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夜会(3)

 火事ですって!?


 さすがは不運を呼び込む残念王子だわ!

 と感心している場合ではない。


 ホールにいた令嬢たちは突然の災難にキャーキャー金切り声をあげて入口へと殺到し、我先に逃げようとしておしくらまんじゅう状態だ。


「このお菓子、お土産に頂いても構いませんか!?」

 すぐ近くにいた給仕に声をかけると、何言ってんだコイツという顔をされたけど、こっちだって必死よ。 


 この状況だと残ったお菓子は、丸焼けになるか、消火作業で水浸しになるか、そうならなくてももう廃棄処分でしょう?

 もったいないじゃないのっ!


「構いませんが、早くお逃げください」

「わかっております、もちろんそうします」


 バッグからハンカチを取り出して広げると、そこへプレートを傾けてクッキーをザーッと乗せてくれた給仕に感謝しながらハンカチを結んだ。


 入り口のおしくらまんじゅうは解消されつつある。

 ほらね、こういう時は一呼吸置いて冷静になった方が安全に逃げられるのよ。


 実際、慌てて転んでしまったのか、誰かに突き飛ばされてしまったのか、それとも予期せぬ事態に気分が悪くなったのか、倒れているご令嬢が王子の側近と思われる若い男性に抱き起されている。


 シリアン様の姿が見えないということは、先に避難したのね。


 ホールから廊下に出ると、灰色の煙が薄っすら見える方とは反対側に行こうとして、その煙の中に向かって行こうとしている人影が見えた。


 ええっ!あの後ろ姿、シリアン様じゃない!?

 何やってるのよ!


 肩に掛けていたショールを頭からかぶって首に巻き付け、口と鼻を覆う。

 

 駆け出そうとしてヒールのせいで上手く走れないことに気づいて、ガツガツと床に叩きつけて両脚ともヒールを折った。


「何してらっしゃるんですか!そちらはいけません。こちらへ!」


 手を引っ張ると、緊急事態とは思えないぐらいゆっくりと振り返ったシリアン様が首を傾げた。

 片手にハンカチを持って口元を押さえているということは、煙を吸わないようにという危機管理意識はあったようだ。

 

「きみこそ早く逃げた方がいいよ?」

「一緒に逃げましょう、こちらです!」


 引っ張るとおとなしくついてきたシリアン様だったけれど、途中、引き返した先に落ちたままになっていたわたしヒールをひとつ拾い上げた。

「これ、きみの?」


「はい、走りにくいので自分で折りました。そんなことどうだっていいから、早く~っ!」



 早くと言いながら、引っ張っていたわたしが建物内で迷ってしまい、シリアン様は肩を震わせて笑いながら「こっちだよ」と逆にわたしのことを引っ張ってくれた。

 外に出てみると他に誰もいなかったことから、違う出口に出てしまったらしい。


 振り返ると建物からまだ炎は上がっていなかった。

 ボヤ程度で済めばいいんだけど…。


「ありがとうございました。では、わたしはこれで」


 外に出るまで夢中で気づかなかったけれど、シリアン様の手は白くてすべすべだった。

 それに引き換えわたしの手ときたら、農作業のせいで荒れてひび割れてガサガサだ。


 そのことに気づいて急に恥ずかしくなり、手を放して挨拶もそこそこに逃げ出そうとしたら「待って!」と腕を掴まれてしまった。

「きみの名前は?」


 いや、それは困る。

 これがご縁で恋人に…なんて、まずないだろうけど、シリアン様の記憶に名前が残るようなことはしたくない。


「わたしは、()()()()()ですから!」


 今度こそ駆け出すと、シリアン様はそれ以上追ってはこなかった。





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