #カッケェ

 #暴走族

 #喧嘩』


 俺の私生活の動画を添えて投稿されたそれには、5.6万のいいねと3万のリツイートがされていた。


 と、いうことは……。


 俺は急いで駐在所に戻る。

 玄関についた瞬間から、その音は耳に入っていた。


 固定電話の、着信音。


「……終わった」

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