夜会(2)
高い天井からまばゆい光彩を放つ大きなシャンデリアが下がるホールに、着飾った若い女性たちが集っている。
数名で固まっておしゃべりに花を咲かせている横をすり抜けて飲み物を受け取り、真っすぐ軽食の乗ったテーブルの近くへと向かう。
一口大に小さくカットされたケーキや焼き菓子を前に胸が高鳴ったけれど、悪目立ちしてはいけない。
これは勝手に取って食べていいものなのかしらと思いながら、目立たぬようにじっと「壁の花」になっていると給仕がやって来てお皿にスイーツを取り分け始めた。
「召し上がりますか?」と微笑まれて頷くと、他には何を乗せましょうと聞かれ、フルーツをお願いした。
お皿とフォークを受け取り、綺麗に盛られたフルーツとスイーツを頬張ると、これまでに食べたことのない美味しさが口の中に広がった。
ああ、もう、これだけでも今日ここへ来てよかったわ!
ホールには四十名ほどのご令嬢たちが集っている。
この中に果たして、シリアン王子の婚約者になりたいと本気で思っている人がいるのかしら…?
全員が「サクラ」だったら笑うわね。
そう思っているうちに、ようやく本日の主役であるシリアン王子の登場となった。
王族用の礼服に身を包むスラっと背の高い男性が現れた。
灯りに照らされてキラキラと光るプラチナブロンドの髪と、それとは対照的な憂いをたたえる群青色の瞳、すっきりとした高い鼻梁、口角を上げて優雅に微笑む形のいい薄い唇、シャープな顎のライン。
完璧だ。
容姿は完璧な王子様だ!
空になったお皿を給仕に返し、周りのご令嬢がたに倣ってカーテシーをする。
「楽にしてください。本日は私のためにありがとうございます。お一人お一人に声を掛けることを、どうぞお許しください」
伸びやかなテノールの声がホールに響いた。
わたしたちが姿勢を元に戻すと、シリアン様はすぐ近くにいたご令嬢に声を掛け始めた。
早速、品定めが始まったようだ。
わたしは目立たないようにそっと、常にシリアン様の視界から外れるように場所を移動しながらスイーツを食べ続けた。
幸いなことにこの場所に知り合いは誰もいないから、わたしに声をかけてくるのは給仕だけだ。
四人ほどの集団からクスクスと楽しそうな笑いが漏れれば、シリアン様もそこへ吸い込まれるように移動していく。
おそらくシリアン様とどうこうなろうとは思っていないご令嬢ばかりのはずだけれど、あれだけ「ザ・王子様」という容姿端麗な男性が甘く微笑みながら話しかけてきたら、思わず頬が赤くなってしまっても無理はない。
言葉を交わした後、うっとりと瞳を潤ませてシリアン様の後ろ姿を目で追い、隣にいる友人につねられているご令嬢もいた。
遠巻きにして見ている分には残念な要素はなさそうだけど…?
ただ、この夜会自体が茶番だって時点でもう「残念」なんだろうか。
ちょっと気の毒になってくる。
スイーツでお腹を満たし、このままいけば上手く壁の花のまま終わりそうだと思い始めた時だった。
もう話しかけていないご令嬢はいないかなといった様子でシリアン様がホールをぐるっと見回し始めた。
わたしは前に立つご令嬢に隠れるように少し立ち位置をずらしたのだけれど、もしかすると一瞬目が合ってしまったかもしれない。
シリアン様が真っすぐこちらへやって来て、これはちょっとマズいかも…と視線を下に落とした。
そこで誰かが「何か焦げ臭くありませんこと?」と言った。
その声を皮切りに、みんなで鼻をすんすんしてみると確かに焦げ臭いような…?
とそこへ、ホールに駆け込んできたメイドが慌てた様子で大声をあげた。
「火事です!皆様、早くお逃げくださいっ!!」